第3話 ハワイの星空
駄文注意
長文注意
語法、文法的な間違いは補ってください
BLのつもりで書いています。苦手な方は注意してください
※職業の組み合わせのみ借りています
それ以外は完全にオリジナルですが「オリジナル作品」とすることに問題があれば変更します
※適宜修正しています
ハッカー視点
#2と同じ晩
———————————————————
朝から雪の日だった。
彼が入ってきた瞬間に、運命が分かった。
「一名です」
店主である草平(そうへい)に呼ばれ、カウンターの方へ静かに歩いて行く。
すらりとした体型
ジャストサイズのコート
涼しげな目元
薄い唇
黒い髪
青い照明の一部を反射している。
その深い青色が眩しくて、出来上がったばかりの水槽に迎えたいと強く思った。
何時間も探して見つからなかった運命が、向こうから飛び込んできてくれた。運命は、いつも俺より正しく廻っている。
カウンター脇の扉から部屋に戻り、コードを書き直した。作っていた『水槽』の仮レイアウトを全て消し、真っ白な部屋に戻す。
(彼の望んだレイアウトにしてあげよう)
きっと、それも「正しい運命」なのだ。
胸が高鳴る一方で、彼にどうやって『水槽』の話を持ち出そうか悩んでいた。『水槽』は最大の我儘だ。受け入れられる自信が無かった。誰にも見せないように隠しているものの、自分はその内面において臆病だ。
臆病な自分は言う。
どこかに居場所が欲しかった。
他人が入れない、自分だけの居場所が。
しかし、何年も生きていて、そんな願いが叶えられないことは十分に分かっていた。ネット上や仮想空間へと逃げたところで、現実とあまり変わらなかった。
だから仮想と現実の隙間に『水槽』を作った。
『水槽』は部屋型のVRだ。こんなにVRが普及した今でさえ、部屋型のものは珍しい。更に『水槽』はゴーグルもヘッドセットも必要としない。
(有藍(うらん)さんのお陰だ…)
無愛想な技術者の顔を思い浮かべる。
昔から水槽が好きだった。
ひとつの小さなエコシステムが独自に動いている。水槽は物質でありながら空間で、空間でありながら時間だった。それを眺めるのが好きだった。完全な空間の外側にあって、自分の次元はひとつ上がる。そこには誰も居なくて静かだった。
昔から水槽は動かなかった。
他が近づき離れていっても、中の魚が死んだとしても、水槽だけは動かなかった。水槽の中に入ることは出来なかったが、水槽の外から中を見ていることはできた。水槽の内側は、自分が唯一持てた愛着だった。
どの世界にも入れないのであれば、世界を小さなガラスケースに閉じ込めれば良い。一個の完結した理想の空間を作れたら、その愛しい世界の外側で自分はじっとしていられる。どこにも逃げずにいられるはずだと思った。
自室を出て廊下を歩く。
まだ彼を見かけただけだ。恐らく、向こうは俺のことなど認識していないのに、彼の為に『水槽』を準備している自分に呆れた。
(受け入れられる気がしない……)
ほとんど諦めながら、長い廊下を《lau》(ラウ)まで戻った。
帰ってくると、ちょうど彼は一杯目を飲み終えたようだった。彼の姿が目に入れば、さっきまでの不安は何処かへ行ってしまう。
(運命の方が、いつも正しく廻っている)
カウンターへと歩いていく。
(大丈夫だ…)
「次何にしますか?」
「一緒に決めて良い?」
声を掛けて彼の隣の席に座る。
「ええと、」
「僕もちょうど空いたので、一緒に次飲むの決めませんか?」
微笑めば、彼は困ったように笑った。その微笑みが愛おしくて、自分の方が困ってしまいそうだった。
彼はブルーハワイを、自分はオリジナルカクテルを頼んだ。お互いが前に飲んでいたものだ。カウンターの向こうで草平が酒を作り始める。
「このまま一緒に飲んでも?」
このまま隣に居てもいいだろうか。
「ふふ、そうですね。正直なところ、あと一杯で帰るつもりだったのですが」
「それで構わないです。また来てくれると嬉しいけど」
少しずつ仲良くなって『水槽』に来てくれると嬉しい、なんて呑気なことは思わなかったが、そう言わざるを得なかった。内心とても焦った。
酒を待ちながら、しかし少しずつ、会話を交わした。焦ってはいたが無理なことは出来なかった。少しずつ、氷を溶かしていくように
逃げて行かないように
初対面の人間と話をするのは久しぶりだった。
その見た目の印象以上に、彼は人当たりが良かった。しかしそんな柔らかさの奥に、誰にも触れられないような堅さが見え隠れする。
彼は不思議だった。
店内でも手袋を外さず、手袋を嵌めた手で結露の付いた冷たいグラスを持っている。寒いのは「嫌」でも「苦手」でもなく、「不便」らしい。来る時に雪が降っていたか覚えていないと言いながら、「雪が見れたら嬉しい」などと話す。
