第20話 奇妙な参戦者の参戦結果
試合開始直後、おきものはすぐに行動を開始した。十手を両手に持ち、対戦相手である"恐れざる指し手"の頭を狙う──が避けられた。
相手の動きから判断すると、十手の攻撃に慣れていないのだろうと判断し、おきものは素早く踏み込み十手を振るう。
(今度は当たった……いや、外された?!)
十手が振り抜かれ、そのままの姿勢で固まるおきもの。いつの間にか、おきものの背後に相手が移動していたのだ。背後に移動した敵は十手の射程圏外に居る。
おきものはすぐに距離を取る為に後ろへ飛ぶが、それを見越したかのように相手は距離を詰めてきた。
十手のリーチを活かすために接近戦を挑もうとするおきものだったが、相手はそれを許さなかった。
(……速い! あっという間に懐に入られた!)
おきものが反応するよりも速く鞭が振るわれ、十手を持つ右手が弾かれた。
「────!」
「ハハッ、残念だったな」
咄嗟におきものは左手を相手の右手の鞭に向かって突き出した。鞭が絡まりそうになり、鞭使いは慌てて後退する。
「チッ、小賢しいことしやがって」
返事はなかった。おきものはは右手首から通した革紐を掴み、振り回す。
──この十手の使い方は、誰かが教えてくれたものだ。誰かは思い出せないが。
おきものは十手を両手に持つと、再び構えた。試合は続く。おきものが鞭使いの顔面を狙って十手で殴りかかる。しかしそれはフェイントであり、おきものは左回し蹴りを放った。
狙いは鞭使いの右肩、直撃すれば脱臼は免れない一撃だが、相手は後ろに下がって避けた。
すかさず追撃するが、相手は右手で持っていた鞭を左手に持ち替えて、十手の攻撃を受け止める。鞭使いはそのまま右手をおきものに伸ばすが、おきものは右手の十手を鞭使いの右手に叩きつける。
痛みで怯んだ隙におきものは右手を引き、左手の握りこぶしを相手の顎に放とうとするが、躱される。
すかさず鞭使いはおきものの左手を掴むと、おきものの脇腹に膝を打ち付ける。一瞬おきものの動きが止まった。
その瞬間を見逃さずに、おきものの右手首を掴んで背負い投げを仕掛けるが、おきもののあまりの重さで失敗する。
「クソッ、しぶとい奴だ」
おきものは何も言わずに体勢を立て直した。
「これで終わりにしてやるよ」
「…………!」
鞭使いは鞭を交差させるように振り、おきものに向けて走り出す。おきものも迎え撃つ様に駆けだす……かに見せかけ、右手の十手を相手の頭目がけ投じた。
先ほども使った手だ。だが、鞭使いは右手の鞭でそれを弾き飛ばす。
そして、返すように鞭をおきものに放つと、同時におきものに向かって走り出した。
おきものは十手が弾かれた事に動揺する事なく、十手をそのまま転がすと、今度こそ左手を握りしめて相手に駆けだした。
一体どうすると言うのか。観客達は息を飲んだ。レスリーと翠髪の受付嬢には両者の動きが、まるでコマ送りの様にゆっくりと見えた。
おきものは相手に視線を向けながら走る。その距離はあと数歩という所まで近づく。
そこでおきものは急に立ち止まり、右手を前に突き出した。
相手は鞭を振り下ろそうとするが、その時、おきものは握っていた左手を開き、十手から伸びていた革紐を掴んでいた右手を離して、三度十手を鞭使いに投げつけたのだ。
相手は十手を鞭で打ち払おうとするが、十手は鞭をすり抜けて、鞭使いの腹部に直撃すると、反動でおきものの手元に戻った。
鞭使いは苦悶の声を上げるが、まだ倒れる事はなく、おきものに蹴りを放つ。食らえば間違いなく兜が砕けるだろう。
「……!」
おきものは相手の足裏を掴むと、そのまま後ろに倒れ込み相手を地面に叩きつける様に投げた。そして、起き上がると同時に再び十手を握りしめ、今度は相手の様子を覗った。
あれを食らったのなら、間違いなく兜は砕けているはずだが……。
それを目にした誰もが思った。『何あれ?』と……。
おきものが十手を握りしめて構えると、相手は受け身を取り鞭を振り下ろしてきた。鞭使いの鞭捌きは見事だった。おきものがそれを避けている間に、彼はおきものから離れた。
おきものは十手を両手で握り直し、じりじりと動く。鞭使いの鞭は鋭く正確に頭を狙って来ている。だが、おきものは全て避けた。
(……おお!)
おきものは感嘆した。今までおきものの闘いを見た者は皆、恐怖を感じたり、呆気に取られたりした。しかし、目の前にいるこの人物は違うようだ。相手も、おきものを侮ってはいない様だ。
相手が間合いを離すと、おきものはじりじりと間合いを詰める。両者は一進一退を繰り返していた。
「……中々やるじゃないか。お前、通り名持ちか?」
「…………」
二人の冒険者の大立ち回り。
一閃で勝負を決めてきた、鞭使い。
奇妙な武器を片手に時に力押し、時に奇策を用い勝ち進んで来た置物めいた鈑金鎧。
この奇妙な組み合わせによる、奇妙としか言いようがない闘いは最高潮へ差しかかった。
群衆が、貴賓席の人間が、実況が、解説が。
そして紳士審判ですら、この勝負の行方を見ていた。
それはまさに、神話の戦い。畏しい神すら魅了する戦いだったのだ。
おきものが十手を握り締めると、相手はニヤリと笑った。おきものが十手を脇に構えると、相手は鞭を構えた。疲労困憊の二人が動き出すと、観衆達は息を飲み込んだ。
おきものはこの一瞬が、勝負の分け目であると察した。相手も同じようだった。
──お互い、後はない。
おきものは大きく踏み込むと相手の鞭を十手で絡め取り、十手を素早く動かして鞭を手元から奪い取った。
鞭使いの男は一瞬、驚いた顔をした。続けておきものが十手を男の顔に向けると、笑顔になった男は降参し、兜を自ら脱いだ。
「……勝負ありー! 勝者、おきもの選手ーっ!」
紳士審判の勝者を告げる声が、朗々と響き渡った。その声が虚空へ消えた後、闘技場は大喝采の渦に包まれた。
おきものにとって、初めての鎧戦は大勝利に終わった。歓声を聞きながら、彼は自分の中の何かが変わったような気がしていた。それが何かは分からない。
だが、とても素晴らしいものの様に思えた。
かくして鎧戦を制した冒険者は、奇妙な武器を持った、奇妙な置物めいた鈑金鎧の冒険者だった。彼は賞品を受け取ると、一礼して闘技場を後にした。
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