第4話 はじめてのおしごと 後編

 遺跡から街の中へ戻る道中で、レスリーは何かの気配を感じ取った。

 ──この感じ……。獣かしら?

 レスリーは警戒を強めつつ周囲を見渡すが、それらしき存在はいない。やがてレスリーは気を取り直し、再び歩き始める。その時、前方から誰かが近づいてくる事に気づいた。

 二人組の男女だ。

 男女共に同じ軽鎧を装備している。男性の方はやや長身だが、女性は比較的小柄で筋肉質に見える体格をしている。

 男は右手に両手剣を持っており、女の手には杖が握られている。二人の視線は明らかにおきものやレスリーへと向けられていた。どうやら冒険者のようだ。

 男の身長はおきものより小さいが、体格は負けず劣らずであり、年齢は二十代半ばといった所だろう。女のほうは背丈が低く、十代半ば前後の少女のように思えた。

 男と同じく、防具はしっかりと装備されている。レスリーは彼らに声をかけようと近寄るが、先に男が口を開いた。


「何者だ?」


 レスリーは少し驚きながらも、彼らに敵意がない事をジェスチャーで伝える。レスリーとしては、ここで戦闘になる事を望んでいたわけではない。

 できれば穏便に済ませたかったからだ。レスリーは彼らへ冒険者である事を伝えるために、冒険者証を提示する。

 おきものもレスリーにならい、冒険者証を提示した。男の冒険者は冒険者証を確認するが、納得した様子を見せると──失礼な態度を取った事を詫び、自己紹介を行う。


「俺は"銀狼"」

「"銀狐"」

「"ただの美人"よ。こっちの鈑金鎧はおきもの」

「…………」


 二人は通り名による名乗りを終えると、レスリー達に対し名乗るように促す。レスリーは通り名を告げ、おきものの分も代わりに紹介する。高位の冒険者になると、通り名だけでも名前が分かってしまうものだ。

 故に、悪事も出来ないのだが。

 銀髪の男──銀狼は、レスリー達が遺跡の調査を行っている事を知る。彼はレスリー達に同行する事を提案した。

 レスリー達は迷ったが、結局は銀狼の提案を受ける事にした。遺跡調査の途中で、レスリーは自分達を尾行する存在がいる事に気づいていた。

 その為、戦力が増強されるのはいい事だと判断する。

 一方おきものも、彼らの実力をある程度見抜く事が出来た。彼らは決して弱くない。寧ろレスリーと同じくらいの、かなり優秀な部類に入る冒険者達だと分かる。

 事実、彼らはバークリーの街を拠点とする冒険者の間で上位に近い中堅で通っている二人組であった。両名共に十三等級の冒険者である。

 銀狼とレスリーとの会話によれば、彼らも依頼を終えてバークリーの街へ戻る途中であったと言う。


「レスリー。そいつはなんだ?」


 レスリーがおきものを連れて歩く姿を見て、不思議に思ったのであろう。銀狼が質問をする。レスリーはおきものを一通り説明した上で、銀狼の疑問に答える。


「俺には何が何だか分からんな。冒険者証があるから、敵ではない事は分かるが……」

「ええ。彼は喋れないけれど、意思疎通が出来ているわ。それにとても賢い子なのよ」


 レスリーの言葉を聞き、銀狼は興味を持つ。


「……なら、どんな事が出来るんだ? 例えば、荷物持ち以外でだ」


 銀狼の問いに、レスリーは答えようとするが、それを遮りおきものが突如荷を下ろすと両手剣を抜き放ち、先頭に立つ。


「……!」


 レスリーは彼の反応に何かの襲来を察する。賊の類か、あるいは獣か。レスリーも盾を構え、おきものと共に臨戦態勢を取る。僅かに遅れて銀狐達が身構えた次の瞬間、無数の矢が飛来する。

 レスリーは盾を用いてそれらを防ぐが、おきものは全てを防ぎきる事は出来なかった。

 幸いにしてレスリーが受けた矢は一本もなかったが、先頭に立っていたおきものへ向かった大半は防ぎきれず、数本が突き刺さっている。しかし、おきものは気にした様子もなく、攻撃が来た方向へ視線を向ける。


ぞくか!」銀狼が叫ぶ。「こりゃ数が多いぞ!!」


 銀狼の言葉通り、襲撃者たちの数は多かった。ざっと見ても五十はいるように見える。レスリーが後方へ視線を送ると、そこには弓を構える複数の人影があった。


「あれは……かなり厄介です」


 銀狐は杖を構え、二振りほど振り回す。するとどうだろう、地面が隆起し壁になったのだ。


「壁があった方がいいかと」


 おきものを除いた三人は、即席の遮蔽物しゃへいぶつの後ろに隠れた。おきものは先頭に立った手前、背を向けられなかったのだ。一瞬振り向いたおきものは、両手剣を水平に構えると集団へと突き進んでいった。

