第6話 「狩人の酒」と冒険報告

 そこは、様々な人種の冒険者達が集まる場所だった。そして冒険者は、大きく分けて二種類存在する。

 一つは魔物と戦う事を生業とする冒険者。彼らは魔獣の皮で作った軽鎧を着ていたり、あるいは重そうな全身甲冑を装備している者もいる。

 もう一つは薬草などの採取依頼を受けたり問題解決に奔走したり、あるいは遺跡の調査をする者たちだ。彼らの多くは人間であるが、中には他の種族もいた。レスリーは銀狼に連れられ、テーブルへと向かった。

 中に入ると、既に多くの冒険者が集まっており、あちこちで酒を酌み交わす声が聞こえる。銀狼はテーブル席を確保すると、皆を座らせた。全員が着席すると、話を切り出した。


「わたしは銀狼の相方の"銀狐"。十三等級の術使い。改めてよろしくね」

「さて、早速だがあんたらの話を聞かせて欲しい。……その前に自己紹介をしておこう。俺の名は"銀狼"、十三等級の剣士だ。んで、こいつらが今回の主役だ」


 銀狼が指差す先にあるテーブルの上には、大きな皿が置かれており、その上には大量の料理が盛られていた。銀狼が言うには、これは彼らの習慣らしい。

 まず目についたのは大きな鶏肉だ。こんがりと焼かれた肉は、食欲をそそる匂いがして、がつがつと食いたくなる焼き具合だった。それを三人は自分達の器に取って行った。

 次に目に付いたのは、いくつかの豆と野菜を炒め、煮たスープ。ほのかな香りが鼻腔をくすぐり、レスリーの口の中に唾が溢れてくる。

 そして堅く焼かれたパン。これをちぎっては別の器によそったスープに漬け、がつがつと食う。置物めいた鈑金鎧は、独り水が入ったコップを片手にただただ見ていた。

 三人が大皿の料理を平らげた頃に、銀狼が給仕を呼び酒類の注文を行い始めた。渡された品書きには蜂蜜酒、果実酒、麦酒……と様々な酒が並んでいる。


「んじゃ、お前さんからだ」

「んー、今は甘いものが飲みたい気分だから、林檎のお酒が良いかも」

「あいよ」

「私は葡萄酒。白いのね」

「わかった。俺はエールにしよう、あれがいいんだ」

「…………」

「あら、あなたも飲むの?」珍しい置物めいた鈑金鎧の反応に、レスリーは目を細める。「それなら私と一緒の物を頼む?」


 おきものは手を横に振り、品書きのある一点を指で指した。狩人かりゅうどの酒、とある。なんとなく、飲んでみたかったのだ。レスリーは給仕に声をかける。酒場が混み合っているらしく、酒が届くまで少し時間があるようだ。

 手慰みに、レスリーはテーブルの上に置かれた小瓶を手に取る。中には薄黄色の液体が入っている。レスリーはその中身を軽く揺らし、光に当てて見る。どうやら油か何かの類のようだった。しばらく揺さぶったりした後にレスリーは小瓶を置き、酒より先に頼んでいた料理に手を伸ばした。

