第3話
で。
その後、再び盛り上がってしまった愚息はそう簡単におさまるわけもなく、そのままソファで一回、ベッドに移動して一回、風呂場に向かう途中でもう一回だ。あのな、いくら俺が体力には自信があるといっても、一晩に出せるのはせいぜい三回が限界だ。もう出ません。ウチの精子工場は空だ。閉店ガラガラ。
しかもあれだぞ? その『三回』にしても、相当気力体力共に万全の状態じゃないと無理だからな!? 今日はその、何だ、久しぶりに、ほんっとーに久しぶりに
しかも、もう出ねぇっつってんのに、風呂場でも何となく盛り上がってもう一回の流れになりかけると来たもんだ。無理! これ以上はもうマジで無理! 在庫ゼロ! と両手で大きくバツを作ってNOの意思表示を示して勘弁してもらったけど。
「大祐さん、ほら、水飲め、水」
風呂から上がり、とりあえずパンツとバスローブだけは何とか着せ、グラスに注いだ水を渡す。正直、身体は鉛のように重いが、何、これもトレーニングと思えばなんてことはない。すみません、とそれを受け取る大祐さんは、ぐったりだ。
「そっちから仕掛けて来たくせに、何であんたの方がへばってんだよ」
「いやぁ、年を感じますね」
「何言ってんだ、俺と一個しか違わねぇだろ」
「現役体育教師と一緒にしないでくださいよ」
「居合の道場通ってんじゃん」
「っていっても、週二ですよ? お遊び程度のやつですから」
居合が遊びで出来っかよ、と鼻で笑うと、大祐さんもまた、それにつられて頬を緩めた。
「それより太一君、お腹空いてません?」
「そりゃあもう。誰かさんが飯の前に襲って来たもんで、なっ!」
めいっぱい嫌味たらしく、最後の「な」を強調する。
「だってあれは反則ですよ」
「何がだよ」
「でかい図体して私に捨てられまいと必死にご機嫌伺いしてくる年下彼氏のなんと愛らしいことか」
「はあぁ?! 別にご機嫌なんか伺ってねぇし! それに図体関係ねぇだろ!」
「ちょーっとキスしただけで簡単に反応しちゃいますし?」
「んなっ?! 気付いてたのかよ!」
「当たり前でしょう? それを私に覚られないように誤魔化してるところも可愛かったですよ?」
「可愛いって言うな!」
「ふふ、そうやってムキになるのが可愛いんですよ。とにかくですね、恋人のそんな可愛いところを見ちゃったら、私だって我慢なんか出来ませんから」
「……クソッ。そうかよ」
だったら普段はそうでもない、ということなのだろうか。
「あっ、でも違いますよ」
「何がだよ」
気だるげに立ち上がり、ペタペタとキッチンへ向かう背中に問い掛ける。
「私は普段から相当我慢してますよ」
「は?」
カチチ、とコンロに火を着け、首だけをこちらに向ける。
「本当はいつだって襲いかかりたいくらいです」
「何言ってんだ。返り討ちだっつぅの」
「そこ含めての話ですよ、もちろん」
「そうかよ」
「今日は、日頃積もりに積もった我慢が爆発したんです」
「だったら我慢なんかしなきゃ良いだろ。馬鹿かよ」
あんたから仕掛けて、そうして始まったくせに。
俺のこと、好きになったとか言ったくせに。
甲斐甲斐しく世話は焼いて来るくせに。
どうしてそっちの方はガツガツと求めて来なくなったんだ。
ここ最近、誘うのは、俺ばかりじゃねぇか。
彼には聞こえないくらいの声で、ぶつぶつと不満を口にする。
俺はもうすっかりあんたにハマっちまったというのに、それを見透かしてあざ笑うかのように、こっちの反応を待ちやがって。
ソファに座り、ふかふかのクッションを抱きかかえるようにして顎を乗せ、やっぱり垂れ流し状態のテレビを睨みつけていると、目の前のローテーブルにさっき食べ損ねた料理が並べられた。
「我慢しますよ、そりゃ」
「何でだよ」
「太一君の身体を大事にしたいですから」
「何だと」
「だって太一君、私から求められたら何回でも頑張ろうとするでしょう?」
「それは……だって、まぁ」
恋人からせがまれちゃあなぁ。
「忍びないですよ、休みの日も部活があったりするのに。大変じゃないですか。あなたの仕事は特に身体を使うでしょう」
そう言って、品よく手を合わせ、「さ、いただきましょうか」と促す。おう、と返して箸を持った。
まぁ確かに。
大変ではあるのだ。
俺も大祐さんもクラス担任を持っているわけではないので、そこまで残業があるわけではないが、俺は部活の顧問もしているし、平日は朝練、休日だって午前中から練習がある。まだ職場が同じだから、純粋に『会える』というだけなら毎日会っているため、その点に関しての不満はないが、恋人らしいことをしようと思えば、どうしたって夜を削るしかない。
「だけど」
「んお?」
飯を半分くらい食ったところで、大祐さんが箸を置いた。
「この週末は何もないですもんね」
「ん、まぁ、そうだな」
ごく、と咀嚼したブロッコリーを飲み込む。
「我慢しなくて良いんですよね?」
「え」
「楽しみですね、太一君」
「え、と。何が」
「恋人と丸二日、一緒にいられるんですから。たっぷり太一君を堪能しないと」
「へあ」
「そうだ、いっそずっと裸でいましょうか。どうせ脱ぐんですし、いちいち着るのも面倒ですしね」
「おい、何言ってんだあんた!」
「我慢しなくて良いって言ったの、太一君ですよ?」
「言っ……たけど! 限度っつーもんがだな!」
ヤりたい盛りのティーンでもあるまいし!
