『普通になった肉団(ししむら)』― 日本霊異記『産み生せる肉団(ししむら)の作(な)れる女子の善を修し人を化せし縁』RemiX

小田舵木

『普通になった肉団(ししむら)』

 私を一言で簡潔に表せ、とわれたなら。

肉団ししむら」と言うだろう。

 妊娠異常からの流産を疑うべき事例を我が両親はある種の呪いだと受け止めた。

 産まれた肉団を自ら達の罪の塊だととらえた。そして水子供養を行い―。焼くのは気が引けたと彼らは語る。


 何故ならば。その肉団はから。

 巨大な卵。中には何かが眠ってる。彼らはそう確信した。そして封をした上で山に埋めた。


 彼らは家の裏手の山に肉団を封印したのだが。

 数日後、封を破り家にたどり着いた者がいた―私だ。

 歩く事も叶わない赤子がどうして山を下れたか?それは問われても困る。私だって分からない。というか覚えてない。


「ああ。これは」父はうめいたらしい。「僕らが育てるべきだろう」呪いを背負った女の誕生。

「じゃないと。私達は―」この後は言う必要はない。そして。そんな言葉を私に向けるな。母よ。


                  ◆


 私はとかく変な子どもであった。

 妙にさとい子どもであった。大人が読むような本を読み、それをそらんじていたのだから。

 意味は理解していたのか?していない。ただ文が私になだれ込み。それを浴びていたに過ぎない。それが私を培ったと言っても良く。

 生意気な子どもだった。背丈が人より小さい私が生意気を言う。これはなかなか鬱陶うっとうしいことではないか?

 そんな訳で。私は激しく虐められ。よく小突き回されたものだし、あだ名は『小人』。


 それを私はどう受けとめたか?


 ―馬耳東風である。馬の耳に念仏でも良いが。私はどうにも。周りの子どもが同輩に思えなかったのだ。


 私は―選ばれた者である。


 そういう選民意識があった。それをルサンチマンと呼ぶ向きもあろう。

 しかしそうではない。私には『何かよく分からない確信』があり。

「お前らのような阿呆がなんと言おうが。だ。せいぜい罵れ。痒くもない」そう小突く子どもに言ったものさ。

 そうして―私はより虐められるようになり。幼稚園を退園したのだ。


                 ◆


 小学生。それは避けられない話であった。義務教育はスルーできず。

 私は渋い顔をして入学式に臨み…猛獣どもの群れの中へ。

 賢い鷹は爪を隠す。かく言うが。

 私の才は隠れることを知らず。学業だけならナンバーワンの座に着いた。

 そう。学業だけだ。私は運動は一切出来ない。

 そして『友達100人出来るかな』という少子化なぞ考慮されてないキャッチフレーズの進捗しんちょくは全くであった…

 孤独な六年が始まるかに思われた。


                 ◆


豊服とよふくさん」そう呼びかける声。

「…呼んだか?」私は彼にこう応える。

「ねえ。寂しくないの?友達も居なくてさ?」

「別に」そう。別に。

「強がってない?」

「強がってなど居ない」

「じゃあ。なんでみんなの方を見ているのさ」

「…人間観察」

「それ言い訳としてはつまんない」と彼はのたまう。

「貴様らのような者を観察してると滑稽でいい」なんて。

「僕には豊服さんが面白く見えるけど」

「小さくて跳ねっ返り…面白いだろうな」と私は自己批評。小5にもなれば客観視も出来るようになるさ。

「なんでそんなに小さいのさ」私は身長が120cm程度。

「遺伝?」としか形容しようがない。

「みんなが言うように―小人の家に住んでるのかい?」

「んな訳あるか。普通の家だよ。多少信心深いがな」彼らは私が産まれてから宗教、信仰にのめり込むようになった。

「ふーん。じゃ何で豊服さんは変人の極みなのかな?」

「それは私が選ばれた人間だからだ!!」何故か語気を強めてしまう私。と言うかこんな事言う必要はないのだけど。

「選ばれた、ね?何にだい?」

「さあな?」。私も歳だ。神なんぞ信じちゃあいないさ。

「それって選ばれてなくないかい?」彼は不思議そうに言うのだ。

「…そうでもないだろう?」初めて人に指摘されたのだ。

「…変な人だねえ。豊服さん」と彼―かいあきら―は言うのだった。


                ◆


 小学校の時の顔ぶれはそのまま中学に持ち越され。

 私と海は同じ中学に進み。

「相変わらず背ぇ伸びねえのな、豊服さん」なんて彼が言えば。

「私と登校する理由、ないだろう?どっか行き給えよ」なんて私が言う。

「いいじゃんよ。近所のよしみ」なんて言う彼は背が伸びて。私の頭いくつ分伸びたのだろう。対する私は…140付近をウロウロしている。そろそろ身長伸びなくなるかも知れないのが歯がゆいが、まあ、ああいう産まれだしな。

