星のささやき

西しまこ

第1話

「ねえ、知ってる?」とモーブは言った。

「何を?」とライラはモーブを見る。


「星のささやきっていう魔法があるんだよ」


「星のささやき? どんな魔法?」

「すっごく寒い魔法! あのね、寒すぎて、吐く息が凍っちゃうんだ」

「え⁉ 息が?」

「そう息が」

 ライラはモーブをじっと見つめて、「それはすごく寒いわね」と言って笑った。


 ライラの瞳は名前と同じように、薄い紫色だ。そして僕の瞳は名前と同じモーブの紫だ。ライラックよりも濃くて、アメジストよりも少し明るい。ヴァイオレットより青みがない。

 僕はライラと同じ色の名前と瞳がとても嬉しかった。

 髪の色は、ライラは輝く金色で僕は鈍い銀色だ。僕は自分の髪色が好きじゃなかったけど、ライラが「この間の細氷さいひょうの魔法のときのダイヤモンドみたいだよ」って言ってくれてから、好きになった。

「モーブ、あたし、星のささやきの魔法、見てみたいな」

「え? でもすごく寒いんだよ」

「うん。でもきっと、すごくきれいなんだよ」

 ライラが笑った。ライラの笑顔はあったかくて、僕のこころを解かす。


 *


 僕たちは星のささやきの魔法を使うために、少しずつ準備をした。何しろ、すごく寒い魔法だから、どこで魔法を使うのかもよく考えなくちゃいけなかったし、何より冬の服や毛布が必要だったんだ。僕たちは少しずつ防寒具を秘密の場所に持ち込んだ。

 そこはもう使われていない、森の外れにある小屋だった。小さくて、埃だらけの小屋。僕たちは小屋にこっそり荷物を置いておいたのだ。


「じゃあ、いくよ」

「うん!」

 初夏なのに、冬の服を着て帽子もかぶって耳も隠して毛布にくるまってから、魔法を発動する。


 星のささやき。


 気温が急速に下がる。気をつけて、僕たちの半径二メートルくらいだけにする。氷点下四十度になり、大気中の水分が全て結晶となって、氷霧こおりぎりが発生する。

「すごい。ミルクの中にいるみたい……」

 氷点下五十度。

 ライラの吐く息と僕の吐く息が凍る。

 微かな音が聞こえる。吐く息が凍って、音となって聞こえるのだ。

 僕もライラも、言葉を発することなく、その音を聞いていた。

 美しく、ささやくような微かな音色。

 星のささやき。


 僕たちは氷霧こおりぎりのミルクの中で、お互いの星のささやきを、耳をすまして聞いていた――



   了


一話完結です。

星で評価していただけると嬉しいです。


☆関連したお話☆

「森の中の家」https://kakuyomu.jp/works/16817330653163269371

「虹の向こう側へ」https://kakuyomu.jp/works/16817330653710184262

「今日の天気はダイヤモンド」https://kakuyomu.jp/works/16817330653758101275

時系列は「虹の向こう側へ」→「今日の天気はダイヤモンド」→

→「星のささやき」→……→「森の中の家」


☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

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