第2話 出会いの晩

駄文注意

長文注意

語法、文法的な間違いは補ってください

BLのつもりで書いています。苦手な方は注意してください


※職業の組み合わせのみ借りています

それ以外は完全にオリジナルですが「オリジナル作品」とすることに問題があれば変更します

※適宜更新しています


作曲家視点

出会った夜の話


—————————————————




年が過ぎるごとに身体と脳が離れていく。勝手に分離した脳に反発するように、身体が勝手に動く。

今日だってそう、久しぶりに酒を飲んで酔った訳ではない。勝手に脚が動いているだけだ。

(だって地面が動くはずないのだから)

脚の方が動いているという結論を出すしかない。

(酔っているのかも…)

思考が思わぬところに飛躍し、思わず口元が緩んだ。


でも、自由に動く脳も身体も信用している。辿り着いた場所が辿り着くべき場所なのだ。容器は容量以上の中身をいれない。

(入れる、容れる、どっちだっけ…)

内側が外側を決めるのではない、外側が内側を決める。性質にしろ、空間的な位置にしろ。外側の箱が届く場所が、中身が届くべき、あるいは届き得る場所なのだ。

(……これは、あれだ)


ある店の看板を見て脚が止まる。

〈Lau〉

(…………)

自分の外側も辿り着いたようだった。


(配達だ……)

店名が、好きな作曲家の名前だった。


手袋越しにドアの取手の冷たさが鈍く伝わる。ドアを引くと不思議な音色のベルが鳴った。


「どうぞ」

落ち着いた声で主人が尋ねる。

「一名です」

こういった店では人数を言わないのかもしれないと、声に出してから気が付いた。

想像以上に広い店内を見回すと、ゆったりとした空間の端の方に電子ピアノがあった。

「こちらへどうぞ」

カウンターに呼ばれ歩いていく。板張りの床にコツコツと靴音が鳴る。足先がすっかり冷えて痛かった。





「お決まりになりましたか?」

メニューには写真が無かった。ひと通り見終えたところで声がかかる。

「じゃあこれで」

作曲家、ここでは店名の方だろうか、の名前を指差す。きっとオリジナルの酒なのだろう、声に出して注文するのは恥ずかしい感じがした。注文したのはメニューの一番上に書いてあったからである。

「承知しました。荷物隣の席にでも置いてくださいね」

「ありがとうございます」

荷物など無かった。まだ少しだけ背筋が寒かったが、コートを脱いで右隣の席に置いた。脱ぐ時に静かに起こった静電気の痺れが、左手の人差し指に残る。

誰も分からない、痛みでもない、違和感。今夜を表しているようだった。いつだって、今夜の違和感は自分にしか分からない。

夜は人の身体を器にして、内側に向けて広がっていく。






グラスが空になりかけた時、主人と目が合った。

「次何に…」

「一緒に決めて良い?」

主人の声を低い声が遮り、空いている左側の席に男が座る。自分よりずっと背が高い。

「ええと、」

暗い店内でも、目の色が少し薄いのが分かった。カウンターに置かれたボトルの光を反射して、虹彩の輪郭が良く見えない。

「俺もちょうど空いたので、一緒に次飲むの決めませんか?」

(声が、好きだな)


