後編
私はアルセーヌの声に応じて彼らの元に行く。ラウルが顔を真っ赤にしていた。
「全く!この男は仕方のない奴だ。これがあの、議会で大演説をした人間とはね!」
そう言って、ラウルは私に視線を寄越した。
「知っているか、ロクサーヌ?この男は、中央を騒がせる策士でありながら、その夜には僕の家で子供みたいにカード遊びをしているんだぜ!全く、こいつときたら、無邪気で、獰猛で……まるで、猫と獅子が同居しているみたいだ!」
呆れたように両手を上げるラウルに、アルセーヌは心底楽しそうに笑った。
「素晴らしい賛辞だな。ありがたく、受け取ろう」
「全く!付き合う僕の身にもなって欲しいものだ」
ふん、と息を吐いたラウルは、笑って片手を上げ、「ここで結構だよ。また近いうちに」と言って従者を伴って屋敷を出て行った。彼の、石造りの床を打ち付ける踵の音が遠ざかる。渇いた涼しい風が私たちの間を吹き抜けた。いつの間にか、鈍色の薄雲が夕陽を覆い隠している。
「おいで、ロクサーヌ」
名を呼ばれ、振り向く。アルセーヌが右手を私に差し出していた。私だけに向ける悪戯っぽい笑みを称えて。陽の光の消えた薄闇の中で、その笑みは神話的とさえ言える美しさだった。私もまた微かに微笑み、その大理石のような手を取る。
アルセーヌは喪服姿の私を携え、冷たい石造りの暗い廊下を抜けて行った。私たちは一言も発さないが、こうして腕を絡めていれば大抵のことは分かり合える。大きな部屋の前を通りかかった時、中で刺繡をしていたアルセーヌの奥方が私の姿を見つけ、部屋から急いで出て来て、親愛の情を込めて抱擁してくれた。そして、思いつく限りの悔やみの言葉を述べてくれる。私はそれらを、哀しみを表す沈黙で受け取った。彼女は、気の休まるまでここに滞在すると良い、部屋はこの通りいくらでもあるのだから、と言ってくれた。この馴染み深い屋敷は、今やアルセーヌとこの奥方のものであったが、まだ子を生していない彼ら夫婦にとっては広すぎるようだ。手入れは行き届いているが人気のない廊下を、私はアルセーヌに伴われて歩いて行った。廊下の突き当りに立派な扉が見える。彼は迷うことなく、その部屋の黄金の取手を掴んで押し開けた。
室内は薄暗く、夕暮れの風が吹き込んでくる。蝋燭を灯すにはまだ早い。アルセーヌは扉を閉めると、私を抱きしめて口づけをし、寝台の上に座らせた。私はいつものように、この人の黒檀のような瞳を見つめていた。その瞳の奥には、いつもと同じように、情熱と無慈悲の炎が燃えている。彼は私の頬に優しく手を添え、笑いかけた。
「可愛いロクサーヌ。約束通り、ちょうどひと月だ。よく辛抱したね」
私は彼の手に自分の手を重ね、微笑んで頷いた。この人と私の手は不思議なほどよく馴染む、境目なく溶け合うように。彼は私を自分の膝の上に対面に座らせると、私の喪服を脱がせた。
「もうこれは必要ない。お前の肌に合う服を用意したからこれに着替えるといい」
そして寝台に広げてあった真紅のドレスを私に着せた。まるで鳩の血のような濃い赤色のドレスは、私の青白い肌の美しさを際立たせる。アルセーヌは私にこの色のドレスを着せるのが好きだった。彼は私の瞳を覗き込んだ。その濡れたような黒い瞳に、赤いドレスを身に纏った私の姿が映っていた。
「すまなかったね、悪い男の元に嫁がせて。だがこれでお前の夫だった人の財産と領土は、お前のものだ。彼の商いもいずれ私の手の者に」
「はい」
「お前はどうする?彼の屋敷に戻ってもいいし、もちろん私の傍にいても……」
と言いながら、アルセーヌは私の頬を手の甲で優しく撫でた。
「ここに留まります」
私はきっぱりと言った。他の選択肢は考えていなかった。彼は、まるで新しい悪戯を思いついた時のように楽しそうに笑った。その瞳が、夜空の星のように煌めいている。
「お前も分かっているだろうが、私の妻は形式上のものだから気にしなくていい。この屋敷はいつまでも、私とお前だけのものだ」
私は、まるで猫のように、彼の首筋に顔を摺り寄せた。彼の温かな肌からは、いつもと同じ、華やかで深みのある香りがして、私の五感を麻痺させる。アルセーヌは密やかに笑い、私の髪に口づけをしながら囁いた。
「私の愛するロクサーヌ。お前には、また辛抱してもらわねばならない。次のお前の婚姻は……そうだな、刈入れの頃になるだろう。それまでは、ここで、私とともに」
「はい」
屋敷の庭園に乱れ咲く花の中に、毒草がある。その根を煎じた粉末は、耳かき一杯分でゆうに致死量を超える。私の夫は、ある朝、私が目覚めると隣で既に冷たくなっていた。それは、アルセーヌの言った通り、婚礼からちょうど一月経った朝で、私はその夜半に何か物音を聞いた気がしたが、夢の中のことであったかもしれない。
私はアルセーヌの胸から体を起こした。この部屋は、昔から何一つ変わっていない。アルセーヌと私の、子供部屋。目の前の男にとって、政治も婚姻も、遊びの一つなのかもしれない。私は彼の首に腕を回し、その恐ろしく魅惑的な瞳を覗き込んだ。この、時に猫のように無邪気で、時に獅子のように獰猛な美しい存在は、私を捉えて離さない。私は彼の耳元で囁いた。
「私は一生あなたのもの。あなたは一生私のもの。愛するアルセーヌお兄様」
Fin
庭園の夕暮れ 愛崎アリサ @arisa_aisaki
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