 食事が終わると、今度は銀狐が話を切り出した。


「最近になって、ここいらの森に異変が生じている。本来、この辺りに生息するはずのない魔獣の出現報告が増えているんだ。それも群れ単位でね」


 銀狐は続ける。


「その魔獣は本来群れる事がない。一匹でも厄介なのに、それが群れで来るのだ。面倒なことこの上ない」


 銀狐はそこで一旦言葉を区切り、レスリーの方を見た。


「それにしても、あなたみたいな美人がいるなんてね……こんな所に居るべき人ではないわね……」


 銀狐の言葉に、レスリーは首を傾げる。


「何言ってるの? 私だって冒険者の一人よ」


 レスリーは微笑んだ。それを見やるおきものと銀狼。おきものは言うまでもなく、銀狼は苦虫を噛み潰したような表情であった。


「そんな事よりも、森の話の方が大事でしょ」

「そうだな、そうするか。奴らは恐らく、餌を求めてやってきたのだろう。獲物が少ないのか、それとも時期なのかは知らんが、まぁ俺達にとっては迷惑極まりないがな」

「…………」

「それで、これからの事だが、まずは明日組合に報告だ。その後に対策会議が行われる。その後に依頼が出るだろう」

「了解」

「銀狐、お前さんはもうちょっと愛想良くできないもんかね。まだ若いんだ、そんなんじゃ友達なんて出来やしねえぞ」


 銀路が説教くさく言いだしたところに、四人分の酒が入った杯の乗せたトレーを持った女給がやって来た。それぞれの注文した酒だ。それと引き換えに空の大皿も下げられる。喜ぶ面々。

 しかし、この置物めいた鈑金鎧は女給の方をじっと見ていた。女給は翠髪すいはつだった。それに豊満的な肉体だ。

 ──どこかで見た覚えがある。

 そんな気がした。

 

 ──今日の冒険に──おそろしい神々に──まだ見ぬ明日に──乾杯。

 定番の音頭と共にからん、と杯を鳴らして乾杯を済ませ、さあレスリーが酒を飲もうとした時、おきものが右腕をつついた。


「どうしたの?」


 おきものは翠髪の女給を指す。レスリーは目を細め、よく見た後でこの置物めいた鈑金鎧が言わんとする事を察した。


「ま、確かに似ているわね……でも、いいんじゃない? 美しい薔薇には棘がある、よ」


 それはつまり、深入りしない方が良いと言いたいのだろう。おきものはそう解釈した。そして、自分の手にある杯を見やった。暗褐色の液体が、なみなみと注がれている。

 銀狼達はそれを見て、顔を歪めた。


「お前さん、そりゃもしかして"狩人の酒"か?」

「ええ。彼、これが飲みたくて頼んでみたんだけど……」

「おいおい、そいつは狩人が風邪をひいた時ぐらいしか飲まんと聞くぞ」

「長耳族の人以外で、"狩人の酒"を頼む人を初めて見たよ」


 銀狐と銀狼が、それぞれ驚きの声を上げる。レスリーはおきものから杯をさっと奪うと、"狩人の酒"を口に含む。


「何これ、美味しくない!」


 おきものに感想を伝えると、彼は兜を傾げた。レスリーは少し笑った後に、杯を返した。口直しにと林檎酒に口を付けたまま、ちらりと横目でおきものを見る。

 すると、おきものは兜の下半分──猟犬面を少しだけずらすと、一息に飲み干した。そして、器用に兜を元通りにした。

 それを見たレスリーは思わず吹き出した。銀狼達がそれに気付く様子はなく、二人を置いて話を進め始めた。

 銀狼が言うには、件の魔獣は数日前に来たばかりらしい。森の異変の調査依頼を受けた冒険者が討伐したが、その後すぐにまた現れたのだと言う。

 森の奥の方で目撃情報があり、奥まで踏み込むのは危険と判断したそうだ。森の浅い部分なら大丈夫だろうと踏んだが、結局浅かったのは入り口だけで、中は大変な事になったと言う。

 幸い、先の討伐で数を減らしていたので自分達だけで何とかなった、と銀狐はそう語った。

 一通り銀狐が語り終えると、銀狐はレスリーに向き「次は、あなたたちの冒険の話」と促す。しかし酒が回っているのか、呂律が明らかではない。

 銀狼も同じく酔っ払っているらしく、赤い顔で楽しげに笑いながらこう言った。

 ──じゃあ、俺達の武勇伝だ。

 こうして三人は、夜遅くまで語り合った。その頃には三人は酔いつぶれ、寝息を立てていた。そして、置物めいた鈑金鎧だけが独りちびちびと酒を飲んでいた。

 六杯目の酒を空にしたところで、翠髪の女給がやって来た。看板時を伝えたいのだろう。女給は銀狼達を起こすと、支払いをして帰って行った。

 おきものも、寝息をまだ立てているレスリーをどう運ぶか思案し、その身体を担ぎ上げ宿に戻った。

 