「ははは」

曖昧に笑って主人の方を見る。

「ちょっとルカ君、邪魔しないでよ」

主人は彼、『ルカ君』に対して敬語が外れるらしい。

「邪魔でした?」

「ずるい聞き方しないの。お客さん、この人ほとんど店側の人間だから、遠慮しないで邪魔だって言って下さいね。お客様ではないので」

落ち着いた雰囲気の主人が、少しだけ早口になる。

「はは、良いですよ。一緒に決めましょう」

半分は主人に対して言った。

「さっきはどれにしたんですか?」

「これです」

「手袋してるんですね」

「店内寒かったですか?」

すかさず主人が尋ねてくる。

「いえ、大丈夫です。指先が冷えやすいので」

「そうでしたか。温かい飲み物もありますので」

「はい。ありがとうございます」


「さっきのは美味しかったですか?」

「はい」

「じゃあそれにしようかな」

「ふふ、良いと思います」

「そちらは何を飲まれたんですか?」

「さっきはブルーハワイですけど、温かいのが良ければこの辺ですね」

指された箇所には確かに「Hot」の表記がある。

「いえ、冷たいので大丈夫です。それにします」

「お二人とも宜しいですか?」

「はい」

カウンター越しに話を聞いていた主人が動き出す。


「一緒に飲んでも?」

『決める』までしか許していない、ということだろう。この人もそういう人間なのだろうか。

「ふふ、そうですね。…正直なところ、あと一杯で帰るつもりだったのですが」

「それで構わないです。また来てくれると嬉しいけど」

一定したリズムでシェイカーの音がする。乱れが無くて心地良い。

「店員さんでは無いんですよね?」

「そうですね。縁があるだけです」

「そうですか」

シェイカーの音が止んで、少しだけ沈黙が流れた。そして気づいたが、この店はBGMが流れていないようだった。

(珍しいな)

それがとても有り難かった。


「外は、雪が降っていましたか?」

「え?」

「今夜は寒いなと思って」

もう一度、全く変わりなくリズムが始まる。慌てて脳内にかろうじて残っていた映像を思い出した。

「ええと……、降っていたと思います」

「ふふ、覚えてないですか?」

「恥ずかしいですが……」

(「天気には興味が無いんです」とは言えない…)

そんなことを言う義理は無かった。

「じゃあ、降っていないと良いですね」

「そうですね」

やはり自分には関係ないと思いつつ、話を合わせた。

「より指先が冷えてしまいますしね」

(…なるほど)

「確かに不便ですね、」

久しぶりに外に出て失念していた。雪が気温を下げるとは思わないが、雪が降っているということは気温が低いということだ。確かにそれは困る。

(でも困るのはやっぱり気温で、天気ではないよな…)

「でもあまり外に出ないので、雪が見れたら嬉しいかもしれませんね」

気まぐれに吐く嘘は、急速に大きくなる。雪を見て嬉しいなど感じたことがない。

「………」

「どうされました?」

「いえ、今頼んだブルーハワイはその通り南国らしいカクテルなんですが、やっぱり暖かいところの方がお好きですか?」

「そうですね」

指がいつも通りに動かなければならない。



「お待たせいたしました」

自分の方から一つずつ、グラスが音も無くテーブルに置かれる。

「ブルー・ハワイと、ラウです」

「すごい…、真っ青ですね」

目の前に来たのは、真っ青な液体。グラスの淵には南国らしい葉とさくらんぼ、レモンが飾られている。圧倒されてつい声量が小さくなった。

「口に入れるの抵抗ありました?」

「いえ、綺麗だなと」

「色が好きなんですよ」

「味も保証しますよ」

2人とも自分が飲むのを待っているようだったので、飲もうとするとストローが2本刺さっていることに気がつく。

「あの、これはストローで飲むものなんですか?すみません、こういう所に慣れてなくて」

「全く構いません、謝らないでください。ストローでは、飲んでも飲まなくてもどちらでも大丈夫ですよ。本当です。お好きなように」

微笑みながら、主人が答えてくれる。

「そうですか。この、2本刺さっているのは……」

「二人で飲むためですよ」

今度は左側から声が降ってくる。また薄い色と目が合った。

「違います。いえ、…違うことはないんですが、でもこの場においては違います」

主人はまた少しだけ早口になった。

「どういうことですか?」

「一緒に飲みませんか?ということです」

今度は彼が答える。

「はは、それが多分答えになっていないのは分かります」

主人は発言こそしなかったが、明らかに違うという顔をしていた。

「そうですか、残念です」

逆に、彼は全く残念そうに見えなかった。


「いただきます」

結局ストローは液体をかき混ぜるだけにして、使わずに飲んだ。

「美味しいですね」

「ありがとうございます。…度数強くありませんか?」

「え?」

「失礼ですが、あまり慣れてらっしゃらないとのことで。カクテルは比較的度数が高いですから」

「ああ、大丈夫ですよ。お酒を飲んでもあまり酔わないので」

「そうでしたか。失礼しました」

「いいえ」


「……」

「どうされました?」

隣の男はじっとこちらの手元を見ている。

「綺麗な、色ですよね」

「そうですね」

「ハワイの海を閉じ込めているんですよ。だから好きなんです。グラスに入れているから」

「……?」

「グラスに入れるから、見ることが出来ますよね」

どう相槌をすればいいか咄嗟に判断ができない。勝手に回転を始める頭をなんとか押さえつけている。


「実はね、今日、水槽にいれるものを探していたんですよ」

(これは「入れる」?)

