後編

 突然手を握られた時は何事かと思ったが、どうやらただの戯れだったらしい。やることは変わらない。ただ、決意がより固まっただけだった。

 俺達は、朝待ち合わせた駅前広場で別れることになった。日はだいぶ傾き、町を茜色に染めかけている。俺の引きずっている思いを象徴するように、影が長く伸びていた。

「今日はありがとう。楽しかったよ」

 園子は紙袋を掲げて笑顔を見せる。この期に及んで、まだその笑顔が可愛いと思ってしまう。

 俺はバッグからラッピングされた袋を取り出した。

「俺も今日は楽しかった。最後にこれ、プレゼント」

 俺から何か貰えるなんて思っていなかったのだろう。園子は虚を突かれたように真顔になった。

「プレゼント? 合格祝い的な? しまった……私何も用意してないや」

「いやそういうのじゃなくて、ホワイトデーすぎちゃったけど、バレンタインのお返し」

「……なるほど、そっちか。でもそれこそ別に良かったのに。キットカットだし」

 お互いあの時は切羽詰まっていてバレンタインどころではなかったし、園子がそういう意図でチョコをくれたわけではないと、俺にも分かっている。ただゲン担ぎに買って、俺にも分けてくれただけなのだろう。しかし、俺としてはプレゼントを渡す適当な口実が欲しかったので、利用させてもらうことにした。

「貰ったままそれきりって、なんか嫌だったからさ。次に渡す機会もないと思うし……それにこっちもコンビニで買った安物だから」

 園子に強引にプレゼントを手渡す。彼女も無理に拒むのはおかしいと思ったのか、受け取ってくれた。

「ありがとう。お互い別々の大学になるけど、頑張ろうね!」

「ああ。元気でな」

 園子は笑う。俺も最後くらいはと、笑顔を作った。自然と笑えていたと思う。

 俺達は背を向けて、それぞれ歩き出した。


 ――と見せかけて、俺は一旦立ち止まって後ろを振り返る。一方の園子は、振り返ることなく、角を曲がって俺の視界から消えていった。


 あっさりした最後だったけど、これで良かったのだと思う。

 脈なしなのは最初から分かっていた。きっと『好き』なんて感情、持つべきではなかったのだ。ただ苦しいだけだった。

「仲の良い友達のままで、ずっといられたら良かったのにな」

 俺は小声で呟く。今度こそ、背を向けて歩き出した。




 家に着いた私は、紙袋を床に置いてベッドに倒れこむ。息苦しさから解放されて、疲れがいっきに噴き出したようだった。

「『次に渡す機会はない』か……」

 私は原田君が最後に言った言葉を思い出しながら、プレゼントの包みに触れた。

 来週には、私は下宿先に引っ越すことになる。地方の大学を受験したのは、ここから逃げ出したかったからだった。

 両親からも、元クラスメイト達からも。


 ――そして、一番逃げ出したかったのは原田君からだった。


 原田君のことは好きだったし、一緒に居て楽しかった。でもだからこそ、離れたかった。自分でも、不思議な感情だと思う。

 原田君と会うことは、もうないように思う。彼だって、振り向いてくれない私と一緒に居るのは辛かっただろう。その気持ちは、私にとっても重荷だった。

「ホワイトデーのプレゼントってことは、中身はクッキーなのかな?」

 バレンタインのお返しだから、私はクッキーだと思い込んでいたが、原田君は中身について『コンビニで買った』としか言ってなかった。

 原田君は常識人だから、変なものを渡してくるとは思っていない。最後だから振り向いてくれなかった私への当てつけに――なんて、そんなこと考える人でもない。

「……いやでも、恋は人を変えるともいうし……」

 だから『恋』と『変』って漢字は形が似てるのかな?

 そんなアホなことを考えつつも、私はリボンを解く。ここまで一緒にいて彼を信じられないなんて、私はそこまで性格悪くないと思いたい。

 袋の中身は、私の予想通りクッキーだった。確かにコンビニで買えそうなもので、値段も私があげたキットカットと大差ないのだろう。

 ただし、クッキーとは別に手紙も入っていた。


『今まで一緒に居てくれてありがとう。大学では良い恋人ができるといいな』


 これは純粋な応援なのだろうか? それとも当てつけなのだろうか?

 性格の悪い私には、どちらの意味にも思えてしまう。

 ただどっちにしても、困ったことにこの手紙は捨てづらかった。

「私にとって、君以上に良い人なんて居るかな?」


『そう思うなら、何で振り向いてくれなかったんだよ!』


 手紙を通じて、原田君の抗議の声が聞こえた気がした。私に気なんて遣わず、そうやってもっと本音で話してほしかったように思う。

「まぁどの道、振ってただろうけどね」

 それはそれ、これはこれだ。

 やっぱり私は、どうしようもなく性格が悪かった。

「原田君。私の背中を押してくれてありがとう。それと、こんな私に今まで付き合わせちゃってごめんね」

 今まで居場所になってくれてた原田君は、もう居ない。

 大学に行ったら、私は1歩踏み出すつもりだ。これで踏み出せなかったら、それこそ原田君に失礼だろう。

 私は絶対に幸せになるよ。だから原田君も幸せになってね。

 私は無責任にそんなことを思う。

 外を見ると日はすっかり落ち、暗闇が広がっている。今日という1日が、終わろうとしていた。

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失恋と始まらなかった恋 白黒灰色 @sirokuro_haiiro

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