『運命に負けた男』
君は生まれ変わりを信じるかい?
…僕は信じるよ。
◆
「生まれ変わってでも―君を愛する」かつて僕は
「…その心意気、受け取りました」と彼女は僕の顔を見ながら言って。
「待っててくれるかい?」そう問うた。意味もない言葉ではあった。病床だから僕はこういう弱音を吐いちゃあいるが。基本は
「ずっと。待っていますよ」幼馴染の彼女は言葉に感情を込めてそう言ってくれる。
「…君は義理堅いねえ」なんて照れ隠しだ。コイツは。
「貴方に
「親に言いつけられてるからかい?」彼女の家と僕の家は
「言いましたよ?私は。貴方を愛しているのは―私自身である、と」少し拗ねながら言う彼女。
「そうかい」と僕は言う。
「そうですとも…例え貴方が畜生に生まれ変わろうが…愛せます、私は」その決意は堅い。それが今はただ有り難い。
「それならば。僕は先に逝かしてもらおうかな」そう言う。命の火が燃え尽きるその様を、僕は見ているのだ。長くはない。死期はすぐそこ。
「いってらっしゃいませ」彼女は涙と共にそう言って。
「…うん。逝ってくる」僕はその言葉を絞り出して。
そして―暗い何かに包まれて。
◆
かくして僕は亡くなった。その後の事はよく知らない。
彼女―僕を追って自殺などしてなければ良いのだが。
◆
僕の。
眼の前に大きなルーレット台があり。まず。ここは
「おぉい。誰か居ないかね?」と僕のような何かは声を張り上げて。
「…音が響くんだねえ」なんて驚いてる場合でも無いんだが。
目の前のルーレット台は見た目はレトロだが中身は普通のもので。
で?コイツで僕をどうしようと言うのかね?
答えを知る者は表に出よ、なんて思うんだが。虚しくなってきた。
「待たせた」ルーレット台の前に人らしきモノが現れ。
「ふむ。君がディーラーかい?で?このゲームは何を賭け、何を
「存在を賭け、次の生を獲る…」
「次の生、な?選ばしてくれるのかね?」
「このゲームに勝てば」
「負けたら?」当然の問だろう?
「存在は我らが貰い受ける」
「分の悪い賭けじゃないかい?」
「機会を与えている分感謝して欲しいのだが」
「どうも」思ってもない謝意を示しておく。なんせ疑わしい。
「さ。始めよう」ディーラーはチップを手渡し。
「この一枚で僕の来世が…こりゃもっと悪さしておくべきだったね」なんて言ってみる。
「ああ。貴様らの生などその程度の価値しかないのだ。生に意味を見出すな」
「お厳しいじゃないか」
「厳しくもなるさ。ここで
「数えてたら気が狂う程だろう?」と僕は思う。実感はないけどね。
「そうだ。貴様らのような人類は
「そうだねえ」と僕はルーレット台のベッドテーブルを見るのだが。これ数字が何に対応してるんだい?
「お前にそれを知る権利はないぞ」とディーラー氏。
「甘くないよねえ」なんて僕は諦観。
「倍率が良ければ良いほど善くなるがな?」
「恵まれるってこった」と了承。さて?
「さ。張った張った」とディーラー氏はルーレットを回し始める。くるくると
「なあ君?」と僕はディーラー氏に問いかける。
「どうした?降りるのか?ならチップはもらうぞ?」
「僕は
「…不幸ではあったかもな」なかなか優しいじゃないか?
「ああ。
「そういうのは見慣れているさ」そうはいかないか。
「なに。全部開けてくれとは言わんよ。せめて
「…」ディーラー氏は押し黙る。
「これで僕が必勝する訳でもあるまいて」
「それはな。このゲームは当然
「僕はね…ベラボウに運が悪い。賭けに勝ったのは
「貴様、私と勝負する気か?」いやあ。テーブルゲームはそういうものだろう?
