第7話 王都での出会い

 アイリスとルイスは鉄道列車に乗り込み王都を目指していた。車内では落ち着いた様子のアイリスとは対照的にルイスは落ち着きなく車内を見渡している。


「ルイス君、子供じゃないんですから大人しく座っていて下さいよ~」


 いつもとは立場が逆転したようにルイスをたしなめるアイリス。しかしルイスはまるで意に介さず車内を細部まで観察している。


「いや、全く素晴らしいな……魔力も使わずこの巨大な鉄の固まりをこの速度で動かしているんだぞ?」


 鉄道列車の素晴らしさをアイリスに伝えようとするルイスだが、いかんせん彼女の反応は鈍い。


「鉄道くらいセントラル(アイリスの故郷)にいくらでもあったじゃないですか……あれと一緒ですよ?」


 セントラル・シティ・アイランド。アイリス・アンフィールドの生まれ故郷にして世界一の科学技術発展都市である。大規模な埋め立てにより、人工的に造られた島国であり国としての歴史はまだ浅い。

 このセントラルでは「魔法と科学の融合」がテーマとされ、研究や開発には多額の補助金や免税を受けることができるので世界中から大企業や研究施設が集結。世界中の最先端が集まるこのセントラルは、あっという間に高層ビルの建ち並ぶ世界最高峰の水準を誇る大都市に成長した。

 王族のいる王都は今でも政治の中心として栄えているが、経済の中心はセントラルと言っても過言ではない。

 大都市セントラル生まれ、セントラル育ちのアイリスの言う「大都会育ち」は、まごうことなき真実であった。


「鉄道はルイス君も乗ったことがあるのに何がそんなに嬉しいんですかね~」


「何を言うんだ。この乗り物は電気や磁気ではなく、おそらく……蒸気で動いている。それに乗るときに外観を見ただろう? セントラルにあるあの美しく洗練されたフォルムも素晴らしいがこの情緒溢れる黒のボディもまたたまらない。わかるだろう!?」


