第3話

 目の前が暗くなった。

 終わった。

 詰んだ。

 未成年と不純異性交遊な性的逸脱行為。

 職を失い路頭に迷う。


 それより何より雄大を失うことになる。いや。もうそれはすでに失っているのか? 私と初体験をしたあの雄大はもうどこにもいないのではないか。私の所有物。私の大事な雄大。それが、もう——


 ——ピコン


 箕浦さんから今度は動画が送られてきた。脇にじわっと嫌な汗をかいた。もしもこれが私と雄大の何かを映した動画なら——と。


 理科準備室だろうか。それとも、体育館倉庫だろうか。それとも、家庭科室。いや、それとも校長室で? 思い出せば色々思い当たることがありすぎる。それに、もしも撮影されていたとしても気づけないほど盛り上がっていた日があったかもしれない。ハラハラドキドキすることが刺激的で、麻薬中毒者のようにやめられなかったのだから。


 鼓動が鼓膜を刺激する。心臓が喉から飛び出てしまいそうだ。頬が焼けるように熱いのに、手は驚くほど冷えている。震える指で箕浦さんのメッセージ動画をタップした。


「嘘でしょ……」


 雄大が。

 私の雄大が。

 あんな真面目そうな雄大が。


『ウェーイ! ベロベロ〜。焼き鳥皮うめぇ〜! マジでこれ売る人は美人なお姉さんにするわ〜』


 どこにでもあるコンビニの調理場。爽やかな色合いの制服を着た雄大が、焼き鳥皮タレを手に持って長い舌で舐めまわしている動画。


「信じられないよ、なんでこんなこと——」


 刹那。箕浦さんからまたもやメッセージが届く。


《SNSでめっちゃ拡散されています。学校はこれを知っていますか?》


 どこまでも真面目なクラス委員、箕浦さんは学校を心配して私にメッセージをくれたのか。ほっと胸を撫で下ろすけれど、そういう問題じゃない。急いで雄大にLINEを送る。


《雄大、SNS大変なことになってるよ! なんであんなことしたの? なんで動画投稿したの?》


 それから何時間待っても雄大からの返信は来なかった。そして次の日、学校の校門前にはちょっとアタオカな動画配信者らしき人が何人も来ていた。


「すいませ〜ん! この動画の人ってこの学校ですよね〜? ちょっとお話聞かせてくれる〜?」


 そんな声が飛び交う校門前。教頭や主任クラスの先生が「やめてください」とその人達を止めていた。雄大は、学校には来なかった。私にも返信が一向にない。私は絶望した。あんな馬鹿な男だと思っていなかった。


 なのに——。


 何日か経ったある日の夜。雄大が私のアパートにやってきた。


「俺、学校辞めた」

「知ってる。なんであんなことしたの?」

「しょうがなかったんだよ。バイトの先輩に脅されて、それで仕方なく」

「仕方なくやるレベルじゃないよ。本当に、馬鹿なの?」

「だって、俺、俺……」


 涙を流し、家を出てきたと言った雄大はそれから私の部屋に住み始めた。唯一の救いだったのは、あんなに校内で交わり続けていたのに、私と雄大のことを気づく人は誰もいなかったということだ。まさに、奇跡。学校を退学した雄大との関係がもしもバレても、生徒と先生という立場ではない。


 私は彼を家に住まわせご飯を作り、たまにお小遣いをあげた。ネット上に顔が出た雄大は、どこにも行く場所がない。雄大の両親は今回の迷惑動画拡散事件が原因で離婚。帰る家も失い、働くこともできない雄大は髪を金色に染め、私の部屋にずっといる。


「ねえ、今日のご飯カレーじゃないのが良い」

「わかった。考えとく。あとさ、雄大」

「なに?」

「食べ終わったお皿くらい洗ってくれても良いんじゃない? 私仕事してるし、昼間は雄大だけなんだし」

「えー、めんどくせ。そういうこと言うの親みたいでめんどくせぇ」


 雄大は毎日家にいる。お小遣いを持ってパチンコへ行き、負けると機嫌が悪い。そして、家事を一切しない。それでも私は幸せだ。だって、雄大は毎日私の家に帰ってくるんだから。と、思っていたのに——。


 家に帰ってこない日が何日も続き、LINEをしても既読スルー。そのうち既読もなくなって、電話にも出なくなった。


「雄大、どこ行っちゃたの……。やだよぉ、今すぐ帰ってきてよぉ……」


 何日も何日も涙を流し雄大の帰りを待つ。

 パチンコ屋にも探しに行って。

 コンビニを何件もまわって。

 繁華街のゲームセンターも見に行った。

 もしかして、事件に巻き込まれたんじゃないかって心配になって、ネットで検索もかけてみた。


 でも、しかし。


 雄大の姿はどこにもなくて。


 一年が経った頃。ようやく、踏ん切りをつけて前を向こうとした新学期。髪を整え、化粧をして、スーツを着て鞄を手に取りアパートを出た私の目の前には雄大がいた。


「やっぱり俺には、唯子しかいないって分かったんだ」


 長く伸びただらしない金髪は根元が黒くなっている。たるんだ赤いインナーに銀色のスカジャン。腕には虎が刺繍されている。


「今まで、どこに——」

「唯子……」


 伸びてくる大きな手と銀色のスカジャン。抵抗するつもりだった。雄大なんてもういらないって言うつもりだった。でも、胸の奥から熱い塊が迫り上がってきて、私はその腕に埋もれた。


「もう、どこにもいかないで」

「もうどこにもいかない。ずっとこの家にいる」

「うん……」


 そんなわけで今も雄大は私の家にいる。

 毎日毎日。

 仕事もせずに、一日中。

 たまにパチンコへ行き、私が好きなお菓子を買ってくる。

 それを二人で食べながらゲームをしてそして愛し合う。


 なんて素敵な生活。

 私の望んだ生活。

 最高!


 と、思っていたのに——。


 夏のある日。

 雄大のスマホが震え私は手を伸ばした。


 見てはいけないパンドラの箱。

 それでも、信じたいと思ってタップした。


 ロック画面のパスワードは私の誕生日。

 私のことを信用しているからだ。

 私のことだけ愛しているからだ。


 そう思ったけれど。

 鈍器で頭を殴られた気分だった。

 だめだ。

 もう限界。

 この繰り返しをやめなくては。


 お風呂上がりのパンイチ野郎に私は言った。


「もう別れよ」



 

 ——THE END——

 


 


 

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