鍵で開かない扉

ろくろわ

見知らぬ天井


 冷たい床の上で私は目を覚ました。

 まだ少し頭の奥がハッキリとしないまま天井を見上げた。

 最初の一言は既に決まっている。


「………見知らぬ天井だ」


 まさかちょっと言って見たかった台詞を実際に言う日が来るとは思っても見なかった。

 私は重たい身体を起こし周囲の状況を確認した。


 真っ白な三つの壁に囲まれた窓の無い正方形の部屋。その壁の一つには鍵穴のついた扉が一つ。

 半分密室と言った所か。

 部屋の広さはテニスコート半分程度だろうか、人一人が入るには十分な広さだ。

 部屋の中央には椅子の無い、昔ながらのグレーの事務用デスクが一つ。そしてそのデスクの上には、中央の天井から紐のついた鍵が吊るされていた。


 よし、大体の状況は理解できただろう。

 私は


 まさにこのシチュエーションは、所謂いわゆる脱出モノに似ている。何者かに閉じ込められ、指示を聞き扉を開けて脱出する。

 そう言うものだろ?

 だから私は焦らない。私は息を整えると、どこかで見ているであろ誰かに向かい叫ぶ。


「おい、聞こえているか。ここから出してくれ!何をすればいい?」


 完璧だ。


 まさに主人公の立ち振舞いである。だがいくら待てども何のアクションも無い。成る程、そっちのパターンかと私は立ち上がり、事務用デスクへと向かう。

 指示がなく指示書があるパターンね。

 そう、王道と言えばこのどちらかのパターンだ。

 直接悪役が指示を出すパターンと自分で謎を解いていくパターン。

 今回は後者と言う事だな。

 私はデスクを念入りに調べてみたが、引き出しには鍵がかかっており開かない。そして、デスクの周囲も指示書の類いは見当たらない。

 こうなると、考えられることは一つ。

 あからさまに吊るされている鍵をとり、扉を開けて脱出するパターンだ。

 私はデスクの上に登ると天井から吊るされている鍵へと手を伸ばす。

 が、絶妙に届かない。デスクの上でジャンプをしてみるがやはり届かない。

 その姿はまるで、猿が天井から吊るされたバナナを取るために奮闘しているような姿だ。しかし、私は知恵の有る人間だ。届かないものを補える物は無いかと部屋を見渡す。

 生憎、部屋にはデスク以外何もない。そこで私は閃いた。そう言えば周囲の状況把握やあからさまなシチュエーションに気を取られ、自身のポケットの確認をしていなかった。

 私はズボンのポケットに手を突っ込んでみる。カツンと硬いものに触れる感じがして思わず笑みがこぼれた。

 大きめのポケットだったから気がつきにくかったが、取り出されたのは自分の物ではない二つ折りの携帯電話。通称ガラケーと呼ばれていたものであった。

 このご時世、ガラケーなんか役に立たないが今の私には多いに助かる。

 私はガラケーを広げると右手に持ち、吊るされた鍵に向かってジャンプをし叩き落とすようにガラケーをぶつけた。

 先程まで絶妙に届かなかった鍵にもガラケーを伸ばした事により何度目かのアタックで鍵を落とす事に成功した。まぁ、その勢いで携帯が割れてしまったが問題ない。

 私は鍵を拾うと扉の前に向かい、鍵穴へと差そうとした。


 いや、待てよ。これでは余りにも簡単ではないか?

 大人一人に頼み込み、このような場所に連れて行き、多少の努力で鍵を取らせて扉を開けて終了!と言うことがあるだろうか。

 これは罠だ。

 私は鍵を差し込むのを止めると、他の鍵穴へと向かった。そう、グレーの事務用デスクの引き出しだ。

 鍵を差し込み、ゆっくりと回すと『カチャカチャ』と気持ちのいい感触と共に鍵が開いた。

 「やっぱり」と私は笑みが再びこぼれた。デスクの引き出しの中を確認すると、これまた鍵が一つと電動鉛筆削りの様な機械が一つ出てきた。

 それ以外は何もない。

 電動鉛筆削りみたいな機械が何なのかは分からないが、今はこの二つ目の鍵を扉に差してみることが先だ。

 私は再び扉の前に立つと二本目に見つけた鍵を鍵穴に差し込み回した。

『ガチャン』

 鍵は見事に鍵穴に差さり、鍵の抵抗が手に伝わってきた。私は鍵を引き抜くとドアノブに手を掛けて扉を開けようとした。

 扉はびくともしなかった。

 大丈夫。私は知っている。こう言う時は大抵、扉の開け方が違うのだ。

 私は扉を押したり引いたりしたが、やはり開かなかった。そうかとシャッターのように持ち上げたり、襖のようにスライドしてみようともしたがまるで開かない。流石に焦ってくる。なぜ開かないのだ。