そう声を荒らげると、大祐さんは愉快そうにクツクツと喉を鳴らした。
「冗談ですよ。半分は本気ですけど」
「何だと?!」
「そもそも私は、あなたが欲しくて強硬手段に出た人間ですよ? 太一君のこと、四六時中そういう目で見てるに決まってるじゃないですか」
「そういう目で、って」
「だけど、あんまりがっつきすぎて太一君に愛想尽かされたら大変ですから。そりゃあ繋ぎとめるために色々したくもなります。でも、ちゃんと太一君のペースに合わせますから、安心してください」
「……そりゃどうも」
何だよ。
やっぱりそっちの方が俺に惚れてるんじゃないか。
そう自覚すると、尻がかゆくなる。おかしいな、俺は突っ込む側のはずだが。
「一応ね、たったの一歳でも年上の余裕ってのを見せたいのもありますし。多少の我慢はなんてことないです。それで、どうします? 明日と明後日。どこか行きますか? 車出しますよ?」
太一君、こないだ気になる映画があるって言ってませんでしたっけ、こないだのホテルのスイーツバイキングも良いですよね、と言いながら、テーブルの上のスマホに手を伸ばす。その手を取って、ぐいと引き寄せた。
「太一君?」
「我慢しなくて良い。俺はそんなヤワじゃねぇ」
一見華奢で柔らかく見える彼の手は、実は竹刀ダコなんかもあり、手のひらの方は案外硬い。わざとその竹刀ダコに口づけをする。これをすると「わざわざそこを狙ってくるなんて、ほんと良い性格してますよね」と大祐さんはちょっと嫌がるのだ。その顔を見るのが好きだと言ったら、露骨に嫌な顔をされたっけな。
「……ふうん?」
「一日裸族? 上等だよ。やってやろうじゃん。ただし、明後日使いモンにならねぇのはそっちだからな」
「言いましたね?」
「おうよ。そんで明後日、ガチで動けなくなったら、俺が逆にお世話してやるわ」
「へぇ? そんなサービスまであるんですか?」
「当たり前だろ。あんな、俺だって年上の恋人のこと可愛いって思うことあるんだからな」
「は、はぁ?!」
いま、可愛いって言いました?! と目を丸くする大祐さんははっきり言ってレアだ。何だよ、こんな顔が見られるんなら、もっと日常的にいじれば良かった。
「こんな筋肉ダルマのこと可愛いとか言ってあれこれ世話焼いて、がっつかないように必死で我慢するとか、そのくせ我慢しすぎて爆発するとか、可愛すぎるだろ」
「何言ってるんですか。私は、きれいとか美人と言われることこそあれ、可愛いのとは無縁で――」
だったら別に、とその言葉を遮って、キャラ通りに華奢な手の甲に口づけを落とす。
「俺だけが知ってりゃ良いじゃん、そんなの」
年下だからって舐めんな。たかだか一歳だ。
「楽しみだな、明日」
挑発するようにニィッと歯を見せれば、俺の可愛い恋人は、負けじと悪い笑みを浮かべて「そうですね」と返してきた。
「あとな、大祐さんからも誘えよ」
「はい?」
「俺の都合とか、イチイチ考えなくて良いから、全部俺に委ねんな。一緒に過ごしたいなら泊ってけって言やぁ良いし、やりてぇならそう言やぁ良いだろ」
「……デリカシーのない人ですね、まったく」
はぁ、とため息をついて、冷めた目で睨まれる。やべっ、と背中に冷たいものが流れたが、残念ながら、俺は絶望的に語彙力がない。気の利いた言葉なんて俺の引き出しにはないのだ。
が、大祐さんは予想外にも、ふはっ、と噴き出した。
「でも、そういうところも含めて好きになっちゃったんですから、惚れた弱味ってやつですね。仕方ない」
困った困った、と続けてから、「わかりました」と観念したように言い、「それじゃこれからは気兼ねなく誘いますから、覚悟してくださいね」と笑った。
すったもんだで!①~アラサーの恋人が可愛すぎるんだが?~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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