第10話 再会

「おっ! 見えてきましたね!」


 自宅から箒に乗って空を飛ぶこと約15分。王立魔法魔術学院が見えてきた。外観は四方を高い城壁に囲まれている。

 アイリスは箒を上昇させて城壁より高い位置まで浮上する。見えてきた校舎はまさに西洋の城と呼ぶにふさわしい、威風堂々とした雰囲気を醸し出している。

 興味深く校舎を眺めながら、学院に近づくアイリスだが突如箒に急ブレーキをかける。


「魔術……でしょうか……?」


 城壁の真上に位置する辺りに魔法の気配を感じとったアイリスは徐行しながら手を体の前に伸ばす。


「おっ?」


 コツンと指先が何もない空中で固い物質の感触を得る。もう一度ノックするように手を伸ばす。

 コンコンコン。何も見えないがやはり何か


「結界……ですかね?」


 城壁真上に位置する空中を何ヵ所かノックする。やはり透明な壁のような物質が存在している。


「どうやら城壁全てに結界が施されているようですね」


 アイリスは城壁の上から学院内に入ることを諦めて地上に降りる。そして壁伝いに歩くと正門と思われる場所を見つける。正門には3人の男がいた。2人は口に出さなくても門兵とわかる。甲冑に身を包み片手には槍を持ち直立不動で正面を見据えている。

 もう1人は外見は20代半ば、フォーマルなスーツを着た顔立ちの整った爽やかな青年だ。


「あの」


 アイリスは青年に声をかける。アイリスが二の句を告げる前に


「おや? ひょっとして新入生かな?」


「あ、はいアイリス・アンフィールドです」


「アイリスさんだね。よろしく」


 アイリスが名乗ると青年は手に持っていた紙に印をつける。どうやらここで新入生の出欠確認をしているようだ。


「入学式が行われる大聖堂はここを真っ直ぐ行って突き当たりを左だ。大きな十字架のついた建物だからすぐわかると思うよ」


「ありがとうございます!」


 礼を言ったアイリスは大聖堂に向かう。大聖堂はまだ半分程しか席が埋まっておらず、どこに座ろうか、ふらふらと大聖堂内を彷徨う。すでに着席している新入生と思われる生徒は、緊張した面持ちの者、両手と足を組み悠々とリラックスしている者もいる。

 アイリスは端が空いている席を見つけ、ふと隣に座っている人間と目が合う。


「あら貴女あなたは……」


「あー! セシリアちゃんじゃないですかー!」


 セシリア・グリーングラス。ルイスに付き合わされて出向いた王都の書店で偶然出会った同級生だ。セシリアは制服の上から書店でも着ていた白のローブを身に付けている。

 美しい銀髪を後ろでまとめ、片目だけ覗く蒼眼は、前回と変わらない知的さを醸し出している。


「こ、声が大きいですよ!」


 アイリスの声に周囲に注目を集めてしまいセシリアは恥ずかしそうにアイリスに訴える。それからアイリスに席に座るように促し、周りの目が落ち着いたことを確認してからセシリアは話を始める。


「王都以来ですね。寮ではお見かけしませんでしたがご実家はこの近くなのかしら?」


「私、出身はセントラルなんです。家は近くの村に新居を構えまして」


「新居? 貴女貴族の出自なの……?」


「いえいえ、私はただのド平民ですよ」


「ではご家族と一緒に? 随分と熱心なご両親なのですね」


 王立魔法魔術学院は世界中から才能ある若者を集めている為、当然遠方から入学した生徒達が生活する学生寮がある。貴族出身の生徒は学院近くに別宅を構える者もいるが、アイリスのように一般階級の出の者が新居を構えることは稀だ。中には家族ごと引っ越してきて、卒業後を約束された名門に通う我が子をサポートする親も少なからず存在している。

 セシリアの発言はそういった背景からだった。


「あはは~まあそんなところです」


 実際はメイドのマリアを筆頭に曜日ごとに召喚される精霊達と同居している。この特殊な家庭の事情を説明するわけにもいかずアイリスは適当に話を合わせる。


「ふふふ、熱心なのはよいことです。ところで勉強の方はどうですか?」


「はい?」


 なぜ入学式も終わっていないこのタイミングで「勉強」などという単語が出るのか、アイリスには理解できなかった。


「魔術書には全て目を通したのだけれど、やはりこの学院はレベルが高いですね。理解できない箇所が何ヵ所かありました」


 アイリスはセシリアを別の生き物を見るような目で見る。スベテメヲトオシタ? 言っていることの意味を理解するのに数秒を要した。

 マリア召喚時に対価として、3時間の勉強はしているがこの学院より低いレベルの魔術書を使用している。なのでアイリスが王都で購入した魔術書はまだ表紙すらめくっていない状態だ。


「セ、セシリアちゃんってもしかして天才の子ですか?」


 アイリスは恐る恐るセシリアに訪ねる。その問いにセシリアはくすりと笑いながら答える。


「天才? まさか私なんかが。確かに地元では多少できる方でしたがこの学院では凡人の1人ですよ。入学試験ではわからない問題もありましたし……」


 アイリスはさらに別の生き物を見るような目でセシリアを見る。ちなみにアイリスの筆記試験の解答欄は半分程度しか埋まっていない。自信を持って答えを書き込めた問題は全体の2割程度だ。


(そういえば私は補欠合格でしたね……)


 わかっていたつもりだが、この学院のレベルを目の当たりにしたアイリス。ずば抜けた魔力のおかげでなんとかなった入学試験だがアイリスの学力は恐らく学院最底辺だろう。


「この学院を卒業できるのは――――」


 セシリアがそう口にした瞬間、大聖堂に魔力の波動が走る。誰かが魔法を発動したようだ。


「ちゅうも~~~く!!!」


 魔法で拡散された声が大聖堂内に響き渡る。そして新入生の視線は声が響いた正面の壇上に向く。そこには1人の人間が立っていた。





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日曜日のアイリス 早坂凛 @aponiki14

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