 ここで私は思い出した。

 道具はもう一つあった。

 私は事務用デスクの上においた電動鉛筆削りの様な機械を更に詳しく調べてみた。が、これと言って特に変わった所はない。

 出来ることと言えば、この鉛筆削りの様な機械の穴に鍵を差してみることだ。

 私はゆっくりと鍵を穴へと差してみた。


『ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ』


 鍵は大きな音をたてながら削れていった。

 私は慌てて引き抜こうとしたが、時既に遅く、鍵は吸い込まれるように穴の中へと引きずり込まれていった。

 いよいよ私はこのパターンは知らない。

 いくら部屋を探しても何もない。扉も開かない。誰の反応もない。

 私は大きな声で叫んだ。


「こんなのは知らないぞ!どうしたらいいんだ」


 それに答える人は誰もいなかった。








「はい、これがサンプルAの映像です」

 と白衣を着た教授が、スクリーンに映し出された男が取り乱している映像を見せ説明していた。


「次のサンプルBの映像はこれです」

 と教授は次の映像をながし始めた。


 先程と同じような部屋に、今度は小学生くらいの小さな男の子が眠っていた。

 暫くしてサンプルAの男と同じように目を覚ますと、やや不安そうな表情を作りながらも、真っ先に扉に向かいドアノブをひねると外へと出ていった。


「教授。これはいったいどう言うことですか?」


 教授の映像を見ていた一人が質問してきた。


「サンプルAとサンプルBの映像を見てもらった通り、人は沢山の経験つんでいくと、思い込みで行動すると言うことです。つまりサンプルBと一緒で、サンプルAの部屋にも最初から鍵なんてかかっていませんでした。サンプルAの男は、勝手に映画やドラマ等からあの空間に閉じ込められていると判断し、脱出する方法を探し始めたのです」


 教授は咳払いをしながら説明を続けた。


「分かりやすい所に鍵があることで、勝手に扉には鍵がかかっていると思い込んでね。他にもガラケーを鍵を取ることに使い携帯本来の使い方をしなかった。更に余りにもあからさまな鍵の取らせ方を自分で疑い、デスクの引き出しを開けて新たな鍵を見つけた。ここまで来ると、より強固に扉には鍵かかかっており、今しがた見つけた鍵で扉が開くと思い込んだんです」


「成る程」と会場から声が聞こえる。


「そして、最初から開いている扉の鍵を自ら掛け、閉めたのです。後は疑心暗鬼となり最終的には自身で鍵をスクラップにしてしまったのです」


 教授はそう言うと先程のサンプルAの動画の続きを流し始めた。

 画面の向こうでは男が必死になり、出してくれと叫んでいた。


「ところで、教授。このサンプルAの男性はどうなったのでしょうか?」


 講義を聞いていた一人が教授に質問をしてきた。

 教授はニヤリと笑うと一言で答えた。


「彼がどうなったのかは既に想像がついているのでは無いのかね?」


 会場が静まり返るのを教授は感じた。



 スクリーンに流されているサンプルAの男はひたすら叫んでいたが、暫くすると男を撮っていた監視カメラの映像が引いていき、部屋全体が見えるようになった。


「あっ!これは」


 講義を受けていた人達が声に出した。

 監視カメラに映し出された映像には、ドラマのセットのように三つ壁と天井だけで作られた部屋が映し出されていた。

 そう、つまりこの部屋は最初から密室などではなく壁も三方向しか囲まれていないセットだったのだ。


「そう、これが経験に基づく思い込みによる現象です。最初からこの男は、真っ白な三つの壁に囲まれた部屋と言ったり、半分密室と言ったりと言っていたはずです。もし、閉じ込められていたら囲まれている壁は四つでしょうし、半分密室ではなく密室でしょう。そして、最後にこの男がどうなったかと聞かれ、何を想像しましたか?」


 そう言うと教授はニヤリと笑うと今日の講義はこれで終わりですと告げた。







 了





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鍵で開かない扉 ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