第一章 バークリー編
第1話 バークリーの街にて
レスリーとおきものは、無事にバークリーにたどり着いた。
街に入る時、レスリーは衛兵達に止められたが、レスリーが冒険者証を見せると、あっさり通した。おきものは止められるかと思われたが、呼び止められることはなかった。
何しろ似たような鈑金鎧をまとった冒険者やら自由騎士やら衛兵やらが歩き回っているので、特別怪しまれることはなかったからだ。バークリーの街へ着いたレスリー達だが、着いた時には陽が沈む間際だったため、報告の前に一泊することになった。冒険者組合に併設されている宿を取ると、レスリーは食事を摂りに行った。
おきものはどうしたものかとレスリーは思ったが、彼はレスリーの後をついてくる。
レスリーは、おきものが食事ができるのか気になったが、結局は聞かなかった。彼は水の入ったコップを持ち、度々飲む振りだけを繰り返していた。食事を終え、部屋に戻ると、レスリーはベッドに入った。
その一方でおきものはレスリーの部屋の中で壁の方を向き、直立不動の姿勢を取っていた。
夜が明け、レスリーがベッドから起き上がると、おきものは本を読んでいるようだった。レスリーが起き上がった事に気づくと、本を閉じ、またお辞儀をした。レスリーも、彼に向かって頭を下げた。
レスリーはおきものに挨拶をした後、冒険者組合に向かった。すらりと伸びた、
「──ところでレスリーさん、どこでこのひとを見つけたのです? 冒険者証もないようですし……」
「それはあれよ、現地に行ったら出会ったのよ。依頼主に話をするついでに言うけど、妖異の類ではないわ」
「そうは仰いますが、まるで置物にも見えますよ」
「その時は、私の従魔として登録し直すだけよ。一応、術の心得はあるし」
おきものはレスリーと受付嬢の話を聞いてはいたが、動かずにいた。下手に動けば、レスリーに悪い方向に作用するような気がしたからだ。暫くして、レスリーと受付嬢との話が終わり、彼女はカウンターを離れた。
そして、レスリーはおきものの元へ戻ってきた。彼女はおきものを見つめると、手招きをして彼を呼び寄せた。そして、彼の左手を握りながら言った。
「待たせて悪いわね。もう少し話をしないといけないから、付き合ってくれる?」
レスリーの言葉におきものは軽く首肯した。それからレスリー達は冒険者組合の外に出て、目的地まで歩いて行くことにした。歩き始めてすぐ、レスリーは何かを思い立ったように立ち止まった。そして、レスリーはおきものに向けて、手を伸ばした。
おきものは何も言わず、その手を握った。柔らかい掌だった。おきものはがらんどうの筈の中身が、どこか満たされるような感覚を覚えた。悪い事ではない筈だ。おきものはそう考える事にした。そして二人は再び歩き出した。
おきものがレスリーと共に歩いていると、大きな屋敷が見えてきた。レスリーが門番と話している間、おきものは門の脇に立って待っていた。暫くすると、レスリーが戻って来た。レスリーはおきものの元まで来ると、軽くお辞儀をした。
それから、おきものの腕を引いて進みだした。おきものはレスリーに従い、歩を進める。
二人は屋敷の中に入り、案内された部屋に通される。そこには一人の男が座っていた。レスリーはその男に一礼すると、口を開いた。男はレスリーに労いの言葉をかけると、レスリーの後ろに立っているおきものを指して何事か話した。
おきものがレスリーの方に意識を向けると、レスリーは説明を始めた。
曰く、この街に辿り着くまでの道中、獣や魔物に襲われたが、レスリーはこれを撃退しその際に発見した。その後すぐに冒険者組合へ赴き、依頼の報告を行った。
その際、レスリーはおきものの事は先に依頼主である
それにはこう記されている。
『"探索中に物品を見つけた者は、その全て"に加え、報酬として金貨三袋を与える──』と。
そのやり取りを見ていたおきものは、直立不動の姿勢のまま考えた。なるほどそう言う内容であれば、自分を物品扱いすれば報酬品の一つとして扱っても問題はない。
つまりこのまま彼女の従魔として扱われるにしろ、物品扱いにされるにしろ、彼女が気を変えなければ自分はそばにいる事に問題はないのだ。
レスリーは、ここの冒険者組合で依頼の報告をする時に、依頼主へこの紙を見せるつもりだった。この世界では、依頼主に依頼完了の証明を見せない限り、報酬を受け取ることはできない。
口伝だけでは疑われる為、報告書も組合の方から来るだろう。
だが先だって直接報告したのは、この"置物めいた鈑金鎧は、既にレスリーの報酬である事"を確たるものにする算段だったのだろうと言う事だ。
おきものはそう考えながら、屋敷を辞したレスリーの後について歩いた。
レスリーは依頼を達成した後、冒険者組合に足を向けた。おきものも彼女に続いた。おきものにとっては、レスリーと行動を共にし続けるのが一番いいと考えていた。
冒険者の心得がある訳ではないが、レスリーの役に立つなら、それで構わないと思えた。レスリーは、特徴的な
まず、ここで一つの冒険は終わった。受付嬢はレスリーから受け取った書類を確認すると、レスリーとおきものを見て言った。
「──確認しました。確かに、城砦探索の依頼を達成しました」
「そうね。これで、彼は私のパーティの一員って事になるのかしら」
「はい。仮の物ですが。それとですね……」
「なにかしら?」
「まずこちらが、今回の依頼に関する報酬になります。そちらの彼──はどう登録しましょう? 先だっての話の通り、従魔としてでしょうか?」
