第一幕
最終話:セーラー服と日本刀⑨
腹を刺されると出血多量で大体15分くらいで死ぬ。
……というのを以前映画で観たが、実際はどうなのだろう。とにかく、まぁ、「なんじゃこりゃああ!?」な状況には違いない。
舞は……生きていた。腹部を刺され……致命傷を負ったが、急いで花凛たちに非武装地帯に運び込まれ、辛うじて一命を取り止めた。
霜月の七日。
外は少しずつ肌寒くなってきて、小麦色の
空は晴れ渡っている。白い雲といっしょに、そのまま宛てもなく道をブラついていると、目の前に一人の男が現れた。
黒装束の死神が、にこやかな笑みを浮かべて舞に手を振った。泥梨は露天商みたいに路地に座り込んでいた。黒色の絨毯の上に、何やら怪しげな商品がたくさん並べてある。
「何やってんだテメー」
「どうも。安くしとくよ」
舞が立ち止まると、死神の肩に乗っていた黒いクリーチャーがゲギャギャギャと鳴いた。
「義手の調子はどうだい?」
「あ?」
舞の右手を見遣って、泥梨が聞いた。彼女は制服のポケットからぎこちなく右手を取り出すと、
「肝心な時にゃいつも居ないくせに、どうでも良い時にだけふらっと現れやがってよぉ」
舞が泥梨をジロリと睨んだ。泥梨は苦笑して、
「うんうん、それならもう刀は握れそうだね」
「何だよ。そんなこと確認しに来たのか? 私はもう……」
「実は舞クンに是非オススメしたい新商品があってね。『ス魔ートグラス』っていうんだけど、メガネみたいにこれをかければ」
「やめろ。それ以上私に近づくな。警察を呼ぶぞ」
「まぁまぁ、せっかくだから一度試して……あ」
「お」
二人がぎゃあぎゃあ言っていると、向こうの曲がり角から、さらに見知った顔がやって来た。
「舞さん!」
白いセーラー服に二本の刀。東禅寺花凛と、その弟・飛鳥だった。足元には愛犬のタロが纏わりついている。花凛は右に埋め込まれた
「道具屋。研磨を頼む」
「はいよ」
二本の『正宗』を泥梨に手渡しながら、舞に尋ねた。
「死合を降りるらしいな」
「ん……ああ」
舞は頷いた。月が変わって、どうにも戦う気にもなれず、舞は街をふらふらしてばかりいた。腰に下げた『村正』も、主人が消えれば消え去る運命だったが、特に何も言わない。
「どうして? 舞さん、強いのに」
「んー……」
飛鳥が膝元で小首を傾げる。ぺろぺろしてきたタロを抱き上げて、舞は目を細めた。
「フン。賢明な判断だ」
「ちょっとお姉ちゃん……」
「なんだ? 私が
「……確かに、貴様をこの手で葬れないのは至極残念だが」
ニヤニヤと笑みを浮かべる舞に、花凛は背筋を真っ直ぐ伸ばして睨んだ。
「貴様はもう野生に帰れ。人間の社会は窮屈だろう」
「んだとテメェ!?」
「ふ、二人とも……」
「はいはいストップストップ!」
泥梨が明るい声を上げた。
「ちょうど良かった。君たちに知らせておかなくちゃいけないことがあって」
「ん?」
「何だ?」
泥梨は『正宗』を磨きながら、
「先月の蒐集家事件で……大会中に多大な被害が出ただろ?」
三人を面白そうに見渡した。
「アレ、僕らも大分反省してねえ」
「反省!?」
「バカな!? もう一度言ってみろ!」
「それで、大会のやり方を変えようと思うんだよ。いわば、今残ってるメンバーだけで、此処じゃない別の場所で二次予選と言うか」
「二次予選……?」
花凛と飛鳥が顔を見合わせた。嫌な予感がして、舞は一歩後ずさった。
「うん。次はリーグ戦にしようと思ってる」
「リーグ戦?」
「そう、それからチーム戦に……舞クン?」
「私は降りるぞ」
「まぁまぁ、最後まで聞いてよ」
「チーム戦というのは、先鋒とか次鋒とか、大将戦とか……そういうことか?」
花凛が、いかにも剣道少女らしいことを言った。
「
泥梨が頷いた。
「今度は、試合ごとに場所も勝ち抜き方も変えようと思うんだよ。ちゃんとこちらで会場も用意して。ポイント制だけじゃなく……」
もっと君達が震え上がるようなルールを、今考えてるところ。
とは口に出しては言わず、泥梨はおもむろに立ち上がった。
「とりあえず最初の試合会場だけでも見学に行ってみない? 月末まで、まだ時間はあるんだし。参加するかはそれから決めれば良いじゃない」
「見学って……何処に?」
不安げな少年少女を見下ろして、泥梨はにっこり笑った。
「江戸時代」
《第二部へ続く》
セーラー服と日本刀 てこ/ひかり @light317
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