機械仕掛けのシンデレラはガラスの靴を履かない

津舞庵カプチーノ

第1話『機械仕掛けのシンデレラはガラスの靴を履かない』

 さて、他愛のない話ではあるが、私こと“灯女野真白”はである──。

 去年というかつい最近の話であるが、私は服飾の勉強をしていて、“ユースティア服飾学園”という名門校を目指していた。


 “ユースティア服飾学園”と言えば、滅茶苦茶偏差値が高い服飾関係の名門校でとても有名だ──。

 何しろ、日本国内でプロを目指すための登竜門であり、またその卒業生の中には正真正銘高名なプロのデザイナーとして活躍している者もいるくらいだ。

 

 さて話を戻すが──。

 そんな超名門校に、何故か私は合格をした。

 正直信じられなくて、何度も受験票と合格者番号を何度も見比べたほどだ。

 でも、傍から見れば、まるで輝かしいシンデレラストーリーを歩んでいる私ではあるけど、その才能なんてたかが知れている。何故、こんな名門校に入学できたのか分からないぐらいだ。

 努力もしてきたし、勉強だって当然してきた。

 でも結局のところ服飾の世界は、が求められているみたい。

 しかして現実は悲しい事に、神は私にデザイナーとしての才能を与えてくれなかった。

 前に、禿げを馬鹿にしてしまったからだろうか。……正直反省はしている。


 とまれかくもあれ、私は所謂『夢を叶えられそうにないにも関わらず、それでも足掻くごくごく普通の女性』──。


 ありふれた話だ。

 業界の門を潜ろうとする者が、皆々その業界で成功するなんてあり得ない。

 席なんて最初から個数が決まっていて、それを奪い合うまるで椅子取りゲームみたいな様模様。斯くてそれは、新人ベテラン問わずの話ではあるが。

 だが、そんな一寸先も暗闇な上、崖さえも散在している我が服飾業界であるが、それでも私は、落第生の立場を甘んじている。甘んじているというより、それでも諦めきれないと言った方が正しいのだろうか、……正直私自らが言うと恥ずかしい気持ちになるが。


 それでも、憧れたのだ──。


 しかして如何やら、そんな灯の周りを舞うは、斯くてその命を散らせ掛ける、所謂に瀕しているらしい。



 ♢♦♢♦



 視界が黒く滲む──。

 如何やら私は、何故か目隠しをされているらしい。ちなみに、適当な布で目隠しをされた場合、光の差し込みで透けて見える事があるらしいが、如何やらその手のチートも対策済みみたいだ。

 その上、手足は何やらロープか何かで縛られていて、身動き取れない状態。何かしらのハプニングがあった場合、私は哀れにも簡単にその命を散らす事だろう。いや、現在進行形ではあるが。

 しかし、そこで私の脳内の疑問が生じる。


「(──何故私は、捕まっているのでしょうか?)」


 誠心誠意私は私自身を下貶するが、私は何も特別な人間ではない──。

 別に才能がある訳ではないし、特別血の滲むような努力を繰り返した訳でもない。それは所謂、娯楽小説にでも出て来るような、主人公という訳ではないのは、他の誰でもない私自身が一番よく分かっている事だ。

 その上、私自身の身分が特別でも何でもない。

 私には形式上の両親と兄が一人いるが、両親は家庭と家柄の都合上、事実上の離婚と私自身の冷遇をもされている。たとえ私が何処かの犯罪者集団に捕まって身代金を要求したとしても、知らぬ存ぜぬの「彼女は私たちの子供ではない」と私は見捨てられる事だろう。

 ちなみに余談ではあるが、兄が助けてくれる訳が一ミリだって存在しない。少なくとも彼が私を助けるなんて、天地がひっくり返ったって、もしも天変地異が起きようともあり得ない話だ。



