第32話 新たな旅立ち
「まさかとは思ったが……どうしてここに?」
「ここは領地の中だ。不思議ではあるまい。元気そうで何よりだ」
領主の館がある街からは遠い、そんな集落。
だというのに、俺たちを出迎えたのは父たちであった。
「久しぶり、兄さん」
「ノルト、お前までか」
なんと、ある意味自由に領地内を探索し続けていたはずの弟、ノルトまでいた。
弟は俺を小さくし、文官向きにしたような体格だ。
俺よりも髪色は青みが強く、長くしているのが特徴だ。
「少々問題があってな。それより、連れも含めて、一息入れるのが良いだろう」
言いながら、父の顔が一瞬、驚きに染まるのがわかる。
俺の背後にいる面々、その中の1人に気が付いたんだと思う。
昔、会ったことはあるだろうからな。
「お兄様、ご家族に紹介いただけませんか?」
「ん? ああ、そうだな。親父、ノルト。この子はフェリシア、有力な魔法使いだ。隣は祖父のアルフ爺さん。王都に行く途中で意気投合してな。見分を広げたいということで同行を許している」
半分本当、半分適当な話に、ボルクスは内心笑ってることだろう。
逆に、フェリシアやアルフ前陛下は……孫娘と祖父を演じるつもりらしい。
「ご紹介に与りましたフェリシアと申します。ヴィル様は戦士としてとてもお強く、尊敬を込めてお兄様と……ええ」
「ほっほ。アルフじゃ。年ばかりとっておるが、お役に立てそうということでな」
フェリシアはともかく、アルフ爺さんの態度は、かなり砕けたもの。
本当ならば、周囲の兵士たちも気にするだろう。
けれども、さすがというべきか、なぜか失礼と感じない雰囲気が周囲に広がるのだった。
「なるほど。良き出会いがあったようだ。ボルクスも、ご苦労だったな」
「へい。いえ、とても良い経験を得られました」
かしこまったボルクスの言葉が、切り替えの合図となる。
父についていく形で、集落でも大きな建物の中へ。
集会場に使われているのか、大きな暖炉が複数に、かまどもある。
ここで寝泊まりが十分にできる状態だ。
「さて、何から話したものか……ああ、無事に葬儀を終えたことは連絡が来ている。よくやった」
「運にも恵まれたといったところだな。手紙には書いたのだったか? 竜の躯とも戦う羽目になった」
こうしてしゃべっていると、親子というより年の離れた兄弟のような会話だが、これはわざとだ。
父が昔、強い戦士となったならばへりくだることはない、と言い聞かせてきたからだ。
「ふふ、戦いから生きて帰って来たのは良いことだ。より強い戦士へと……と、話がずれたな。ここ最近、未開拓地がうるさい」
「うるさい? 魔物たちが活性化でもしていると」
返答しての頷き。
当然、父はこんなことで冗談を言う人間ではない。
であれば、なぜここにいるのだろうか。
「それだけじゃないんだよ、兄さん。普段は森から出てこないような連中も、落ち着かないと言わんばかりに出てきてるようなんだ。だから、見回りの頻度があがってる」
「なるほど。臭いな」
「臭い? いい匂いですよ?」
俺の隣になぜか座ったフェリシアの疑問の声。
物事の裏が読めるのだか読めないのだか、まだよくわからない性格である。
確かに、今は食事が準備されているのだが……。
「そういうことではない。陛下の葬儀と関係はないだろうが、偶然にしては厄介なことだ。未開拓地が騒がしいというのが、一番の問題でな」
未開拓地、文字通りなのだがこの言葉には2種類の意味がある。
1つは、過去からずっと人類が切り開いたことのない土地。
そしてもう1つは、昔々は人間がいたが、今はいない土地。
広大なアルフレド帝国、その辺境の1つアレクシア領。
すぐそばには、まだ土地が広がっており、その多くは後者の未開拓地なのだ。
かつての英雄が切り開いた、あるいはかつての国の土地だった場所。
それが今は、魔物と自然に飲み込まれている。
「未開拓地に兵を送るのは、なかなか難しい。何が潜んでいるかわからんからな。そのため、まずは領内の安定を図るために見回りを優先しているわけだ」
「合理的で、正しい判断じゃ。ではヴィル殿はどうするかの?」
「決まっている。俺にできることをする、それだけだ。親父、未開拓地には俺が行く」
力強く言い放つと、父は腕組み、目を閉じる。
少し考え込んだかと思うと、こちらを見た。
「それしかないか。放置はできん……ノルトはあくまで代理とする、いいな」
「ええー、兄さんなら大丈夫でしょ?」
ノルトは、頼りなく見えるかもしれないが、これまで冒険家として生き残ってきた男だ。
武器も多くの種類を扱え、十分戦士としても強い。
そんな戦士だからこその信頼が、少しくすぐったいところだ。
「建前というものが必要なのだ。でなければ、跡取りを危険にただ差し向けるだけになってしまう」
「だよね。了解。兄さん、俺がこうやってしゃべっていられるように、戻ってきてね」
「ああ、任せろ」
ノルトらしい応援に微笑み、後ろを向く。
無言で手をぐっと掲げるボルクスはともかく、あとの二人は……聞くまでもないような気がする。
「私は大丈夫です。ついていきますよ」
「そうじゃのう。かつての英雄たちが遺したものをたどるのも、悪くはない」
3人の同意に頷き返し、気持ちを切り替える。
「それでは、我ら4人で未開拓地に向かう」
「うむ。よろしく頼むぞ」
今生の別れとはならないだろうが、旅立ちが決まるときというのは、いつも緊張する。
どんな土地で、どんな相手がいて、どんな未来が待ち構えているのか。
楽しみでもあり、悩ましくもあり、何よりもうれしさが湧きたつ。
戦士の1人として、かつての英雄たちに迫れそうな予感が、俺の体を駆け巡る。
さあ、新たな旅立ちだ!
騎士男爵2代目が帝都に行こうとしたら変な爺さんと孫娘と冒険することになった件~この宝剣の輝きが目に入らぬか!~ ユーリアル @yuusis
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