「何か飼ってらっしゃるんですか?」

「いいえ、水槽だけ出来たので」

飼育環境を整えることを「水槽が出来た」と言う小慣れた言い方もあった気がする。

「趣味なんですか?」

「趣味になりそうです。初めてなんですよ」

「そうなんですね。僕も動画を見るのが好きですよ。アクアリウム?ビバリウムでしたっけ」

「アクアリウムとか、陸生の生き物だとテラリウムとか言うんですけど、その総称がビバリウムですね」

(全部リウムが付いてるよな…)

抑止を振りきって、勝手に脳が動き始める。

「ハーバリウムも同じようなものですかね。透明な容器に入ってますし」

「はい」

「プラネタリウムも言葉は似てますね」

内側と、外側。こういう時に限って一体化していく。止まってくれない。

「…そうですね、……」


「プラネタリウムも人間が星を見ているようで、実は星が人間を見ていたりして」

容器の外側からの観察


「…、あの」


その時、

ピアノの音


振り返ると、電子ピアノが自動で動いていた。

今度は勝手に左手が動く。

5の指と4の指

痙攣のように

抑えられない

静電気の刺激と違和感

再現されて

確かに今、指は鍵盤の上にあって

これでようやく目が醒めていく

少しずれて聞こえる音

口に残る冷たい酸味


ゆっくりと曲が終わった。

「ピアノ、お好きですか?」

目が離せなかった。慌てて前を向く。

「あ、いえ、…自動で動いているのが珍しいなと」

ここまで人間的に動くものは珍しい。

(…だから、音がずれた)

「そうですか。1時間に1回自動で演奏するようにしているんですよ」

(『している』……)

「そうなんですね。素敵です」

(元の演奏を知りたい)

「その、……」

(誰かの演奏のデータをなぞっているのだろうか)

知りたいなら聞くべきだ。この人は恐らく知っている、そんな気がした。

「どうしました?」

(それとも打ち込んだ?息遣いまで?)


「…さっき、何か言いかけていませんでしたか?」

言い終わって、度胸の無さに溜息を吐きそうになる。

「ああ、」


「明日、ご予定はありますか?」

「明日ですか?予定は無いですけど」

「ちょっと」

黙々と作業をしていた主人がこちらに顔を向ける。

「邪魔するなよ」

「どっちが」

「あの、何の話でしょうか?」

何の話をしているのか分からない。

「ええと、…」

「プラネタリウムを見ませんか?」

困った顔の主人を遮って彼が話す。

「明日ですか?」

「いえ、今から」

「…?ではどうして明日の予定を聞いたんですか?」

「ふふ」

「すみません。言外のコミュニケーションが苦手で」

「いえ、」


「朝まで一緒に居ませんか?ということです」

左耳に低い声で囁かれる。

「ああ、」

(そういうことか…)

そこまで言われてやっと分かった。

「アクアリウムも、テラリウムもあります」

でも、その裏にあるものはまだ分からない。きっと一緒に居るだけではないのだろう。

(でも、)

それも天気と同じだ。興味が無い。


「一つ聞いて良いですか?」

「はい」

「あの自動演奏をつくったのはあなたですか?」

「そうです。そういう仕事をしています」

にっこりと微笑む。


「ピアノもありますよ」

「分かりました」

さっきから、ピアノが弾きたくてしょうがなかった。


「さくらんぼだけ食べても良いですか?」

最後に食べようと思ってさくらんぼを残していた。

「はい。ゆっくりどうぞ」

缶詰のさくらんぼは、茎も、種までも赤い。

その方が分かりやすい。


「僕はピアニストです」

辿り着く場所にしか、辿り着かない。


「あのピアノ、自動演奏時以外はちゃんと弾けますよ。弾きますか?」

後ろの電子ピアノを指して言った。

「いえ、ピアノなら今から行くところにもあるんですよね?」

「ははは、もちろんご用意します」



こうして自分は『水槽』に入れられることになった。





—————————————————


人物紹介


蜷川桐(ひるかわきり)

ハッカー、目の色薄い、黒髪


津村鞠弥(つむらまりや)

作曲家/ピアニスト、味覚音痴、酒に強い


大國草平(おおくにそうへい)

マスター、多分一番年上、眼鏡

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