【KAC20247】心の色合い ~るる、カルネアデス Prologue~ 

マクスウェルの仔猫

【KAC20247】Prologue 心の色合い

 春の訪れを匂わせるような、冷たく強い風が吹く日の午後。


 ターミナル駅の二階にあるカフェの窓際カウンター席で、斉明寺るるはスクランブル交差点をぼんやりと見下していた。


 ゆったりとした黒のキャスケット帽をかぶり、春色のVネックセーターを細めのデニムジーンズに合わせ、ギンガムチェックのフード付きコートを羽織はおっている。


 このカフェの窓際席、自分がアルバイトをしている会社「こころスマイル」の入り口が見える場所を気に入って通うるるは、今日も背中越しに店内の注目を浴びている事を知らないでいた。


 一重瞼と切れ長の大きな目は、見る者に猫を連想させる。纏めて襟足からのぞく艶やかな黒髪と、襟足の透き通るような白い肌の対比が美しい。それでいて、醸し出す雰囲気はどこか中性的でミステリアス。


 一時期は、芸能人かモデルがお忍びで通っているのではないかと噂されたほどであった。今も、男女学生達の熱い視線を受けている。


 だがそんなるるの視線は変わらず、交差点に向かったままだ。


 るるの日課、それは人間観察。


 今日も信号待ちをしている人々の仕草や目線から、信号が青になった瞬間の動きを予測する、という事を繰り返していた。



(駅見て、スマホ、赤信号、駅、またスマホを見た。顔色良くない。少しずつ前に進んで、また駅を見た。あの女の子は青信号で走り出す……急いで転ばないようにね……うん、


「るる、ごめんお待たせ」


 十何度目の予測を終えたその時、見計らったようなタイミングでかかった声にるるが振り返った。


 そこには、濃青のスーツにノーネクタイでベリーショートの髪をふわりと立たせ、黒縁眼鏡をかけた男がトレイを持って佇んでいた。男性達からの羨望とやっかみ混じりの、そして女性達の艶めいた視線を一身に受けて、男は苦笑いを浮かべた。


 大倉秋おおくら あき


 るるの従兄弟であり、そして事故で家族を失ったるるを引き取って育てた家族の一員として、るるにとっては年の離れた兄のような存在であった。


「るる、今日も大人気だねえ。視線が痛いよ」

「一時間遅刻の秋兄ちゃんなんて待ってない」

「ごめんごめん。来る前に会社に寄ったら清香きよか姉さ……清香社長と話し込んじゃってさ」


 エスプレッソを乗せたトレイをるるの席の隣に置いた秋は、真剣な表情で両手を合わせながら席についた。


 一つ一つの所作が大きいがその動きにさり気がない秋の、彫りが深く整った顔立ちと柔らかい表情を見た女性客達から、またため息が漏れる。


「言い訳するな」

「そうだね、今のは男らしくなかった。ごめんごめん」

「この、ブタ野郎。」

「社長の口癖、うつっちゃってませんか?!」

「秋兄ちゃんには言ってもいいって清香さんが」

「マジですか……」

「マジですが」


 真面目くさった顔で腕を組みウンウンと頷くるるに秋はガックリと項垂うなだれた後、顔を上げた。


「やってたのかい? 観察」

「うん」

「調子はどう?」

「普通」

「普通、かあ」


 秋の言葉に、るるは交差点に視線を戻した。


(その『普通』は、僕らにとって普通じゃないんだけど、ね)



 人間観察。


 家族を失ったるるを迎え入れた後、事故の影響と家族がいない状況が続いた結果、泣く事も騒ぐ事も諦めたように周りに反応を示さなくなったるるに胸を痛めた秋が、教えた事が始まりであった。


 人には、癖がある。同じ動きでも、その時の感情で差が出る。性格が、考えている事が、生きてきた人生が仕草に出る。


 嬉しい。

 楽しい。


 寂しい。

 悲しい。


 興味。

 無関心。


 好き。

 嫌い。


 本気。

 嘘。


 信じている。

 信じていない。


 全てそれらは、表面化する。

 そのように秋は思っている。


 かといって、秋は心理学を学んだ訳ではない。

 自らの経験則から、である。


 秋が中学生の頃に母親が病を得て長期入院をし、見舞いに行く中で様々な人を見て不思議に思った事から始まり、人を注意深く続けて得た結論であった。


(人間観察、突き詰めなければ覚えておいても損はないし、るるの悲しみが少しでも緩和されれば、と思ったんだけどな……。るるが記憶力を持っているなんて知っていたら……)



 るるは、一度見たものを記憶の中に留める事ができる。


 秋がその事実に気付いたのは、るるの人間観察に付き合う中で少しずつ増えていった会話によって、である。大倉家がるるを引き取ってから二年ほど経った頃の事だ。


 それを聞いた秋の父親と母親は驚き、るるが無二の素晴らしい才能を持っている事を喜ぶと同時に危惧を抱いた。


 るるの心に刻み込まれた悲しみと痛みが、そして失ってしまったものの大きさが、るるの特別な力を呼び覚ましてしまったのではないか、と。


 だが。


 父親が相談した友人の『サヴァン症候群もしくはアスペルガー症候群の疑いがあるかもしれない』との言葉を聞いた秋が、るるに病院へ行く事を話しに言った時の事だ。


 学校で同級生や先生の観察をした、と報告をしてくるるるに、秋はきっかけを掴みかねていた。


 その時。


 るるがポツリと呟いた言葉があった。


 秋と、秋からその言葉を聞いた両親は、病院に行かずに様子を見ながら全力でるるの幸せを、未来をサポートし続ける事を決めたのだった。


 それは。



「……兄」

「……ん?」


 耳元でつぶやくるるの言葉に、秋は我に返った。


(昔を思い出してボンヤリするなんて、ね。るるに悪い事した。こんなんじゃみたいに社長からお小言をまた……)


「聞いてる? このブタ野郎。ブタ兄。ブタ秋」

「本当にごめんなさいっ?!」


 秋は必死で頭を下げた。


「……もう。一分くらいずっと言ってた」

「マジですか……」

「マジですが」


 ふう。


 溜め息をついたるるが、秋の肩をペしり、と叩いた。


「ほら、とっとと『こころスマイル』行こう。元気出せー。大丈夫、清香さん根に持たない」

「るる、何でそれを! ……社長に聞いたのか……そっか」


 その言葉にるるは赤い舌を見せて目をつぶった。

 あっかんべえ、である。


「るるにはバレバレだな。うん、元気出た。大丈夫」


 こういうところだ、と秋は思う。


 無関心無表情に見えても、誰よりも人を見ているからこそ、るるは見た誰かに寄り添える。事ができるのだ、と。


 エスプレッソを飲み干し、秋は立ち上がった。

 るるも立ち上がり、秋の背中を押し始める。


「れっつれっつれっつれっつ、ごお~」


 秋はその声に昔のるるの言葉をまた、思い浮かべた。
















「みんなも、いっぱい悲しいの色持ってるんだね」 
















  




 

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