「──さて。、目隠しと手の縄と取って差し上げろ」



「──分かりました。お嬢様」



 私の視界が光に包まれ、自由になった──。

 手足のロープが解かれ、私自身が自由になったからだろう。

 でも、視界が闇に慣れきっていて、その眩しさ故に私は目を細める。

 そして幾分かして目が慣れ切った私の視界せかいは、を見た。



「──ふぅん」



 その衝撃を私は、知らなかったらしい。

 雪原を梳かしたかのような綺麗な銀髪を流して、その瞳は深い湖を思わせる蒼い宝玉が私を見つめていた。

 そしてその体は、まるで彫刻のような精巧なまでの美。それはきっと、男女両者であろうとも羨望を抱く事はない。羨望を通り越して憧憬の類に近かった。

 だが、私が真に衝撃を受けたのは、前述までの故の話ではない。


「──へぇ。私のを見ても忌避感を抱かなかったのは貴女が初めてだな。大体の人は、憐れみか侮蔑の視線を向けてくるものだが」


 そう、彼女の足は肌色を有していなかった。

 本来、眩しいほどに綺麗な肌色が顔を覗かせる足は、その輝きを鋼色で染め上げていた。



 まるで、──。



 そんな彼女の事をまったく知らない初対面な私ではあるが、目の前の銀髪の彼女がそのに対して、何やら強い感情を抱いているのだけは、かすかばかりでも分かるつもりだ。


「──一つ聞きたい事がある。何故貴女は、私のこの機械仕掛けの義足を見て忌避感を抱かなかった?」

「……」

「確かに私を見て、羨望や劣情を抱く者は多い。そうであれと、私自身が誇っているのだから。でも、そんな人たちも、この義足を見て視線を逸らすものだ。──でも、だからこそ私は、貴女に問い掛けよう」



「──何故貴女は、を見ても視線を逸らさない」



 病に侵された私は、銀髪の彼女が一体何を言っているのか、きっと半分も理解していないだろう。

 それでも、私がその義足を見て、初めて思った感情は一つだけだった。



「──貴女が綺麗だったから」



 私の言の葉は、まるで初春の温かみのある透き通った風に乗って、窓の外に広がる草原の彼方へと消えていく──。

 何処までも飛んでいくそれは、北を目指すのだろうか、南を目指すのだろうか。

 私の飛ばした紙飛行機は、私の手を離れて飛んでいく。

 何処へと飛んでいく紙飛行機は、人々の営みの上を如何やら飛んでいくらしい。そのごくごく普通の温かみのある営みは、上昇気流となって行く当てのない紙飛行機を更に飛行させる。