 翌朝、レスリーは目が覚めて早々、頭痛に襲われた。昨日の記憶が全くと言っていいほど無いのである。記憶が飛ぶ程飲んだ事などなかったのだが、一体どれだけ飲めばこんな事になるのだろうか。

 二日酔いに苦しむレスリーは、頭を押さえつつ起き上がった。窓の外を眺めているように直立不動の姿勢で立つおきものがいた。レスリーが起きた事に気付いたおきものは、レスリーの方に振り返る。

 おきものからは、声は出なかったが何となく言いたい事が分かった。レスリーはそれに答える前に、質問をした。


「私、何か変な事しなかった?」


 おきものが兜を傾けたのを見て、レスリーは自分の発言がおかしかった事に気づいた。レスリーは慌てて訂正する。


「えっと、だから……その、失礼な事はしてないかしらって……」

「…………」


 レスリーの言葉におきものは兜を振ると、部屋の扉に向かって歩き始める。そして立ち止まると、一度だけ振り向き、机の上を指差した。

 そこには、おきものが書いたであろう、難解な字で書かれた紙片と用紙の束があった。

 レスリーはそれを読んで、ほっと息を吐く。彼女はベッドから出ると、着替えを始めた。おきものは何も言わずに部屋から出て行く。

 レスリーはおきものが出て行った後、着ていた物をすべて脱いだ。冒険者らしく総身に筋肉が付いてはいたが、それすらも魅力だと感じられる裸身だ。部屋に据え付けられたシャワーの蛇口をひねる。

 浴びるのは冷水だが、かえって心地が良かった。備え付けの石鹸とブラシで全身をごしごしと洗う。泡を一通り洗い流すと、タオルを絞りながら水分をぬぐい取る。

 身だしなみの一環で、香油だの何だので手入れをするものもいるらしいが、レスリーは冒険者だ。それに、レスリーは化粧と言う物が嫌いだった。肌荒れの原因になるだけだと思っているからだ。

 身体の隅々まで綺麗に拭き取った後は下着を着ける。汚れても目立ちにくい、灰色の物だ。下着を着たら、服を着る。今日は報告だけだ、いつもの外套はいいだろう。だが防具である装甲服は忘れずに纏う。

 支度を整えたレスリーは、扉をノックする。するとすぐにノックで返事が返ってきた。水を飲みながら、おきものと一緒に宿を出たレスリーは、冒険者組合へと足を向ける。

 冒険者の朝は早い。特に早朝には依頼を求めて多くの者が駆け込む。そして昼過ぎまでは大体混んでいるのだ。冒険者は依頼を受けて魔物討伐に向かう事が多いが、それ以外にも素材集めの依頼もある。


「おはよう」

「おー、レスリーの嬢ちゃんか。久しぶりじゃねぇか」


 受付カウンターに行くと、中年の男性職員が出迎えた。

 ──この職員の名前は、確か……。


「ああ、そう言えば名乗った事がなかったなぁ。俺はジャックってもんだ。今日は報告と聞いてるぞ、それにはちぃとばかし早いが」

「ちょっとね、事情があって」

「まあ、深くは聞かんよ。ほれ、これでも飲みな」


 差し出されたのは、湯気を立てるカップに入った液体。匂いからしてお茶だろうか。レスリーはありがとうとお礼を言うと、一口だけ口に含んだ。独特の風味がある茶だったが、悪くない味だ。

