第2話

 信じられない。でも、彼は誠実そのもの。私を抱く時も優しく丁寧で浮気なんて考えられない。そう思った。思ったよ? 思ったけども……。


 夏休み。確かに雄大は私の家にあまりこなかった。理由は塾だとか、なんだとかいろいろいあったけど、まさか他の女のとこなんて——、ううん、あり得ない。


 その日の放課後。雄大は夕飯を食べに私のアパートへやってきた。学生服を脱ぎ捨てて、普通のティーシャツに短パン姿。帽子をかぶって変装スタイルはいつものこと。


「待ち切れない——」


 そう言ってキスをした後の、その先はなんだかちょっと変わってた。なんというのだろうか。ガツガツしてる? いや、そうじゃない。ノリが良い。それとも違うな。なんていうのだろうか——、そう。一言で言えばこなれていた。


「なんか今日の雄大、変だよ——」


 ティーシャツを脱ごうとしないのも変だった。「なんで?」と聞けば、「なんとなく」と答える。腑に落ちない。戯けるフリをしてグイッと引っ張った襟元から赤いあざが見えた。


 ——キスマーク?


「これ、誰かにつけられたの?」

「まさか、そんなこと俺がするわけないじゃん」

「うそ」

「嘘じゃない。俺は先生だけだよ——」

「待って、まだ、準備が——」


 なんてやり取りの末、ずるずる関係が続いて冬になった。


 冬休み前。雪の降る寒い夜に布団に包まりお楽しみが済んだ後、私は雄大に尋ねた。付き合って初めてのクリスマス。もちろん一緒に過ごすと思っていた。


「クリスマスどうする? 私ケーキ買ってこよかな」

「クリスマスかぁ。俺、バイトかな」

「え? バイト?」

「そう。バイト始めたんだ」

「全然知らなかった。なんで言ってくれなかったの? それにうちの学校は基本バイト禁止だよ?」

「内緒にしててね、先生——」

「あ——、ちょ、っと……」


 なんだかんだ二回戦に突入。そのまま抱かれてうやむやに。それはあれだろうか。私にとって雄大が初めての人だからだろうか。十歳も年上なのに情けない。浮気を疑ってその後どうしていいか分からない。それに、世間でいうところの絶頂を知ってしまった私は雄大を手放せなくなっていた。心置きなく抱き合える男性。「好き」と言えば「好き」と言ってくれる男性。髪を撫でられるだけの些細なことで幸せを感じれる男性。絶対に雄大を手放したくないと思ってた。


 でも、本当は疑ってる。


 ——ねえ、私以外に誰かいるの? 私よりも、若い子で?


 まさか。そんなこと。雄大にはありえない。その辺のZ世代、アホな動画を投稿する迷惑ティックトッカーと雄大を一緒にしてはいけない。


 何度もそう思い、疑う気持ちを振り払った。

 それに——


 疑った時の、この心が絞られていくような痛みが癖になる。嫌なのに、不安なのに、なんでって思うのに。自傷症の人がリストカットをするように、苦しいけれど、このループから抜け出せない。そんなこんなで、ずるずる肌を重ね、年が明けた。


 一月最初の登校日。

 学校から帰宅した私は愕然とした。


 学校から支給され持たされているタブレット。休みの日も受け持つクラスの生徒から質問や連絡がやってくる最低最悪の社畜なタブレット。そのタブレットにメッセージが一件。担任しているクラスの女子、比較的仲が良い生徒でクラス委員の箕浦さんからのメッセージには写真が複数枚送付されていた。


「これは——」


 雄大が同級生の女の子とキスをしている写真。

 雄大が別の女の子と抱き合っている——かろうじて服は着ていた——写真。

 雄大が膝にのせたこれまた別の女の子の胸に手を当てている写真。

 雄大が——な、写真。

 雄大が——すぎる写真。

 雄大が——の、信じられない写真。


「信じられないっ! 許せない!」


 怒りがまず先にきた。瞬間湯沸かし器のようにかっと一瞬で顔が熱くなった。拳を握りしめ、ギリッと奥歯を噛んだ。でも、その後でこれはまずいことになったと血の気が引いた。その時——


 ——ピコン


 追加できた箕浦さんからのメッセージには《先生やばいですよ》と書いてあった。


 ——やばい。何が? 

 まさか、私と雄大のことが学校にばれた——


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