「ちょっと何言ってるのかわかりませんね……」


 早口で列車の魅力を語るルイスだがアイリスには響くものはないようだ。

 そうこうしている内に列車は王都に到着した。駅から大通りに出ると活気ある城下の様子が2人を圧倒する。


「ふえ~人が多いですね~」


「素晴らしい……」


 洗練された高層ビル群、所謂コンクリートジャングルのセントラルとは違い煉瓦れんが造りの歴史的な建造物が建ち並ぶ王都は伝統や文明を感じさせる。


「何だかお祭りみたいですねー」


 道行く人々を見ながらアイリスは素直な感想を口にする。人口の多さはセントラルも変わらないが、ひと昔前を彷彿とさせる雑踏はアイリスには新鮮だった。


「素晴らしい……」


「さっきからそれしか口にしていないですけど大丈夫ですか……?」


 ついに心配されだしたルイス。アイリスの言葉にはっと我に返る。


「む? いや失礼。さすが王都。この格式高く品のある街並みに感無量だ。ここなら間違いなく新しい発見があるだろう。目当ての店もあるしな」


 人間界に強い関心のあるルイスは初めてきた王都の雰囲気に大満足のようだ。


「ところでアイリス。何か外出の用事があると言っていなかったか? ここでできることなら付き合うが」


 そういえばアイリスにも外出の予定があったことを思い出したようにルイスが口にする。


「あー学院の魔術書を揃える予定だったんですよ」


「なるほど。では同行しよう」


「大丈夫です大丈夫です。ちゃちゃちゃっと買ってきますのでルイス君は王都を観光でもしてて下さい!」


「そうか? ならしばらくして合流しよう」


「ええ。その後はルイス君にお付き合いしますよ。それから魔力切れちゃうんであまり遠くに行ってはだめですよ?」


 2人が物理的に距離が離れるとルイスの召喚維持に必要なアイリスからの魔力供給の接続が切れてしまう。


「なに心配ない。最悪自分で何とかしよう」


 王都にきてテンションが上がっているのか笑みを浮かべて答えるルイス。朝よりも明らかに上機嫌だ。


「あの、迷子もだめですからね?」


 そう言い残して2人は別れた。





 王都大書店


「おおー! さすが王都は書店も大きいですねー!」


 書店の広さにアイリスはご満悦だ。アイリスの新居のあるのどかな村にも書店はあるが店舗の規模、品揃えは比べようもなかった。


「ではではまずはお目当ての本を~」


 上機嫌でアイリスは『漫画』コーナーにいそいそと移動して新刊を漁る。ルイスとあえて別行動をとった理由はこれである。魔術書を買うというのは決して嘘ではないが本命は漫画である。


「ルイス君に見つかるとまた嫌味のひとつは言われてしまいますからね~」


(わざわざ王都に来て買うものがポンチ絵か?)


(そんなものを読んでいる暇があるなら呪文のひとつでも覚えたらどうだ?)


「おっと幻聴が聴こえてしまいましたね」


 10冊程漫画の会計を済ますアイリス。杖を出し購入した漫画に魔法をかける。


「小さくな~れ!」


 縮小の魔法である。漫画は10冊全てでアイリスの手のひらに乗る程の大きさに縮まる。アイリスはそれをバッグにしまう。


(さて一応魔術書も買わなくてはいけませんね)


 先程より明らかにテンションの下がった足取りで魔術書コーナーに向かう。そこには魔法はもちろん薬草学、呪術、解術、治療術果ては極東の「気」を扱う書物まで揃っていた。

 タイトルを確認しながら学院に必要な魔術書を集めていく。そして1冊の書物が目に止まる。タイトルは『精霊術と魔法科学』

 普段ならアイリスが手に取らないような小難しい内容の本である。しかしアイリスは真剣な表情でペラペラとページをめくり、あるページで手を止め文章を目で追った。そこにある一文には

『精霊術師が予め魔力装置に魔力を溜めておくことで、魔力の接続が切れた精霊に対して継続的に魔力供給が可能となる。これにより精霊術師の精霊への使役の幅は大きく広がった。この魔力装置「ゲイン」を開発したアンフィールド社は――――』


「あの」


「へ?」


 不意打ちのように話しかけられてすっとんきょうな声を出してしまうアイリス。


「失礼。もし間違えていたら申し訳ないのだけれど、あなたはひょっとして魔法魔術学院の新入生かしら?」


 そう話しかけてきたのはアイリスと同年代の女性だった。綺麗な銀髪を後ろで束ねているが前髪は長く片目は隠れている。しかし見えている片方の蒼眼そうがんは知性的で、おそらく魔法使いなのだろう、身に付けている白のローブが、一層彼女の聡明そうめいさを際立たせていた。


「あの、王立魔法魔術学院ならそうですが……」


なぜ話しかけられたのがわからずたどたどしく返事をするアイリス。しかし彼女は反対ににっこりと微笑む。


「やはりそうだったのですね。申し遅れました。私はセシリア・グリーングラスと言います。あなたと同じ王立魔法魔術学院の新入生です」


「そうでしたか! でもよく私が新入生だとわかりましたね?」


「あなたの揃えている本は全て新入生に必要な魔術書でしょう? それに歳も近そうだったし思わず声をかけてしまいました」


 そう言って気品のある笑顔を浮かべるセシリア。


「なるほど! あっ私はアイリス・アンフィールドと言います! よろしくです!」


「こちらこそ仲良くして下さいね。もしよければこの後、親睦を深めるためにお茶でもいかが?」


 男性なら見惚れてしまいそうな透明感ある笑顔でセシリアからのお茶の提案。アイリスも提案に乗ろうとするが1人の男が頭に過る。


「是非――――と言いたいところなんですが今日は連れがいまして……」


 王都を彷徨さまよっているであろうルイスを思い出しアイリスは申し訳なさそうに断りを入れる。


「それは残念ですね。しかし入学後はいくらでも時間がありますからね。また次の機会に」


「はい! 必ず!」


「では入学式で」そう言い残してセシリアは去っていった。


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