「それもあるが。運命とやらとも、やり合いたいかな。負け越してるもんでね」そう。僕は運命に惨敗した男で。
「…仕方ない。良いか。1〜6は
「六目賭けで道は選べると」
「そうだ…まあ倍率は6倍。あまり期待するなよ?」
「そんくらいの利益でいいさ」元が博徒じゃないし。身不相応な生は
「じゃ。決めな」
「ああ」と言いながら―僕は。畜生道へ六目賭け。…もう人類は懲り懲りだ。かと言って天に召されたい訳でもないし、ましてや餓鬼道地獄道はお断り。よって消極的にここに賭けるさ。
「じゃあ。廻す」とディーラー氏はルーレット盤の摘みを
そうして。いつかはポケットの穴に収まっていく―
◆
かくして。僕は賭けに勝ち。
「畜生道へお前を放り込む」とディーラー氏。
「構わん。これが僕の勝ちだからね」願いは成就せり。犬か猫で人に飼われたいものだ。
「…」何か言い給えよ。
「僕の願いは聞き入れられない…そうだね?」考えを読むのは勘弁していただきたいところだが。
「ああ。貴様は―数秒後には爬虫類さ―」こうして。『僕』は一旦途切れる。
◆
君。爬虫類に成る、というのはどんな気分か教えてやろう。
蛇だ。今の『僕』は。聖書の中では賢き者、
赤外線を感知できはせど、視力は弱いあの蛇さ。お陰でまあ、
そして。大した脳みそを持っていないからか欲望の塊なんだな。これが。
ん?じゃあ今『こう』考えてる『僕』は何かって?分からないよ。現代の
しかしまあ。
仏教的なモノの見方で申し訳ないんだが―畜生というのはシンプルだ。
欲だけが生きる
『僕』は女を求めて―欲情しているんだよ。情けない。
「ああ。女、女、女、女…交尾、子孫…」こんな具合。こりゃ前世でよっぽど欲が
でも今は。
畜生であれど―健康な身さ。だから欲情し放題…んまあ。相手が見つからないから虚しい感情だけど。そんな自己
ああ。かの女は―
そう。僕は君、彼女を犯したいのだよ…なんて畜生の思考が『魂』とやらに混じりだしている…
◆
『僕』という性欲は地をうねり。かの女を追い求める。同輩のメスには見向きもせず。せいぜい
かの女―僕と同じくらいの年だった彼女。今はどうしているのやら。
多分。彼女もまた―輪廻に入っているはずなのだが。次の生は何なのだろう?
『例え貴方が畜生に生まれ変わろうが…愛せます、私は』と言った彼女は何処で何になっている?できれば同じ畜生が楽ではあるが。
僕はね。彼女に人に生まれ変わっていて貰いたいのだ。
そうして。彼女の綺麗な脚に絡みつき。昇って行きたいのだよ。
ん?僕が脚にフェティシズムを抱いて居るかって?
そうだよ。僕は彼女の脚元ばかりが近くにあったからね。なんせ病床で過ごした日が長過ぎる。
着物越しでも。彼女の太ももは美しく。よく想像したものさ、その白さを。
うん。頼めばいくらでも見せてはくれただろうが。そこは君。敢えて見ないのがフェティシズムだとは思わないかい?隠されたるモノを想う。そこに
ああ。そうやって。
『僕』は欲を満たさんと。地を
◆
魂は
魂の
というのもだ。君。僕は見つけたんだ―
彼女の生まれ変わりと言うやつを。
しかもだ。彼女は女子高生と来た。スカートから…僕が
ああ。今すぐそこに這って昇りたい―
それが『僕』という畜生を突き動かし。
河原の道をのんびり登校する彼女のローファーに近づき―
絡みつく。響く悲鳴。それが何故か心地よく。
細い腕が迫っている。僕を離そうと。
しかしまあ。女性の
だから僕は。彼女の中央を目ざし、懸命に昇ったのだ。気分は登山家だよ。
白い柔肌と僕の鱗が絡み合う。これもまたコミュニケートの一形態。
ふくらはぎから太ももへ。その旅路に困難は少ない。なんせあっという間だったから。
問題は。
中央の制圧さ。コイツばかりは一筋縄ではいかない。
遮るものは多々あるさ。主に布地で出来ているのが不幸中の幸いかな。
僕は顎を開き。その障害物を取り除く。
そして。僕は―その秘められた場所へと。向かって行った。
本能の突き動かすままにね。それが唾棄すべき性欲だって事は知ってるよ。
でもさ。君。僕はただ恋いるモノへと突き動かされたんだ。
それを軽蔑の目でみるなんて!!
君は恋をしたことがないのかい?
ああ。温かいモノに包まれる感触。
それはかつて僕たちが出てきたところへ戻る
―君はそんな幸せを知らないのかい?
僕は君。とても幸せだ。このまま死んだって一向に構わない。そも生物のオスというものはそういう行為に生涯の資源の多くを費やすのが本能なのだから。
彼女にもこの幸せを分けてあげたいのだが。
それは―
叶わぬことだろう。
それくらいは承知しているとも。
こんなモノはただの自己満足に過ぎない事は分かっているとも…
◆
かの少女は。蛇に捕らわれた。
何気なく歩いた通学路の途上で。
しかし。彼女は。
捕らえる蛇を離す荒療治な儀式を受けても尚…捕らわれた事を後悔してなかったと聞く。
「私は…あの方を待ち
両親は。心配のあまり、そういう病院に入れることも検討したが。
彼女は頑なに拒み。そして病院側でも適当な病名をひねり出せず。
彼女は今日もまた。蛇を待ち侘びながら、道を歩く。
彼と彼女は永遠の輪の中で。
永遠に結ばれる事なく。生き続けるだろう。
『運命に負けた男』― 日本霊異記『女人の大きなる蛇に婚(くながひ)せられ、薬の力に頼りて、命を全くすることを得し縁』RemiX 小田舵木 @odakajiki
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