 レスリーは一気に半分ほどを飲むと、頭痛が大分和らいだのを感じる。ジャックはそれを見届けると、話を切り出した。


「さて、それで……レスリーの嬢ちゃんの報告は一体なんだ? 俺としては、最近あんまり来てくれなかったんで寂しかったんだぜぇ?」


 ジャックに言われ、レスリーは申し訳なさげに俯いた。その様子にジャックは何となく事態を把握した。大方、大仕事を平らげた後に、昨晩酒場で羽目を外していたのだろう。


「まあいい。報告って事は何かあったんだろう。言ってみな」

 ジャックに促され、レスリーは顔を上げた。

「実は、遺跡の調査を依頼されていて」

「調査?」

「ええ。遺跡の奥に、古い神殿のような場所があったわ……」


 二人のやり取りを聞きながら、おきものは書類を取り出し、抜けや誤りがないか確かめていた。幸い、問題はなかった。頃合いを見計らって、二人の間に書類を滑り込ませた。

 ジャックは興味深そうに、それを眺める。そして、ふむと一つ呟くと、レスリーに尋ねた。


「ところで、この報告書は誰が書いたんだ? 筆跡からすると嬢ちゃんのもんじゃない」

「えっと……」


 ジャックの問いにレスリーは少し困り気味だ。


「私が書いたわけじゃないんだけど、字が汚くて読みにくいと思う」

「いや、そんな事はないが……。こりゃ古代文字だな。ははん、さては組合長が昨晩興奮してたってのはこれだな? んで、書いたのはそこの鈑金鎧の旦那か」


 ジャックはレスリーの言葉を否定すると、置物めいた鈑金鎧を見た。その問いに肯定するかの様に頷いた。


「はっは! そうかい、お前さんは随分と優秀なようだ」


 ジャックは愉快そうに笑うと、レスリーに向き直る。


「よし、それじゃあ報告の方だが……十分だ。依頼主には俺達から話しておく。まだ早いが、組合長に話を通すか?」

「昼過ぎとは言われてたけど、早い方が良いか」

「分かった。呼んで来るからおかわりでも飲んでて待っててくれ。報酬は一緒の方が良いだろう」


 ジャックは席を外すと、奥にある部屋に入って行った。暫く待つと、彼は一人の男性を連れて戻って来た。昨日も見た顔だ。組合長はレスリー達の姿を認めると、袋を四つばかり持ってきた。

 中身を確認するように言うと、それぞれレスリー達に渡した。重さの割には中々の金額が入っている。レスリーは早速中を覗いてみた。

 ──金貨が三十五枚と、銀貨が六十二枚入っている。


「魔石が二つ、宝石類も幾つかあるわ……」


 ──おお、凄い。これなら武器とかも新調できそうだ。

 特に手斧の他に装備品も全身もボロボロの彼を、見れるようには何とかできるかもしれない。

 おきものはこの世界の貨幣制度などに疎いが、レスリーの反応を見るに、割りといい報酬ではないかと思案した。

 実際、その通りなのだが。そこへ更に大きい袋が一つ、ドスンと音を立てて置かれた。何であろうか? 二人は顔を見合わせた。

 その、大きな袋を持ってきた組合長は『先日刎ねた賞金首にかかっていた賞金と、遭遇戦となった野盗の討伐証明、更に銀狼達がヘマをやった分差し引いた額を合算した物になる』と述べた。


「へぇ、結構貰えるもんだなあ」


 レスリーは感心していたが、おきものは内心冷や汗を流していた。実力不相応な額ではないかと思っていたのだ。しかし、レスリーはその事実を知らない。

 ジャックはレスリーに袋を手渡すと、組合長に礼を言うよう促す。


「ありがとうございます」

「ああ、気にするな。それと、今回の件で鈑金鎧の旦那の評判も上がってるぜ。冒険者の間でも期待の新人として話題になってる」

「古代文字も書けるんだ、組合も悪いようにはせんさ。じゃあ、またな」


 ジャックと組合長は軽く手を振ると、そのまま持ち場へと立ち去って行った。二人きりになったところで、レスリーは口を開いた。


「ひと稼ぎできたし、それに誰かさんもボロボロだし、しばらく休もうか」


 是非はなかった。おきものはそれを聞くと、組合の出口へ歩き始めた。レスリーも慌てて追いかける。外に出ると、ちょうど太陽が真上にきており、レスリーには少し眩しかった。

 レスリーが目を瞬かせながら駆けていると、いつの間にか追いついていたのか、おきものがレスリーに手を伸ばした。

 

 ──大丈夫か?

 

 そう言っているみたいだ。レスリーは手を取ると、微笑みながら答える。

 

「うん、平気」

 

 レスリーはおきものに連れられるまま、武具屋へ足を運んだ。

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