 弓手の視線は単身で突撃してくる鈑金鎧に釘づけだった。それを見た銀狼が両手剣を構え直し、遮蔽物から出るとおきものの突進をかいくぐってきた敵をまとめて一刀の下に斬り伏せる。

 敵は野盗の類だった。継ぎはぎされた皮鎧に、粗悪な片手剣。金品狙いなのは分かった。銀狐は杖を振るい、敵を攻撃する。おきものと銀狼が前衛で敵の注意を引きつけ、隙を見て銀狐が後衛で援護を行う。

 レスリーは賊が落とした弓矢をとっさに拾うと、何本かまとめて打ち放つ。粗悪な作りだが、それでも数撃てば当たる。レスリーは弓に関してはかつて後衛を担当してただけあって、数撃ちには自信があった。

 一説によると弓の達人、それも凄腕になると、一本の矢を天に撃つだけで地面に豪雨の如く降らせるわざを持っていたり、長距離を魔法と見分けがつかないほどの精度で当てたりするらしいが……。


(私には、無理ね)


 レスリーは自身の技量についてそう評価した。事実、彼女が射抜いたのは五本前後である。ただでさえ弓は扱いが難しいが、レスリーが使用している弓は粗雑な代物である。

 銀狼とレスリーの攻撃で敵を圧倒していた時、レスリーが不意に叫ぶ。それは偶然であった。レスリーはたまたま矢筒に入っていた矢が、やじりの無い矢であった事に気づいたのだ。


(これは……!)


 レスリーはとっさに弓矢を捨て、代わりに手斧と小盾を構えた。銀狼の大立ち回りにより、賊は数を減らしていたが未だ十を切っていない。弓手が残っているか、ふと気になった。

 いくらおきものが引き付けているとはいえ、こちらヘ矢が飛んできてもおかしくはない。


「レスリー!」


 銀狼の声が響く。彼の声には焦燥感が滲み出ていた。

 理由はレスリーにもすぐに理解できた。銀狼は両手剣を振り回し、賊を切り倒す。しかし、その間に銀狼の背中に一本の矢が突き刺さった。

 銀狼は痛みに耐えながら、両手剣を横に薙ぎ払う。それと同時に遠くの方で、賊のものと思わしき悲鳴が上がった。銀狼の放った一撃によって、数人が倒れる。

 彼の周りは屍累々、ざっと二十近い数が倒れていた。

 僅かな隙を突いて、銀狼は遮蔽物の影まで退く。

 レスリーは、弓手がいるであろう方向に視線を向ける。銀狼がいた位置に、手斧を振るいながら移動する。

 その一方、銀狐は背に矢を生やした相棒の姿を認めた。応急手当の準備を始めた銀狐に、銀狼は口を開く。


「銀狐」銀狼は傷口を手で押さえる。「大丈夫だ、俺は死なんよ」


 銀狼の言葉に嘘はなかった。彼は既に瓶の中身を飲み干している。足元に空の瓶があるあたり、二本目だろう。銀狼は負傷箇所を確認するように撫ぜる。

 ……大丈夫、確かに軽傷だ。


 銀狼とレスリーが戦っているその一方で、おきものも奮戦していた。愛好の両手剣は賊の攻撃と返り血でぼろぼろになっていたがそれでも尚、両手剣を振って敵を倒していく。

 両手剣の扱いに慣れていないのか、剣先がぶれる時もあったが、そこら辺はまだ熟達していないからだろう。おきものは両手剣を水平に構え、目の前の敵へ振りぬく。賊は胴から真っ二つになり、そのまま崩れ落ちる。


(……この剣もそろそろ寿命か?)


 おきものが両手剣に視線を飛ばすと、刃こぼれが目立つ。切れ味は間違いなく鈍ってしまっている。だが重さは健在だ。ぶん回せるなら問題ない。おきものは再び敵を探すべく、辺りを見渡す。

 その時、一陣の風が吹き、賊の死体が転がっていた場所を通り過ぎる。死体は風に吹かれてバラバラになる。骨と肉片が宙を舞い、土と混ざる。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った森で、おきものの身体から発する金具の音だけが聞こえる。

 次の瞬間、頭上から何かが落ちてくる気配を感じた。


「……!」


 おきものは両手剣を構えて防御態勢を取る。直後、金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。賊の一人が投げた手斧が両手剣にぶつかったのだ。

 賊の手には片手持ちの短刀が握られている。恐らくは投げナイフの類だろう。然るに、相手は素早い。手斧を投げつけてきたということは、相手の武器は投げナイフと手斧だけではないはずだ。

 賊はそのまま、おきものの懐に潜り込み、短刀を突き刺す。が、両手剣によって防がれる。おきものは素早く両手剣を薙ぎ払う。賊は飛び退き攻撃を回避しようとするが間に合わず、脇腹を斬られる。

 だが傷は浅い様だ。おきものが一歩踏み出すと、賊は後ろに下がった。どうやら、距離を詰められたくないらしい。

 幾度か同じやり取りを繰り返す。おきものも敵も傷を与えることもできない。均衡を崩す為、おきものが歩幅を大きく前に出る。賊がそれを見て、逃げようと後ろへ振り返り遁走するが、既に遅かった。


(……逃すか!)


