第一幕

最終話:セーラー服と日本刀⑨

 腹を刺されると出血多量で大体15分くらいで死ぬ。


……というのを以前映画で観たが、実際はどうなのだろう。とにかく、まぁ、「なんじゃこりゃああ!?」な状況には違いない。


 舞は……生きていた。腹部を刺され……致命傷を負ったが、急いで花凛たちに非武装地帯に運び込まれ、辛うじて一命を取り止めた。


 霜月の七日。

 外は少しずつ肌寒くなってきて、小麦色の銀杏いちょうが、深緋こきひの紅葉が、街道を艶やかに彩っていた。その日、舞は目黒区の病院にいた。妹の、芽衣の寝顔を見届け、左手でそっと彼女の頭を撫でると、ゆっくりと椅子を立った。病院を出る。ひん曲がったガードレール、陥没した国道、半分になった高層ビル。戦いが終わっても、闘いは終わらない。何もかもが元通りになることはないこの街で、それでも人々は、此処で生きていくしかなかった。


 空は晴れ渡っている。白い雲といっしょに、そのまま宛てもなく道をブラついていると、目の前に一人の男が現れた。


 泥梨葬太どろなしそうた


 黒装束の死神が、にこやかな笑みを浮かべて舞に手を振った。泥梨は露天商みたいに路地に座り込んでいた。黒色の絨毯の上に、何やら怪しげな商品がたくさん並べてある。


「何やってんだテメー」

「どうも。安くしとくよ」


 舞が立ち止まると、死神の肩に乗っていた黒いクリーチャーがゲギャギャギャと鳴いた。


「義手の調子はどうだい?」

「あ?」


 舞の右手を見遣って、泥梨が聞いた。彼女は制服のポケットからぎこちなく右手を取り出すと、薄鈍色うすにびいろ色の掌を、何度か握ったり開いたりした。蒐集家に斬られた右手は、結局元に戻らなかったが、ある日泥梨がふらりと現れ、何処かから義手を調達して来たのだった。一体彼が何処でどんな風に過ごしているのか、舞にはさっぱり分からなかった。


「肝心な時にゃいつも居ないくせに、どうでも良い時にだけふらっと現れやがってよぉ」

 舞が泥梨をジロリと睨んだ。泥梨は苦笑して、

「うんうん、それならもう刀は握れそうだね」

「何だよ。そんなこと確認しに来たのか? 私はもう……」

「実は舞クンに是非オススメしたい新商品があってね。『ス魔ートグラス』っていうんだけど、メガネみたいにこれをかければ」

「やめろ。それ以上私に近づくな。警察を呼ぶぞ」

「まぁまぁ、せっかくだから一度試して……あ」

「お」

 二人がぎゃあぎゃあ言っていると、向こうの曲がり角から、さらに見知った顔がやって来た。


「舞さん!」


 白いセーラー服に二本の刀。東禅寺花凛と、その弟・飛鳥だった。足元には愛犬のタロが纏わりついている。花凛は右に埋め込まれた天色あまいろの義眼で舞をじっと見下ろした。舞も固まったまま、しばらく沈黙が訪れる。やがて、

「道具屋。研磨を頼む」

「はいよ」

 二本の『正宗』を泥梨に手渡しながら、舞に尋ねた。


「死合を降りるらしいな」

「ん……ああ」


 舞は頷いた。月が変わって、どうにも戦う気にもなれず、舞は街をふらふらしてばかりいた。腰に下げた『村正』も、主人が消えれば消え去る運命だったが、特に何も言わない。


「どうして? 舞さん、強いのに」

「んー……」

 飛鳥が膝元で小首を傾げる。ぺろぺろしてきたタロを抱き上げて、舞は目を細めた。


「フン。賢明な判断だ」

「ちょっとお姉ちゃん……」

「なんだ? 私がするのが、そんなに気に食わないのか?」

「……確かに、貴様をこの手で葬れないのは至極残念だが」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる舞に、花凛は背筋を真っ直ぐ伸ばして睨んだ。


「貴様はもう野生に帰れ。人間の社会は窮屈だろう」

「んだとテメェ!?」

「ふ、二人とも……」

「はいはいストップストップ!」

 泥梨が明るい声を上げた。

「ちょうど良かった。君たちに知らせておかなくちゃいけないことがあって」

「ん?」

「何だ?」 


 泥梨は『正宗』を磨きながら、

「先月の蒐集家事件で……大会中に多大な被害が出ただろ?」

 三人を面白そうに見渡した。

「アレ、僕らも大分反省してねえ」

「反省!?」

「バカな!? もう一度言ってみろ!」

「それで、大会のやり方を変えようと思うんだよ。いわば、今残ってるメンバーだけで、此処じゃない別の場所で二次予選と言うか」

「二次予選……?」


 花凛と飛鳥が顔を見合わせた。嫌な予感がして、舞は一歩後ずさった。


「うん。次はリーグ戦にしようと思ってる」

「リーグ戦?」

「そう、それからチーム戦に……舞クン?」

「私は降りるぞ」

「まぁまぁ、最後まで聞いてよ」

「チーム戦というのは、先鋒とか次鋒とか、大将戦とか……そういうことか?」

 花凛が、いかにも剣道少女らしいことを言った。

 泥梨が頷いた。


「今度は、試合ごとに場所も勝ち抜き方も変えようと思うんだよ。ちゃんとこちらで会場も用意して。ポイント制だけじゃなく……」 


 もっと君達が震え上がるようなルールを、今考えてるところ。


 とは口に出しては言わず、泥梨はおもむろに立ち上がった。


「とりあえず最初の試合会場だけでも見学に行ってみない? 月末まで、まだ時間はあるんだし。参加するかはそれから決めれば良いじゃない」

「見学って……何処に?」

 不安げな少年少女を見下ろして、泥梨はにっこり笑った。


「江戸時代」


《第二部へ続く》

 

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セーラー服と日本刀 てこ/ひかり @light317

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