第2話『高鳴る心臓、新たな出会い』

 裸体となった樹の枝先から、まだ蕾が見えない。

 今だ、冷たい朝風が吹きずさむ真冬の季節。


 あれから数日が過ぎた──。

 けど、カレンダーを見ると、つい昨日の事だ。寝起きという事もあって間違えるかもしれないけど、私の瞳は現実を捉えている。

 それだけの濃い一日だったという事か。

 しかしてそれだけ、私にとってあまりにも衝撃的な出会いだった事は確かだろう。


「……顔洗お」


 洗面所である程度の身だしなみを整えた私を出迎えたのは、だ。

 そう、私は所謂をしている、ごくごく普通の人である。

 とはいえ、それで何か不都合や不便といった事なんて全くなくて、正直な話実家で暮らしていた時よりも充実した日常である事は間違いないだろう。


「……」


 無言が私の部屋を充満していた。

 テレビはない。受信料が高すぎるし、そもそもニュースを見るくらいなら、ネットの確実性の高い情報を得る方がまだマシだ。

 ──効率厨と、昔言われた事がある。

 でもそれは、余裕のある人特有の傲慢だ。



 “──有能な人は一度や二度の失敗を許されるが、無能な人はそもそも失敗すら許されない”



 ──“石橋を叩いて渡るが、決して石橋を壊してはならない”。



 我ながら、矛盾した考え方だと思う──。

 そもそも間違いなんて、誰にでもある話だ。

 それに加えて、私という普通の人は特にそれが顕著であり、完璧な人であろうともただ完璧に見えるように振る舞っているだけに過ぎない。


「──さて、今日も頑張らないと」


 だがそれは、成功者と失敗者の構図だ。

 結局のところ、自分に利がある方へと人は流れていくものだ。弱者救済ないし、世論ないし。

 そもそもの話だ。

 ──誰が一体、無利益好き好んで失敗者の肩を担ぐのだろうか。



「……さて、と」



 夢見がちながら、何と現実主義なのだろうか──。

 私自身、かなり自分自身を棚上げしている自覚はあるが、もしも傍から見れば酷く面倒くさい女性に見える事だろう。



「……──行ってきます」



 だからこそ、私は今日も生きている。

 それがきっと、と知っているから。



 /2



 今日私が外出しているのは、昨日会った麗那さんに呼び出されたからだ──。

 あの話し合いの後、私と麗那さんは電話番号の交換をした。学園が始まってから交換するのでは、意味がないとの事だった。

 ただ、勿論と言うべきか当然の話と言うべきか。

 そんな友人同士の当たり前な行為に不満を示したのは、麗那さんの侍女を務めている朝凪さんだ。

 彼女が言うには、一度私を通して欲しいとの事。

 確かに、麗那さんの安全面などの事を考えれば、極々当たり前な話だ。少なくとも麗那さんには、それぐらいのセキュリティーは必須だと私も思う。

 