受付嬢の言葉に、レスリーは少し考えて答えを出した。
「いえ、それはもうちょっと後にしましょう。私はしばらくこの街に留まるつもりだから、それからでも遅くないわ」
レスリーは腕を組み、おきものを見てうーん、と唸って言葉を続けた。
「それよりも彼の装備を整えたいのだけど、大丈夫かしら」
「ええ。問題ありませんよ」
受付嬢とのやりとりを終えて、レスリー達は冒険者組合を出た。そしてレスリーは街に出ると、武器屋に向かった。レスリーは、歩きながら後ろを付いて来るおきものに問いかけた。
「ねぇ、貴方は何かしたい事とかある?」
おきものは考える仕草をした。まずこの身と背負った両手剣が自分の財産だ。何をするにも金は要る。レスリーの
おきものはレスリーを見つめて、肩をすくめた。
レスリーの質問に対する返答は、何もしない、だった。まだ右も、左も分からないのだ、何を決めると言うのだろう。即断即決は美徳ではあるが、必要でない時はするものではない。レスリーはおきものを見つめ返し、ふっと笑みを浮かべた。
おきものは、レスリーが何故笑うのか分からなかった。
そして、二人の足は武具店の前で止まった。
武具店【トゥ・ザ・シース】。
バークリーの街で冒険者にとって信頼できる武具を探すなら、ここが一番と評される店だ。
店の中には様々な種類の刃物が飾られている。思う所があったレスリーは、おきものに頼んで、その背にある一振りの両手剣を握らせてもらった。
全長はレスリーの右手の中指から、反対側の中指位の長さ──我々の世界で知られている単位で言えば、
大剣とは言っても、刀身の長さと比べれば幅はそこまで広くはない。しかし、重さは違う。見た目以上の重量を持つ両刃の大剣を、レスリーは軽々と扱う事ができる。
この世界の人間は、男女問わず体格に恵まれた者が殆どであり、レスリーもまた例外では無い。普段彼女が腰に
ただ、おきものはレスリーの
これは無理だとレスリーは判断した。そもそも、自分には向いていないようだ。両手剣をおきものに返すと、レスリーは問いかけた。
「ねえおきもの、あなた何か欲しい得物は無いの?」
何か欲しいものはないかと聞かれても、おきものは首を横に振るだけだった。レスリーは店主に頼んで、いくつかの
いつもと違う長さの両手剣、
そして、その中の良いと思った一つを選んだ。
一方武器を売り場に戻したおきものは、左手で自分の腹のあたりをさする仕草をした。レスリーは驚いた。おきものが空腹を訴えている! レスリーは慌てて財布を取り出した。冒険者組合からもらった報酬は、かなり多い。
「おきもの、あなたお腹空いてるの?!」
おきものはうなずいた。続いて右手で工房の方を指し、ある物を示した。レスリーが目で追うと、使い古された金属鎧が目についた。店主はそれを見て顔をしかめた。売り物と言うより、他の冒険者が鎧を新調する為に下取りに出した物だったからだ。
「……ああ、そいつは痛んでぼろすぎて売れないから、溶かして打ち直そうと思ってたが、どうだい?」
「……頂けるかしら」
「いらないものだったし、そういってくれりゃ安心だ。ロハにしておくよ。そっちの旦那が使うのかい? ちと丈が合わん気がするが……」
店主は、使い古された金属鎧を作業台の上に敷くと、おきものに手招きした。おきものは促されるまま作業台の前まで歩くと、金属鎧を手に取って抱きしめた。すると金属鎧は光の粒子になり、おきものへ染み込むように吸い込まれていった。
粒子が消えた後、おきものは腹のあたりを叩く仕草をした。
腹が満ちたと言う事だろうか。レスリーと店主はおきものの行為を見て思わず顔を見合わせたが、やがて
「なあ、嬢ちゃん。あんたの連れはもしかして、リビングメイルか何かか?」
レスリーは、それに答える前に少し考えた。確かに彼は不死の存在なのかもしれない。しかし、今はもう違う。この置物めいた鈑金鎧はおきものなのだ。リビングメイルと言ったものと比べると格が違う。
「いえ、彼は私の大事な仲間よ。それと……」
「なんだ?」
「もし、今回みたいにいらない武具があったら、ちょくちょく寄らせてもらうわ」
理由はあなたも見たでしょ? とレスリーは微笑んだ。店主はこの銀髪の冒険者の目を見やり……喉を鳴らした。そして、レスリーの言葉に我に返ると、笑いながら言った。
「不良品があったら、そんときゃ頼むよ!」
レスリーは店を出る時、ふと思い出して、振り返らずに店主に声をかけた。
「そういえばあの武器、どうしてあんなに安かったの?」
店主はあっけにとられた声を出した。
「え? 安いって……あれで金貨十枚だ。高すぎるって言うなら安くしとくけど、なんでそんなこと聞くんだい」
レスリーは店主に代金を支払った後、去り際に答えた。
──あの子に買ったのよ。
店主はしばらく絶句した後、大きく息を吐き苦笑した。レスリーは、おきものに武器を渡した。それはレスリーの背丈よりも長く、両手で扱う武器だ。
おきものは自分の身長と同じくらいの長さの武器──
そして、両手剣と違って重さを感じることもなく、また重心の位置も両手剣とは異なっていた。レスリーは、そんなおきものを眺めていたが、やがて自分の持つ手斧を掲げた。そして、レスリーは手斧を肩に乗せるように構え、口を開いた。
「じゃあ、行きましょうか」
おきものは、それに無言で応えた。
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