第9話 入学初日の朝

 ――――アイリスの日記――――


 お父さん、お母さんいかがお過ごしでしょうか?   こちらはで楽しくやっています。そして明日はいよいよ王立魔法魔術学院の入学式です! 

 衝撃の事実なのですが、私は首席ではありませんでした。それどころかなんと補欠合格だったようです。でも私は落ち込んでなんかいません! 入学時の評価なんか卒業までにひっくり返してやります! 下克上です! それからもうお友達ができました。セシリアちゃんと言う頭の良さそうな子でした。これから色々なことがあると思いますが『毎日が日曜日』になることを目指して頑張っていきたいと思います! それではまたいつかの日曜日にお会いしましょう。愛を込めてアイリス・アンフィールド」






4月初旬 月曜日午前7時


 朝食の支度を済ませた月曜日の精霊マリアはアイリスの寝室に向かう。珍しく自力で起きようとしたのか、目覚まし時計が鳴っている。アイリスが目覚まし時計の音で自ら起きるかもしれないとしばらく傍観を決め込む。


 ジリリリリーーーー!


「zzz」


 ジリリリリーーーー!!


「zzz」


 全く起きる気配がない。目覚まし時計は以前ルイスがアイリスを起こすためにセットした程の音量はないものの、十分な大きさで鳴っている。しかしアイリスは相変わらず幸せそうな顔で眠っている。

 ぱん! とマリアは目覚まし時計を止めてアイリスの枕下に行く。


「おはようございます。お嬢様、朝です」


「zzz」


「起きて下さい。今日から学院ですよ」


「zzz」


 いつも通り反応はない。やれやれとマリアはアイリスの鼻をつまむ。そしてアイリスの口を自らの唇で塞ぐ。端から見れば朝日の射し込む寝室で、美少女と美女の幻想的な百合シーンであるが実は違う。

 マリアはキスではなく純粋にアイリスの口を塞いだだけだ。鼻と口を塞がれたら人間は呼吸ができない。


「ん……?」


「んぐ!?」


「……………………ぶはぁっっ!!?」


 アイリスは呼吸困難に陥りついに目を覚ます。前回同様に朝一番から息切れをおこす。マリアは特に表情を変えることなくハンカチで口元を拭い


「おはようございますお嬢様。今日から学院ですよ」


何もなかったかのように平然とアイリスに話しかける。先程のやり取りも初めてではないらしい。アイリスは何とか息を整える。


「おかしいです……タイマーをセットしておいたはずですが……まさか学院初日に故障しやがるとは」


 解せないという表情でマリアに起こされる羽目になったことを悔やむ。学院初日なのか、マリアの起こし方が不満なのかわからないがアイリスはどうやら自力で起きるつもりだったらしい。


「一応、目覚まし時計の名誉のために言っておきますとタイマーは正常に作動していましたよ?」


 定刻の7時にアイリスを起こしに寝室に入った時に丁度目覚まし時計は鳴っていた。決して故障や誤作動ではなく正常に動いていた。


「ではなぜ!?」


「人間に生まれてよかったですね。お嬢様が野生動物なら間違いなく外敵に襲われています」


「私が気が付かなかっただけだと!?」


 アイリスは今日はきちんと起きられると思っていたのかしょんぼりとへこむ。



 シンプルな制服に身を包むアイリス。白のブラウスに黒色のスカートだ。基本的に服装は自由に近いのでブレザーのような学校指定の上着はなく魔法使いならローブ、魔法騎士ならマントなど各々が好きに着用するスタイルになっている。アイリスは魔法使い用の瑠璃色のローブを用意している。

 リビングで朝食を食べるアイリスにマリアが学院初日の概要を伝える。


「本日はまず大聖堂にて入学式です。その後クラス分け、そしてクラス事にオリエンテーションや施設案内といったところですね」


「クラス分けはおそらく魔法使いと騎士に別れると思います」


新入生は2つのクラスに別れることになっている。ひとつは魔法使いなど「魔法の行使を主体」としたクラス。もうひとつは騎士クラス。もちろん魔法魔術学院なので「魔法騎士」ということになる。こちらのクラスは魔法も使うが、剣術や体術のカリキュラムもある肉体派のクラスだ。

 精霊術師のアイリスは魔法使いに該当するクラスになるだろう。


「ところでお嬢様。私はどうしましょうか? 必要ならば同行しようかと思っているのですが……」


「え? いやいやいや1人で大丈夫ですよ!」


 マリアの提案を手をブンブン振りながら否定するアイリス。有能なメイドであるマリアが側にいた方があらゆる面で都合がよいのは確かだ。しかし――――


「なんか……その……保護者同伴みたいな感じで恥ずかしいじゃないですか……」


 目を背けながら答えるアイリス。どうやら歳相応の羞恥心は持ち合わせているらしい。


「そうですか……それなら私は残りましょう」


 朝は人に起こしてもらっている人間が何を言っているんだが……マリアはそんなことを思ったが口にはしないでおいた。わずかでも自立しようとするアイリスを尊重する。


「留守中の魔力は魔力供給装置ゲインを満タンにしておきましたのでそれを使って下さい!」


 ポット程の大きさの装置を指さす。学校など物理的に精霊と距離をおかなければならないときはいつも使用している魔具のひとつだ。


「ありがとうございます。まあ半日程度でしたら自分で何とかなりますけどね」


「いえいえ契約主として魔力供給は大切な義務ですからね。遠慮なく使っちゃって下さい!」


 アイリスは普段は大雑把な性格だが精霊との契約に関しては律儀だった。マリアもアイリスの返答がわかっていたように口元を緩ませ答える。


「そうですか。ではありがたく使わさせていただきますね」




 アイリスは玄関から庭に出て杖を取り出す。杖を地面に向けて一度振ると、光で型どられた魔方陣が現れ、魔方陣の中から四次元を通ったように箒が出現する。箒に跨がり、風の魔法で2メートル程上昇する。


「では行ってきますね!」


「はい。行ってらっしゃいませ」


アイリスを見送るマリアに挨拶をする。さらに数メートル上昇してから箒にぐっと力を入れるとアイリスは学院に向けて飛び立っていった。


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