 おきものの十八番──大きく踏み込んで左肩からの体当たりショルダータックルだ。それは見事に決まり、賊は派手に転倒する。賊は起き上がろうとするが、おきものは既に追撃を仕掛けている。

 両手剣を持ち、突き刺すように振り下ろす。賊はそれをかろうじて回避するが、そこに蹴りが入る。地面に刺さった剣を軸にして蹴りを放ったのだ。蹴られた賊は地面を転がり、仰向けで倒れ込む。

 そして、おきものが馬乗りになって両手剣を振り上げる。鈑金鎧の大重量か、今までの痛みなのか賊が顔を歪める。だがそんなことはお構いなしに両手剣は振り下ろされる。

 両手剣が賊の首にめり込んだと思いきや、その首はねられ、物言わぬ肉塊に転じた。おきものは立ち上がると、両手剣を地面から抜こうとする。

 しかし、両手剣は深々と刺さって抜けない。


(……しまった!)


 おきものが思案を浮かべる間もなく、ぎりりと弓弦が引き絞られる音を認めた。意識を飛ばせば、隠れていた賊の弓手が銀狼へ狙いを定めていたではないか。

 矢が放たれる。

 銀狼もおきものも、気づいた時にはもう遅かった。

 おきものは咄嗟にその場に落ちていた短刀を力任せに投擲した。短刀は弓手の延髄に刺さり、悲鳴を上げて絶命する。矢を受けた銀狼だが、無事遮蔽物へ身を退いた。

 銀狼が退いた事で、前衛はレスリーだけとなる。前衛への脅威である弓手は全て屠ったほふ。レスリーが傷つくのは良しとしない。

 ──ならば、することは一つ。

 おきものは新しい武器──槍斧ハルバードを取り出すと、全速力で駆けだした。


 レスリーは右手の手斧と左手の小盾を駆使し、ほぼ独りで奮戦していた。屍累々しかばねるいるい、一面血の池だった。賊の死体のいくつかは、消し炭や胴から岩の槍を生やしていたが。

 銀狼が退き、銀狐が手当をしている今、賊の殆どはレスリーによって倒されている。今なお戦闘を続けているのは、おきものを除けば一人だけだった。

 賊は粗雑な石斧を構え、レスリーに向かって突進する。レスリーは賊の攻撃を受け流しながら、賊と打ち合う。一撃一撃は重く、レスリーの顔が衝撃に歪む。


「こんなの独りならなんてことないけど、さあ!」


 レスリーが独りで戦っていた時は常に動き回る事で翻弄していたが、今回は下手に動くと、遮蔽物に退いた二人に被害が出てしまう。それは避けないといけない事であり、レスリーが単独で戦う上での鉄則でもあった。

 故に彼女は攻めきれずにいたのだ。

 賊はレスリーに勝機を見出したのか、先ほどまでよりも速く動いている。レスリーは何とか攻撃を捌くが、防戦一方になっている。このままでは押し切られる事は明白だった。

 その時、ぶんぶんと何かを振り回す音と誰かの悲鳴が聞こえてきた。賊の一人がレスリーから目を離し、音の方に振り向くと───そこには、全身から矢を生やしながら槍斧ハルバードを構える、置物めいた鈑金鎧が立っていた。

 そして、賊の後頭部目掛けて勢いよく穂先ほさきを振り下ろした。鋭い音が響き、賊は唐竹割からたけわりめいて二つに別れた。


「おきもの、助けに来たのね! ここから巻き返すわ、行ける?」

「……!」


 レスリーは好機とばかりに手斧を振るう。賊は抵抗を試みるが、結局は無駄な足掻きとなった。物陰で応急手当を受けながらレスリーの達の戦いぶりを見ていた銀狼だったが、その戦いぶりに違和感を覚えていた。

 ───おかしい。あの鈑金鎧が凄まじい動きをしている。

 槍斧を巧みに操り、賊を次々と屠っている。両手剣を握っていた時より良く動いている。鎧袖一触がいしゅういっしょく、と言う言葉がよぎった。


「一体、何なんだ……」


 銀狼はそう呟きつつ、戦線へ復帰した。銀狼が復帰したことで戦況が一気に傾く。銀狼が賊の首を斬り飛ばし、おきものが賊の心臓を穿うがつ。レスリーも負けじと手斧を賊の首に叩き込み、とどめを刺す。

 無論、銀狐とて何もしなかったわけではない。杖を振り、火の球を放ち消し炭にしたかと思えば、隙ありと襲ってきた賊の一人の股間を蹴り飛ばす。通り名持ちは伊達ではない。

 能力は確かなものだ。結局、銀狼とおきものの攻撃で賊を殲滅するのに時間はかからなかった。その頃には、辺り一面黒と赤が入り混じった絵のような状態になっていた。

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