球根

higansugimade

球根

「デザインの問題」ライフスタイルの、と声を出さずに付け足して、Hは口内上顎の炎症部分を舌で撫でて労った。

 ビューワーは限定を投げかけて返答を待つ、「そこに宗教もなく」

「そこに宗教のような思い込みの世界は必要とされない」とH。続けて、

「いや、必要不可欠とは言えない、とでもしておこうか。個人の信条は大事なこと、そう、わたしは宗教といえど詮ずるところ個人の信条と捉えているのですよ、ともかく、揺るがない信条、揺るがないとされる何かは個人の個人たる所以となりおおせるわけで、それを、人によっちゃあ宗教と呼びならわすものとぼくは考える。大いなる人類の智慧の引き継ぎ、とした上での個人の有り様、というのはぼくは当然あるものだと思う」いったん口を閉じて口内に意識を寄せては返し、また寄せたときにHはH自身の意識に存在の全てを寄せてしまってまるで蛇のようだとHはイメージした。この瞬間の意識は蛇を入れ物にしてその内容物と決め込んだのだ。

 揺蕩う飲みかけのペットボトルの水分がどこかでちゃぷんとなる。

 ビューワーは大いなる大地に太陽が昇る様をなんとなく思い浮かべる。Hもまた、類似のイメージを語り始める、「地球上のちっぽけな一個の生物たる私一人というのが、過去の私たちからなんの引き継ぎもなく一個にしてぽんと置かれるという状況は、限りなくさみしいものだよね。しかしそれはない。こんなぼくの有り様でもそれはないと言い切れるんですよ。とすれば個というあり方を問うのがそもそものナンセンスであることが明らかだろう。私という存在は私たちと共にある。

 その包含関係から出発したほうが話は早く、そして、そうであるなら宗教は確かにあるだろう。ただ」

Hの意識はちゃぷんと鳴った、揺蕩うペットボトルの水のように。

「ただ」とビューワー。急かすない、とHは思う。ビューワーから顔を逸らし、「ただ、じゃあ、ぼくはどうなる、と、ぼくはぼくにいつも問いかける。そりゃそうでしょう。ぼくはいったいなんなのだ、あなたがたが興味を持って話を聞きたがる、ぼくの存在とはいったいなんなのだ、と」

 ビューワーは目の奥に炎をともしてHを見つめる。暗褐色の光だ、ビューワーは言葉を選んでいるのだ。この動けない私という相手に対して、と、Hは思う。顔を巡らすことしか出来ないHが先手を制する。「ぼくとは、つまるところ一個のデザインだ、というのが、ぼくの確信だ。それはぼくをぼくたらしめる。ぼくは納得できて自同律の不快を味合わなくて済む」

そうしてHは意識を軽く回した。ちゃぷんと音がしないくらいに。ワイングラスで香りをテイストする時のように、優しく、意識を、回す。

 謁見を終え、ビューワーが最後に確認したのはHの脳の垂れ下がった先の部分が大胆に装置に結びつく様と、Hの脳の収まった頭蓋骨の全体像だった。部分からは犬のリードを連想し、その全体像からは小学生の時に球根を腐らしたことを思い出した。

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