第8話 ルイスの策略

 王都の雑踏を掻き分けてアイリスはルイスの魔力を辿っていた。契約精霊とはお互いの魔力を感知することができるのでどこにいるのかおおよその位置はわかる。

 ルイスと合流したアイリスは老舗の高級魔装具店の前に立つ。


「ちょっとここ半端なく高い店ですよ!?」


「だからいいものが置いてあるのだろうが。ここの魔装具の詳細を知りたい」


「私達みたいな庶民は門前払いに決まってますよ!」


「なに、心配するな。そのために俺がいる」


「意味がわかりませんよーー!」


 この老舗高級魔装具店はそんじょそこらの大衆店には置いていないレアなアイテムが取り揃えられている。価格も一般人の年収程の物もざらにある。

 ルイスとしては是が非でもこのレアアイテム達を自分でじっくりと手に取って吟味してみたいのだ。そのためにアイリスを店まで連れてきた。


「まずは1人で店に入れ。何かする必要はない。適当に商品を眺めていればそれでいい」


「そんな無茶苦茶な――――」


 入り口の目の前までルイスに押される。アイリスに気が付いたドアボーイが扉を開け恭しく頭を下げる。


「いらっしゃいませ、どうぞお客様」


「ひゃい!?」


 いらっしゃいませと頭を下げられてしまえばもう店に入るしかない。店内に入るとルイスに負けず劣らずスーツをきっちりと着こなした店員が「いらっしゃいませ」とドアボーイと同様に頭を下げる。店内の客はアイリスしかおらず店員全員から視線を浴びる。

 本来アイリスのような少女が入る店ではないため、店員からの目線は厳しい。オドオドと店内を挙動不審で歩くアイリスに外見が50代くらいの男性店員が近づく。


(あ、殺られる……)


 アイリスは心の中で謎の覚悟を決める。店員が「お客様」そう言った瞬間だった。


「お嬢様!!」


 ルイスが店内に響く程の声を上げる。店員の注目を一身に集めるも意に介さず、つかつかとアイリスの側に寄る。


「お嬢様、こちらにおられましたか。急にお姿が見えなくなったので使用人総出で探していたところなのですよ」


「へ?」


 アイリスの理解が追いつく前にルイスが畳み掛ける。


「本日はお忍びなのですからあまり目立つ行動は困ります。お嬢様に何かあれば我々使用人の首が飛んでしまいます」


 ぽっかーんとしているアイリスの横で男性店員も口を挟めずにいた。ルイスはそんな店員に視線を向けて笑顔で話しかける。


「これは失礼致しました。わたくしお嬢様の使用人頭をしておりますルイスと申します。何か貴店に粗相などはございませんでしたでしょうか?」


 矢継ぎ早にそう告げると男性店員は数秒間逡巡しゅんじゅんした後、別人のようににっこりと微笑み


「とんでもございません。今ちょうどお客様に商品についてご説明申し上げようとしていたところでして。ささ、お客様。気になる商品がありましたら、是非お手に取ってご覧下さい」


 店員の目には先程までの鋭さはなく柔和な態度へと変わっていった。どうやらルイスの作戦は成功したようだ。

 ルイスの作戦はこうだ。本来であればこのレベルの高級店に冷やかし目的で入れば即刻門前払いをくらう。かといって大金を持ち合わせているわけでもないので店員に勝手に勘違いしてもらうことにした。


 アイリスの見た目なら世間知らずのどこかの令嬢に見えなくもない。しかしそうでないと分かれば店から放り出されてしまう。なのでルイスはひと芝居打つことにした。それが先程のやり取りだ。


 ルイスの演技でアイリスをどこぞの令嬢に仕立て上げ、店員に勝手に上客として扱ってもらうことだ。ルイス自身の使用人としての完璧な出で立ちに加えて「お嬢様」「使用人総出」「お忍び」などまるでアイリスが上級貴族のご令嬢であるかのような立ち振舞いを見せた。

 これに店員は完全に騙されたようだ。贔屓にしてもらおうとアイリスやルイスに手厚く商品の説明をしている。


「こちらは希少なバーレ岩を使用しておりまして――――」


「ほお? それは一般的な魔法石と何が違うのでしょうか?」


 アイリスを置いてきぼりにしてルイスは店員から懇切丁寧な説明を受ける。




 21時


「疲れましたーー!」


 家に着くなりバタリと床に倒れ込むアイリス。


「まさかバーレ岩のサンプルまで貰えるとは、何も買っていないのに大した太っ腹だ。悪くないぞあの店は」


 アイリスとはうって変わって上機嫌なルイス。それもそのはず。あれから1時間程、店員を質問攻めにして商品サンプルまで無償で手に入ったのだ。これ以上ない収穫だろう。


「私はもうごめんですからね……」


 アイリスは場違いな高級店に放り込まれ勝手にご令嬢に仕立て上げられたのだ。心労も重なったに違いない。


「向こうが勝手に勘違いしただけだ。安心しろ、こちらに落ち度はないぞ」


 戦利品であるバーレ岩を眺めながらアイリスを慰めるルイス。全く心が込もっていないのが彼らしい。


「あ、今日の『対価』はそれでいいですか?」


「ああ、問題ない」


 精霊ルイス。「契約の対価」は「人間界にある物を何かひとつ差し出すこと」である。ルイスがよしとすればそこら辺に生えている雑草や家にあるガラクタでも何でもいいらしい。実に個性的な対価である。


「さて、そろそろお暇するとしよう。」


 ルイスがそう言うと眩い光がルイスを包む。


「私も今日は早く寝ますね~」


「ああ暖かくして寝るんだな。それから……」


 そして去り際にルイスは真面目なトーンでアイリスに話しかける。


「両親の夢は必ず俺が叶えてやる」


「…………はい。楽しみにしていますね」


 そう言い残すと木曜日の精霊ルイスは精霊界に帰っていった。


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