『──一々面倒くさい。そもそも、学生として勉学に励む中、一々お前を通す訳にはいかないだろう』


 効率面での話で、交流を目的とした、当の麗那さんの反論──。

 それから麗那さんと朝凪さんとの間で、しばらくの討論が続き。


『……──はぁ分かりました。しかし、今後は無暗に連絡先を渡すような事はしませんように』

『誠心誠意努力する』


 との話し合いの末、私と麗那さんとの連絡先は、案外有耶無耶なカタチによって結末を迎えた。

 ちなみに、さっきから私が加瀬宮さんの事を麗那さんと名前呼びしている事には、とても深い深い事情があって……──。


『──なぁ。さっきから苗字で私の事を呼んでいるが、あまり好きじゃないんだ』

『それなら何とお呼びすれば……』

『あと、私に対してもあまり畏まる必要はないからな。麗那で良いから』

『分かりました、

『……』


 まぁぶっちゃけた話、私自身が他人を呼び捨てにする事自体、あまり得意ではないのもあるかもしれない。

 とはいえ、ちゃんとした理由は勿論存在している。

 ──それはきっと、と、何かしらの関係があるみたいだ。




「──うーん。思ったよりも立派なお屋敷。帰った時の事あんまり記憶になかったけど、滅茶苦茶豪華だなー」




 そして私は、その目的地──麗那さんのお屋敷へとたどり着いた。

 手には麗那さんから送られてきた招待状。どうやって翌日にソレが私の元に届くのか甚だ疑問ではあるけど、そこは気にしない方が良いのかもしれない。

 とはいえ、今目の前で招待状を確認している事から、過程はどうであれ必要な事みたいだ。


「(──確か、って言ってましたね)」


 しかして、良くも悪くも、私の心臓は高鳴っていた。

 待っていた朝凪さんに連れられて歩む、此処までの道のり。綺麗な廊下には様々な調度品が並べられていて、それらはきっと私には関係のない世界だ。



 だが、そんな煌びやかな世界に、私は何故かいる──。



「──麗那お嬢様。真白様がお見えです」

『あぁ、入ってくれ』


 豪華な扉の向こうから、麗那さんの声が聞こえてくる。

 身を引き締める。もう後戻りはできないらしく、腹をくくってでも緊張が張り詰めてばかりだ。

 こういう時は、深呼吸。


「……──大丈夫ですか」

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

「……そうですか。緊張は乗りこなすもの。適度に緊張している方が丁度良いのかもしれません」


 そんな朝凪さんの心遣いが、私の緊張を再度張り詰めさせる。

 緊張を解くのは良いけど、現実ノンフィクション非現実フィクションにしてはいけない。

 そして私は、緊張感を以てして、朝凪さんに連れられながら、その一歩を確かなものとした。



 /3



 一言で言えば、だった──。

 よく、絢爛豪華な調度品と聞く事があるけど、あれは半分正解で半分不正解だ。

 煌びやかと言っても、別に下品なほど光輝に溢れている訳ではない。

 高価なものだけを揃えただけの、凸凹ではない。



 ──調和だ。



 特別な品々には、それぞれのテーマ性が存在している。

 本来なら、ぶつかり、そして互いに消耗をさせるほど、ある意味鋭利なものだ。

 だからこそ、それらを纏め上げ、より素晴らしいものへと昇華させていくものを、人々は畏怖と敬意を以ってして調と呼ぶ。


「本日はお日柄も良く……」

「──お。ようやく来てくれたか」


 

 だからこそ、私にはその煌びやかな世界が眩し過ぎた──。



「──あら。貴女が麗那の言っていた人ですか。私の名前はアドミア・レイスティア親しい人からはミアと呼ばれてますの。貴女もそう呼んでくれて構いませんわ」



 まるで、貴族を思わせる金髪の彼女──“アドミア・レイスティアは、そう自らの自己紹介をした。

 高貴さは、果たして内より輝くものだろうか。

 しかして私には、たとえそうであっても、失明しかねないほど輝いて見えるのだ。



「──まったく。ミアさん、少しは挨拶をしたらどうですか。ごめんなさいね。わたしの名前は、黒垣優花。灯女野さん、よろしくお願いしますね」



 大和撫子とは、この事だ。

 黒髪の彼女──“黒垣優花は、そう朗らかにほほ笑んだ。

 少しだけ不愛想だと自覚している真冬な私なんかよりも、ずっと春の訪れを感じさせるような上品さを漂わせる、そんな笑顔だったと思う。きっと、交友関係は広いのに、男性関係がまるでなさそう(誉め言葉)に違いない。

 思うというのは正直私は、そんな黒垣さんの笑顔に釘付けだったから。


「……灯女野さま。此方の席にお座りください」

「あ、ありがとうございます」


 夢心地。

 まるで現実離れをしていた私の思考を、元の現実に引き戻してくれたのは、私の椅子を引いてくれた朝凪さんの声だ。

 助かった。

 このままでは、話の妨げになるだろうし、私自身の恥も最低限のものに済んだ。


「──今日の紅茶は、TWGのルイボスティとなっております」


 紅茶の銘柄を紹介されても、私の貧乏舌では、碌に判別がつかない。

 精々が、美味しいか、美味しくないか。その程度。

 けど、お茶会の作法はある程度心当たりがある。

 厳しい両親の事を思い出して泣いてしまいそうになるが、これは私自身。

 それに、こうした機会で恥をなるべくかかない辺り、少しだけは感謝しても良いのかもしれない。


「──本日は、私が主催した茶会に参加してくれてありがとう」


 お日柄も良くとは、良く言ったものだ。

 お日柄も良いだけに、その影はくっきりとを残すみたいに思えてしまう。



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 お疲れ様でした。

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機械仕掛けのシンデレラはガラスの靴を履かない 津舞庵カプチーノ @yukimn

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