中編
自分が他の人と違うと気が付いたのは、何時頃からだっただろうか? 少なくとも、中学生の頃には、はっきりと自覚していた。
桜の花びらが舞う、学校の中庭。私はそこで、好きな女の子に告白した。
「亜紀ちゃん。私、亜紀ちゃんのことが好きなの! 付き合ってくれませんか!」
頑張ってラブレターなんて書いて、自分なりの理想のシチュエーションを用意した。本気だった。
「好きって……どういうこと? 私達女の子同士だよ?」
亜紀ちゃんは最初、私の告白の意味が分からなかったらしい。
でも、少しして意味を察したようだ。彼女は顔を赤くする。私はてっきりOKの返事が貰えるものだと思っていた。
「ごめん。私はそういう趣味はないから」
しかし、返ってきたのは拒絶の言葉だった。亜紀ちゃんは私に背を向けると、そのまま逃げるように走って行った。
まぁそれだけだったら、単に苦い初恋の思いでというだけだったのだが――私が同性愛者だと知れ渡ると、皆私から距離を置くようになっていた。
LGBTという言葉は、皆知っている。そういうものに偏見はないとも言っていたし、その手の属性を持つタレントさんのことも好きと、話していた子もいた。亜紀ちゃんもそうだった。
でも、それはあくまでテレビの向こう側のキャラクターだから受け入れられるのであって、実際に自分にそういう感情を向けられるのは嫌らしい。私と関りがない子も、もしかしたら自分もそういう目で見られているかもしれないと思うと、嫌悪感があるようだった。男子も女子の態度に合わせてか、私を避けるようになった。
そんな中、今までと同じ態度で私に接してくれたのは、幼馴染の原田君だけだった。
原田君も同性愛者というわけではないのだが、オタクのお兄さんの影響で、ガールズラブものの漫画やアニメをよく見ていて、私が
皮肉なことに、女の子と仲良くしたいのにその女の子からは避けられ、私の一番の理解者で居場所となってくれた原田君は男の子。
私はそんな彼と今、映画館にデートに来ていた。
コロナウイルスの影響で席の間隔は空いているが、客入りはまずまずのようだった。
スクリーンには近日公開される映画の紹介や、企業のコマーシャルが流れている。本編が始まるまでの退屈な時間。
でも、私はそんな時間が嫌いではなかった。映像や音楽に意識を向けていれば、周りのお客さんも私の視界から消える。正確には、意識しなくなる。そうやって私は、よく独りの世界に浸るのが癖になっていた。
中高生だった頃、教室は私にとって酷く居心地が悪い空間だった。皆が私の視線を意識していたように、私も皆の視線が怖かった。
だから私は、教室ではよく勉強をしたり、音楽を聴いたりしてやり過ごした。そのおかげで、そこそこの国公立大学に受かるくらいの学力や集中力が身に付いたと思う。
まだ本編開始前だが、小腹が空いたので、私はポップコーンを食べる。
すると、隣に居た原田君が「園子、園子」と私に声をかけてきた。
「……?」
私は、独りの世界から現実に引き戻される。原田君は私に手を差し出していた。
原田君の行動が私には一瞬、理解できなかったが、少しして思い出す。そういえば、売店でポップコーンを買う時、お互いの味を交換しようと約束していた。
私は、自分のストロベリー味を原田君の手の平に乗せる。
「ありがとう」
原田君もお返しに、自分のキャラメル味をくれた。
「…………うーん」
私は、自分の手にあるポップコーンを見て考える。私が突然変な声を出したせいか、原田君は「何?」と小首を傾げた。
「えっ……ああごめん、何でもない」
私は慌てて首を横に振ると、貰ったポップコーンを食べる。原田君もそれ以上特に気にすることなく、スクリーンの方に顔を向けた。
口の中にキャラメルの甘さが広がる。私の頭の中で、その甘さとさっき考えていたことが混ざり合う。
原田君と一緒に居るのは嫌ではない。むしろ楽しい。さっきみたいに独りの世界を邪魔されても嫌悪感がない。彼には明確に好意を持っていた。
しかし、その好意が恋愛感情に向くことはない。恋愛感情に向かないからこそ、彼とは楽しい関係を築けているのだと思う。
でも何時頃からか、私は彼と居ると、息苦しさも感じるようになっていた。
その理由は分かっているつもりだ。私もそこまで鈍くはないし、自惚れているわけでもないと思う。
さっき貰ったポップコーン――原田君は私よりも3つ多くくれた。原田君は適当に私に渡したわけではなく、確かに数を数えていた。
薄闇の中、私は原田君の顔を覗き見る。彼の顔は少し、赤くなっているような気がした。
映画が終わり、私達はお昼ご飯を食べ、書店やアニメグッズの専門店を見て回った。予定していた店はすべて回り、今は帰路についていた。
映画は楽しかったし、欲しいグッズも全て買えた。戦利品の入った紙袋が楽し気に揺れている。
総合的にみれば楽しい1日だったのだが、それでもやっぱり、息苦しさも感じていた。
今日見た映画は、魔法少女になった女の子が世界を救うために人知れず戦うバトルもののアニメだった。
主人公の女の子には、友達以上恋人未満の男の子がいて、それが公式のカップリングだ。
しかし、主人公には彼女を慕う女の子もいて、そちらのカップリングも人気が高い。それ目当てで視聴しているファンも多いらしく、私もその1人だった。
残念ながらその2人が結ばれることはないのだが、私も例の男の子が嫌いというわけではない。ファンとして悔しい思いはあるが、ガチで嫌っていたら、2人が抱きしめあうシーンがあると分かっていて、劇場まで見に来ようと思わなかっただろう。
映画がそのシーンに差し掛かった時、原田君は私のことをチラチラと見ていた。
原田君の意図は分かる。私があのシーンを見てどう思うのか、知りたかったのだろう。
私としては、いいシーンだったと思う。嫌悪感は抱かなかったし、感動もした。
でも、所詮あれはフィクションなのだ。それはそれ、これはこれである。原田君への気持ちが変わるわけではない。
原田君が私に想いを寄せているのは分かる。でも、彼は直接私に『好き』とは言ってこない。私の性癖を分かっているし、私の気持ちも察しているだろう。私が現実の恋愛にトラウマがあって、気を遣ってくれている面もあると思う。
――私が原田君の想いに応えられたら、こんな息苦しい思いをしなくてもいいんだろうけどな。
私は不意に、彼の手を握った。
「!? なっ……何?」
原田君は驚いた顔をして、私の方を見た。劇場と違って、今は赤くなった顔がはっきりと見える。その顔を見て、私は罪悪感を抱いた。
原田君は優しい。そして、私はその優しさに甘えている。
だから、こんな残酷なことができるのだろう。私が皆から避けられているのは、同性愛者というよりも、この性格に問題がある気がした。
「あの……園子……さん?」
原田君は怒るでもなく、手を握り返すでもなく、ただ固まっている。私もそっと手を離した。
「ごめん。やっぱり、ドキドキしないなって思って……」
変な誤解をされないようにと、慌ててそんなことを言ったが、それも直ぐに後悔した。酷い一言だった。
やっぱり私は、どうしようもなく性格が悪かった。
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