最終話

「だれかあの子をたすけてください」と。

 けいけんなる父親を喪失した『あの日』をほうふつしてどうが鬱勃となった金城ひろしやに疾駆し大海原にとびこんだ。神様でもいい。とうさんでもいい。おれに力をください。右腕だけでたらなバタフライをしておよいでゆく。ときおりとうが猛襲して金城ひろまで溺死せんとする。金城ひろはふたたび『あの日』とおなじく神にいのった。『神様。おれのいのちをささげるので一鬼のいのちをたすけてください』と。『神』はおこたえにならなかった。百折とうの金城ひろは右腕だけのバタフライでおよぎきりあんたんたる海中へともぐってゆく。胸元で『十字』をきった金城ひろは苦痛に顔面のわいきよくした一鬼の肉体を背後から抱擁した。意識のこんだくした一鬼は金城ひろに抱擁されながらく。このままではふたりとも溺死するだろうが金城ひろは『確信』していた。金城ひろろうぜきする一鬼をなだめてみずからの浮力で溺死をようそく阻止する。一鬼の意識はもうろうとしており肉体からは温度が喪失されてゆく。ようなる状態でばたあしをして金城ひろは一鬼とともに浜辺へとゆうえいしていった。れんのさんざめくみぎわにほうちやくすると金城ひろは一鬼に人工呼吸をなす。間一髪で露命をつなぎとめた一鬼は大量の海水をおうしてほうはいと深呼吸をする。しばらくビニール・シートのうえでぎようしていると意識がめいちようとしてきた。じゆつてきそくいんしていた金城かなえに抱擁されながら一鬼は金城ひろにいう。「ふたりとも死んでたかもしれないのに」と。金城ひろかんとしていう。「神様のかげだ」と。一鬼は尋問する。「『カミサマ』ってなに」と。

 ひろは自分の左胸を右腕でたたいていう。

「神様はここにいるんだよ」と。


 了

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『奇-KISEKI-蹟』中篇小説 九頭龍一鬼(くずりゅう かずき) @KUZURYU_KAZUKI

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