第2話 名付け
その手を見て、さあ立てと言っているような気がしたので、レスリーはその手を掴んで立ち上がる。そして改めて間近で見ると、やはり巨大である事がわかった。
まず目につくのが全身を覆う鋼鉄色の鎧だ。胸当ては胸部を完全に覆っており、肩周りには装甲の下に
「……あなた、名前はあるの?」
レスリーが尋ねると、頭を横に振られる。
「じゃあ、名前をつけてもいいかしら」
それを聞くと、少し迷う素振りを見せた後小さく縦に振られた。それを見てふむと考えるレスリー。とりあえずこの鈑金鎧、ゴーレムだか置物のように見える。伯爵の邸宅で見たインテリアの類だ。
「ゴーレムみたいだから……ゴーちゃんとかどう?」
おずおずと提案してみるが、反応がない。ただの置物の様だ。
「……おきものでどうかしら!」
それを聞いてか、小さくこくりと肯定の意を示す。その後、彼(彼女?)はレスリーに着いて来いと言わんばかりに歩き出した。しばらく歩いていくと、階段が見えてきた。上の階へ行く為の物だろう。レスリーはそれに駆け降りると、周囲を見渡す。
先程と同じような廊下で、左右は扉で塞がれている。しかしそこには先程の守護者の影はなく、静寂に包まれていた。もしかすると、先程までの戦いの音を聞き付けて集まってきていたのかもしれない。
鈑金鎧改め、おきものに連れられながら暫く歩くと、一つの部屋の前に辿り着く。そこで立ち止まったおきものを見ると、レスリーに開けろと言ってるような印象を受けた。それに従い、恐る恐ると扉を開けると、中にはベッドの上に横たわる骸骨がいた。
恐らくは、彼がこの城砦の主であろう。その様子からして既に息絶えているのは明らかであったが、その手にはまだ剣が握られていた。護身用なのだろうか。レスリーはそれを拾い上げると、部屋の中にあった机の上に置く。
他に何かないかと探していると、奥の部屋へと続く扉を見つけた。おきものはその扉を開けると、手招きした。レスリーがそこに入ると、そこは書斎であった。大量の書物が本棚に収まっている。
そのどれもが分厚く装丁されており、見るだけで読むのに時間がかかりそうな代物である。
レスリーは適当に一冊取ると、その表紙を見る。どうやらこれは、ここの日誌の一つのようだ。レスリーは椅子に座って読み始める。内容は、日々の出来事についての記述が大半だった。
毎日欠かすことなく行われる礼拝の事や、近隣の村から来る陳情についての事など。しかしその殆どは、日付が変わる前に終わっていた。
だがある日を境に、それは変化していく。
まず最初に、妖異による小規模な襲撃があった事だ。それ以降、頻繁に襲撃を受けるようになる。頻度は次第に増えていき、最終的には毎日の様になっていたらしい。だがそれでもなお、主は耐え続けた。
次に、近隣の村々からの嘆願だ。最初は食料の備蓄を分けて貰おうとしていたようだったが、それが叶わないと見るや今度は金銭の要求に変わったらしい。更にはその要求が通らないとなると、次は暴力行為にまで及んだという。
この頃になると、最早何をしても無駄だと悟ったのか次第に何もしなくなるようになっていったそうだ。
最後に、この城砦の住人達に関する記述だ。これによると、元々この城砦に住んでいた住人達は皆死んでいるらしい。そして新たに住み始めた者達は、全員妖異の襲撃によって命を落としてしまったという。
レスリーはそれらを読み終えると、本を閉じて机に戻す。すると、おきものがこちらにやってきた。その手には、何かが持たれている。
レスリーは受け取って確認すると、それは金属製の小盾であった。
「……くれるの?」
そう聞くと、こくりと肯定される。レスリーはそれを受け取ると、礼を言った。
「ありがとう」
そう言うと、またもこくりと肯定された。
「……あのさ」
レスリーがそう切り出すと、おきものはこちらを見やる。
「私と一緒に、ここから出ましょう?」
そう告げると、おきものはじっとレスリーを見つめる。暫らく見合った後、おきものはおもむろに
レスリーの方を向き、またも手招きしている。レスリーは扉を開けると外に出る。どうやらここは地下らしく、上に向かう階段が続いている。レスリーとおきものの二人は、それを登って行く。
暫く登ると、そこには先程の場所よりも広い空間が広がっていた。ここが最上階のようである。
そこには既に、おきものとレスリー以外の人影はなかった。レスリーは辺りを確認し、他に誰もいない事を確信すると、早速行動に移る事にした。まずレスリーは、この部屋に仕掛けられていないか調べる事にした。
幸いにもこの部屋には、特に怪しい点は見つからなかった。
その一方でおきものはずかずかと歩くと、部屋の壁に据え付けられた棚を左に動かした。
するとそこに現れたのは、隠し通路である。レスリーは驚きながらもその入り口を確認すると、確かに隠し通路の入り口である事がわかった。驚いているのを見てか、おきものはレスリーの手を引くとそのまま隠し通路に入っていった。
レスリーもそれに続き、中へ入る。その先には何かがあったかのようなくぼみと、宝箱があった。おきものはレスリーを見て、開けろと言っているような気がしたので開けてみると、中には大量の金貨が入っていた。
それを見たレスリーは、思わず声を上げる。しかしすぐに思い直して、レスリーは考え込む。
(このまま、ここを出るべきだろうか)
レスリーは今まで冒険者として独りで生きてきた。即席のパーティーを幾度となく組んだ事はあったが、新たな冒険の都度に別れている。
今更ながら、仲間と呼べる存在がいない事に気付く。レスリーの心に、少しばかりの寂しさと不安が生まれる。だがそれでもレスリーは、この城砦から出る決意をする。
レスリーにとってこの城砦は、依頼で訪れた所でしかなかったからだ。レスリーは宝箱を閉じると、背中の荷袋の口を開いた。魔法の品らしく、宝箱を入れようとするが……。すると、おきものはレスリーの腕を引いた。
何だろうと振り返ると、おきものはレスリーの足元に何かを置いた。
レスリーはそれを拾い上げると、小さな本であった。レスリーはそれを、おきものに返そうとする。しかし、おきものはそれを拒否するように首を振った。レスリーは困り果てたが、結局は受け取ることにした。
レスリーは先の宝箱やら何やらの戦利品を荷袋の中に詰め込むと、ふとある事に気が付いた。
この、まるで彷徨う鎧か、置物のような奴は果たして連れて行っても良いのだろうか? 魔術師の類は従魔を使役するとはあるが、流石に鈑金鎧を従魔にしたと言う話は聞いたことがない。
それに仮にレスリーが知らないだけで、そんな使い道があるとしたらきっとレスリーより知識のある誰かが知っているに違いない。
だが、こんな所でおきものを一人にするわけにはいかない。レスリーは
レスリーはおきものを連れて、再び地上へと戻る。階段を上り、出口の扉を開ける。
外は夜になっていた。月明かりが辺りを照らし、空からは星々が煌めいていた。レスリーは外へ出て、周囲を見回す。周囲には木々が立ち並び、その向こうには森が広がっている。
二人は、森の中へ足を進めた……。
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