(酔っているのかもしれないな…)
酔いが顔に出ないタイプなのかもしれない。しかし、加速度的に彼に惹かれているのは事実だった。
「お待たせいたしました」
カウンターにグラスが2つ置かれる。
「ブルー・ハワイと、ラウです」
「すごい…、真っ青ですね」
「口に入れるの抵抗ありました?」
「いえ、綺麗だなと」
「色が好きなんですよ」
ハワイの海を表現した、眩しいほどの青。
「味も保証しますよ」
すかさず草平が口を挟む。
「あの、これはストローで飲むものなんですか?すみません、こういう所に慣れてなくて」
(やっぱり、酒弱いんだろうな)
「全く構いません、謝らないでください。ストローでは飲んでも飲まなくてもどちらでも大丈夫ですよ。本当です。お好きなように」
草平が答える。自分も酒には詳しくない。俺はいつもストローを使って飲んでいた。
「そうですか。この、2本刺さっているのは……」
「二人で飲むためですよ」
「違います。いえ、…違うことはないんですが、でもこの場においては違います」
ぽかんとした彼の顔。草平が慌てていて面白い。
「どういうことですか?」
「一緒に飲みませんか?ということです」
「はは、それが多分答えになっていないのは分かります」
「そうですか、残念です」
「いただきます。……、美味しいですね」
結局、彼はストローを使わずに飲むことにしたようだ。
「ありがとうございます。…度数強くありませんか?」
「え?」
「失礼ですが、あまり慣れてらっしゃらないとのことで。カクテルは比較的度数が高いですから」
自分が思ったことを草平も考えたようだ。
「ああ、大丈夫ですよ。お酒を飲んでもあまり酔わないので」
「そうでしたか。失礼しました」
「いいえ」
(………)
「あまり酔わない」と言った。酔っている人間の「酔っていない」は信用するものでは無いらしいが、彼はきっと今も酔っていないような気がした。そうであれば、あの不思議な発言は他にどう説明出来るだろうか。
目の前で、彼の存在がどんどんミステリアスになっていく。
手袋をしたその手が、海を入れたグラスを傾けている。
白い喉が動く
中を液体が通っている
海が彼の内側へ流れていく
誰も知らない
青く染まった内部
刺激的、
魅惑的、
扇状的、
「どうされました?」
それが呼び水だった。
「綺麗な色ですよね」
確率など構わない、運命はいつだって俺よりも正しい。そう信じる一方で、投げやりになっている自分も居るのを俺は自覚していた。
「そうですね」
彼が今ブルーハワイを飲んでいるのも、「運命」だ。
「ハワイの海を閉じ込めているんですよ。だから好きなんです。グラスに入れているから」
「……」
「グラスに入れるから、見ることが出来ますよね」
「……」
黙っている彼を気にせずに話し続けた。
「実はね、今日『水槽』に容れるものを探していたんですよ」
「もの」なんて、不誠実で下品な表現、彼に対してしたくなかったが、普遍的な表現のために我慢した。
「何か飼ってらっしゃるんですか?」
「いいえ、『水槽』だけ出来たので」
「趣味なんですか?」
「趣味になりそうです。初めてなんですよ」
微かに流れる緊張感すら気持ち良い。
「そうなんですね。僕も動画を見るのが好きですよ。アクアリウム?ビバリウム?でしたっけ」
「アクアリウムとか、陸生の生き物だとテラリウムとか言うんですけど、その総称がビバリウムですね」
「ハーバリウムも同じようなものですかね。透明な容器に入ってますし」
「はい」
(プラネタリウムも、……)
中にシステムを容れて、外側から観察する。全て同じだ。プラネタリウムだって、形状こそ内側から観察するものになっているが、それは観察者である人間を4次元に連れて行く技術が無いからだ。
自然のシステムを切り取って独立させ、自らの掌中で観察する。それは所有したいからだ。人間が介入出来ないものに、介入しようとした証だ。
自分はその人間の欲望を否定できない。
「プラネタリウムも言葉は似てますね」
「、そうですね……」
考えていたことを当てられたようで、つい驚く。
「プラネタリウムも人間が星を見ているようで、実は星が人間を見ていたりして」
……
驚きで頭が真っ白になりかける。
水槽の内側と外側について、空間の内側と外側について、彼も考えたことがあるだろうか。
(プラネタリウムは、星を見ている人間を観察する装置なのではないか……?)
嬉しい、恐ろしい、楽しい、不安だ、
言語では説明しきれない複雑さが身体じゅうを駆け巡り、頭は勝手に計算を始める。
水槽について
次元について
確率について
彼が受け入れてくれる確率について、勝機が見えた途端に考え始める。
(何を話せば、引き留められる…?)