 何処へ行くんだい──。


 ──知らない。気の向くままさ。


 私という個人は、あまりにもちっぽけな存在でしかなく、それをただ見上げる事しかできない。


 そんなちっぽけな私だけど、目の前の銀髪の彼女に対して思うのは、ある種の自信を以ってして思うのだ。

 そしてそれは、私が義足を付けた銀髪の彼女を綺麗と言ったのは、きっと憐憫の類ではない。



 ──

 私が銀髪の彼女に釘付けになった理由としては、その程度の些細な当たり前の事で十分だった。



「……──貴女を選んでよかったわ」



 その言葉は、誰に届く事はない──。

 でも、桜の花びらだけが舞うだけの向こうには、きっと夏には向日葵畑と移ろいゆくのだろうか。



 ♢♦♢♦



「──さて。まずは自己紹介から。私の名前は“加瀬宮麗那”。そしてこの者は、私の侍女をしてもらっている」

「……どうも。ご紹介に与りました。“朝凪冬子”です」

「これはどうもご丁寧に。初めまして。“灯女野真白”です」


 あのやり取りの後、私は殺風景な一室から、別の部屋へと場所を変え、見えない話は進んでいく──。

 紅茶の香りが、宙を舞う。

 朝凪と呼ばれたメイド服姿の彼女が、如何やら用意してくれたものらしい。


「……──ところで。私は何故此処に連れて来られたのでしょうか?」


「──あぁそうだな。それを伝え忘れていた」


 笑顔を向ける加瀬宮さん──。

 眩しいほどの笑顔は、誰であろうとも釘付けになる事は間違いない。

 でも、その笑顔の裏には、きっと悪魔の尻尾でも見え隠れしているに違いない。

 そうでなければ、あまりにも加瀬宮さんは完璧すぎる。ちょっと不公平にもほどがある。



「──単刀直入に言うと。貴女──灯女野真白を私の助手として雇いたい」



 それはあまりにも、突飛な提案であった──。

 前にも言ったと思うが、私には別に才能がある訳でもない。それは侍女としての才能も同様であり、何の取り柄だって存在しないと自覚している。

 娯楽小説の主人公、シンデレラストーリーだ──。

 それは所謂フィクションであり、あまりにも非現実的過ぎる。

 だからこそ、その選択肢を委ねられている私は、加瀬宮さんに問い掛けなければならない。──たとえ、侮辱する行為であろうとも。


「……何故私なのですか?」


 才能もない。

 努力もしていない。

 その道の事を何も知らない。

 私に、何か出来るとは到底思えない。


「──今年から私は、ユースティア服飾女学園に通い事になっている。そして貴女も知っての通り当学園は、二人一組になって授業を受ける事になっているんだ」

「……」

「──まぁ詰まる話が、一緒に組もうという話だ」

「……」

「ただ間違えないで欲しいが、これは強制などではない。勿論この場で断ったところで、何かしらの不当な不利益を被る事ないし、別にこの依頼は三年契約という訳でもない、保証しよう。ただし、重大な違反や不利益行為などは止めてくれ、後任を一々探すのは面倒なのだ」


 確かに、私にとって渡り船と言えるだろう。

 今現在私は、その今年夜桜さんが通おうとしているユースティア服飾女学園に通っているものの、それは胡蝶の夢に過ぎない。きっと近々、退学勧告の書類でも突きつけられる事だろう。

 その時私は、夢を諦めなければならない──。

 でももし、もう一度夢へと挑戦する機会を得られるのならば、これ以上ないってほどに嬉しいお誘いだ。


「──でも、私には服飾の才能はありませんし。侮辱を承知で言わせてもらいますと、さっさと他の才能のある人を選んだ方が良いと思いますよー」


 足が竦む。

 皮肉口が、端から垂れ落ちる。

 嗚呼、絶対落ちた奴だ。

 でも、不思議と面接で失敗した時よりも気持ちが楽なのは、やっぱりこうして目の前で話を聞いてくれる加瀬宮さんの良い人っぷりが身に染みているからだろうか。我ながら、チョロいとしか言いようがない。

 だからこそ、私の事を認めてくれた加瀬宮さんには、もっと良い人に当たって欲しいんだ。……チョロい、チョロ過ぎる。




「真白、貴女の言う通り。才能がないかもしれない。他の人を選んだ方が良いのかもしれない」




「──けど、それを決めるのは貴女じゃない」




「──私は貴女が欲しいんだ」




 その瞳に迷いなんてなかった。

 加瀬宮さんの深い湖に濁りなんてなく、ただただ凪ぐだけ──。

 その自信は、何故か。

 その理由を、未熟な私が知る由もない事だろう。自虐じみているが、それはきっと真実に違いない。

 でも私は、そんな真剣な眼差しで見つめる加瀬宮さんから目を離せないでいる。

 この感傷は、何れ果たすのだろうか。

 服飾とは、人を一番輝かせる行為であり、その歩みはきっとシンデレラストーリーじみていて。




「──分かりました。よろしくお願いします」




 ──その幸福な景色を謳うために。




 ──私は、想像を滲ませる。



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 お疲れ様でした。

 感想やレビューなどなど、お待ちしております。

 更新につきましては、……まぁ頑張りますよ、うん。



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