「ストーカーって呼んでやっても良いんだぞ?」私は言う

「勘弁しろ」なんてかいは言い。

「なら失せろ…邪魔だ」なんて思ってもない事を言い。

「…しゃあないやね」なんて言いつつ去る海。


                 ◆


 高校生になれば流石に海とは離れるだろう。私も海も思ったものである。

 だがどっこい。

 かの男は着いてきた。ここまで来ると―ちょいとした執念を感じずには居られない。

「海…お前…どういう事だ?」私は問うたさ。同じ学校の制服に袖を通し。

「君が心配だから…」そうモゴモゴ言う彼はもう175センチあって。私とは30センチ以上差が空いて。なんだか親子みたいな並びになる。

「心配してもらうほど、もうでもない」私は。入試という選別装置のお陰で自分の凡庸さが浮き彫りになったからだ。それに低身長なのにも折り合いが着いてきた。考えようによっては便利だ。子ども料金とかな。真似はするなよ?犯罪だから。

「…普通になったよね。友達が俺だけなのを除けば」呆れ顔で言う海。

「社会化するってのは普通になりすますことから始まるのだ」なんて私は言う。これは事実だ。社会は自らを変人だと豪語するものを受け入れない。

「そのままで頼むよ。小学生や中学生の時みたいな事されたらかばいきれん流石に」

「私は身長以外は成長する女だ!!」私はない胸を張っていう。

「豊服さんの成長ホルモンは何処に居るんだろうね?」胸元を見ながら言うな海。


                 ◆


 大学生になったら離れるだろう。流石に…と思ったそこの貴方あなた!!

 話は甘くなかった。かの男は着いてきたのだ。私にさ。


かい…流石にしつこいぞ?」私はなれないスーツに身を通し言う。買うのに苦労したぞ。

「…ここまでする自分を尊敬するよ」と海は言う。なんせ偏差値が違ったからな。10程。

「もしかして」だ。聞いておくべきなのだろう。

「どうかした豊服とよふくさん?」呼び方まで固定してるよなあ、海は。


「…私がなのかい?」結構勇気を持って聞いてみたぞ。

「…そうなのかもねえ」そう海はあっさり言う。

「…流石にここまで付いてこられてみろ。そういうのに鈍感な気付く」

「だよね。ま、お陰でいいトコ入れたから」そういう海はニコニコしている。

「なんだ?私はついでか?学業の」コイツには色々伝授してやったもんだ。

「むしろ学業がついでさ」

「私のような女に何故執着する?」そう、面倒な女ナンバーワンだ。

「可愛いから。ちっちゃくて」そく打ち返す海。ここは考えてモノを言え。

「じゃあだ。海は私がデカイ女だったら見向きもしないか?」なんでこう問うのか私は。

「…そうじゃないけどなあ。知り合いはしてなかったよな」うんうんとかうなずく海。

「…いよいよ何で好かれたか分からん」嘆息だ。人並みにドラマティックな台詞がほしかったのさ。

「…人を好きになるのに理由が要るかな?」問う海。

「それが証になる…下半身でモノ考えてないって事のな」男は下半身に支配された生きものである。残念ながら生殖のシステム上そうなる。

「俺は―巨乳のほうが好みだ」スーツ着て何いってんだお前。

「私は下着での補正が要らん体でな?」と嫌味を垂れてやる。

「だな」と短いレスポンス。もうちっと何か言えよ。

「精神を好んだ…これでいいか?海よ」私は白旗を上げた。

「その通り」我が意を得たりとしたり顔の海。

「…期待するなよ」私はそう言って。ヤツの手を握ってやった。


                ◆


 社会人は流石に一緒とはいかない。

 だが。あきらは私の会社の近所に勤める事に『無理やり』したらしい。

 まったく。アイツの保護者ぶりは…なんて嘆息。


「さり…結婚しまいか?」明は言う。さりとは私の下の名だ。

「…お前断られるつもりがないだろう?」私は問うた。

「そらもう。こんだけ付き合いが長いのに断られてみろ…自殺もんだ」死ぬほどか。

「死ぬことはない」私は言ってやる。

「君より先には逝かせてもらうが」そういう明はキリッとしてて。

「私は―異常な出生をした女だ…短い命かも知れん」警告だ。

「それでもまあ。良いんだよ」なんて指輪を差し出しながら言う明。あつら

「…君の半生を受け取る。だから…少しはマシなモノにしてやるよ」照れ隠し。

「もう君には渡してる。改めてもう半分やるって言ってんの」ニヤニヤすんな。かっこ悪い。

「私は―もう貰ってたな。スマン」なんて非を認めるらしくない私。

「俺も奪ってたけどな?」私の半生もコイツにやってた。付きまとわれてる内に。

「構わんよ」なんて私は言い。

「…不思議だなあ」と彼は呟く。

「…不思議だよなあ」私も同感で。

「幸せにするなんて約束は陳腐すぎて出来ない」と彼はのたまう。

「んなモンは私の努力目標だ」


                 ◆


 かくして。

 私は普通に成り下がり。

 この世の中では万人の特別ではあり続けられない。

 ただ。

 。私はそう信じたい。そうなんだって教えてくれた男が側に居るから。


 私は―特別である事を自称していた……神など不確定な存在に寄りかかりたくなかったのか、はたまた選ばれたくなかったのか?


 いいや。


                 ◆

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