分かりやすいアピール
軽やかな感情
怖くないように
受け入れやすいように
逃げ場を用意して
逃げられないように
「……、あの」
慎重さが勝って、上手く言葉が出ない。
その瞬間、ピアノが鳴り始めた。
この店では時報の代わりに、1時間ごとにピアノが鳴るようになっている。草平のこだわりで、録音を流すのではなく自動演奏をさせている。俺はプログラムを手伝った。
(助かった)
彼は振り返って店の隅にあるピアノを眺めている。静かに息を吐き、頭をリセットさせる。
(……?)
彼の左手の指が微かに震えていた。
最初は震えているのかと思った。しかし、じっと見ていると音に合わせて動いているように見えた。少なくとも適当に動かしている訳ではない。
(これは?)
ピースがはまりそうな予感がした。考えようとしたが上手く繋がらない。テーブルの上で起こる出来事に目が奪われる。
自動演奏に合わせて動いている指が、テンポの速い曲に合わせて動いて、この長い指こそ自動で動いているように見えた。マジックを見ているようで、見ていて飽きない。新たな一面が見れたようで、不思議は一層深まり、彼への好奇心がまた強まる。もう最大値だと思っていた彼への興味が更新され、胸の高まりが抑えられない。
彼は演奏が終わるまで、ずっとピアノを見ていた。
「ピアノ、お好きですか?」
「あ、いえ、…自動で動いているのが珍しいなと」
(?自動演奏など今時珍しくもないが…)
「そうですか。1時間に1回自動で演奏するようにしているんですよ」
「そうなんですね。素敵です」
「その、」
「どうしました?」
「さっき、何か言いかけていませんでしたか?」
「ああ、」
「明日、ご予定はありますか?」
「明日ですか?予定は無いですけど」
「ちょっと」
発言の意味を察したであろう草平が口を出してくる。
「邪魔するなよ」
「どっちが」
「あの、何の話でしょうか?」
「ええと、…」
草平が言い淀む。草平は優しいのだ。客である彼にも、俺にも。
「プラネタリウムを見ませんか?」
「明日ですか?」
またぽかんとした顔。本当に可愛らしい。
「いえ、今から」
「?ではどうして明日の予定を聞いたんですか?」
「ふふ」
思わず笑ってしまう。
「すみません。言外のコミュニケーションが苦手で」
どこまでも理想だ。
「いえ、朝まで一緒に居ませんか?ということです」
俺の欲望を、恋愛感情のように表現すること。これが最も成功確率が高い方法だと思った。今はいわゆる「一目惚れ」だろうか。分かりやすくて、軽やかで、逃げ道もあって。最善がこれだった。恋愛とは違うだろうが、彼に対して愛を向けることができる、という確信もある。嘘すぎる嘘でも無いのだ。
それでも大きな賭けであることは分かっていた。最善ですらこれなのだ。しかしこの時だけは、恋愛という感情の奇妙さに感謝していた。
「ああ、…」
彼は発言の意図を汲み取ったようだ。
「アクアリウムもテラリウムもあります」
「一つ聞いて良いですか?」
首筋を電流が伝う。きっと、成功した。
口元がゆっくりと歪んでいく。
「はい」
「あの自動演奏をつくったのはあなたですか?」
「そうです。そういう仕事をしています」
実際はプログラムだけだ。こちらの方がよほど嘘である。
「ピアノもありますよ」
「分かりました」
「さくらんぼだけ食べても良いですか?」
「はい。ゆっくりどうぞ」
残っているさくらんぼを食べ始めた彼を眺める。この真っ赤なさくらんぼも、青くなった喉を通っていくのだろう。
「僕は、ピアニストです」
目を見開く。
ピアニストなど出会ったこともない。しかしそれと同時に納得もした。手袋も冬が不便なのも、きっと指の為だ。
「あのピアノ、自動演奏時以外はちゃんと弾けますよ。弾きますか?」
「いえ、」
「ピアノなら今から行くところにもあるんですよね?」
真っ直ぐな瞳がこちらを向く。脳内麻薬に溺れそうだった。
「ははは、もちろんご用意します」
その後初めて手袋を脱いだ彼の手の、雪のような冷たさをずっと覚えている。
———————————————————
人物紹介
蜷川桐(ひるかわきり)
ハッカー、目の色薄い、黒髪
津村鞠弥(つむらまりや)
作曲家/ピアニスト、味覚音痴、冷え性
大國草平(おおくにそうへい)
マスター、眼鏡、コンピュータ関係詳しくない
大國有藍(おおくにうらん)
草平の兄、技術者、無愛想
きまって違うお天気 @hello_dosue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。きまって違うお天気の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます