王太子が告げるには
指先に塗った毒が舌に触れた瞬間、腕の中の人は噎せた。
「愚かな人」
それでも、笑みを向ければ、同じように返される。ゴボと泡を吹いた口を片手で塞ぐ。呻き声が零れてくるが気にしない。ガクガクと足先が、指先が揺れ続ける中でもそれは変わらない。
引き攣れる人を長椅子に座らせる。
「せめても情けです。見送って差し上げますから」
左手で口をこじ開けて、右手で持ったグラスの中身を流し込む。
ひときわ大きく泡を吹いて、首が後ろに倒れる。瞳はもう何も映していないだろう。
もっとも、最初から何も見えていなかった。己の気に入ったもの以外は何も。
死体の隣に座っていると、隠し通路の扉からは従者、表からは姉につけていた侍女が現れた。
「ここまでご苦労だったね」
言うと、二人は同時に頭を下げた。
「最後の仕上げだ。これを部屋に戻しておいてくれ」
死体を指し示すと、従者は素早くそれを担ぎ上げて、また隠し扉の奥に消えていった。
部屋に残った侍女には笑いかける。
「おまえは明日の朝になってから動け。部屋で一人亡くなっていた、とね」
「かしこまりました」
優雅な一礼の後。
「国王陛下と王妃様は悲しまれるでしょうか」
侍女が呟いたのに、吹き出した。
「まさか」
この数年、姉の振る舞いに彼らがどれだけ頭を抱えていたか。僕が軟禁を提案したとき、ほっとした顔を見せたくらいなのだ。
「死んだと告げなくても問題無いくらいさ」
親子の情よりも国王としての判断を優先する。それでいいと僕も思う。さらに言えば、僕にとっても生きていたら邪魔な人だ。
大国に挟まれたこの国に、国を顧みない王女などいらない。
民を、国の美しい風景を守るのが王族に生まれた者の役目。神に託された役目を放り出すほど僕は愚かになれない。
行け、と手を振ると、侍女はもう一度頭を下げてから出て行った。
扉が閉まる一瞬、憐憫を含んだ瞳を見た気がするが、忘れることにして。
さて、と呟いて立ち上がる。隣室では花嫁が眠っている。僕の、この国の未来を明るく変える力を届けた花嫁が。
始末を見られたら困るから、薬を飲ませてぐっすり眠ってもらったが。そろそろ起きる頃合いだ。
「ここで立ち止まるわけにはいかないんだ」
その晩散らした赤の数を僕は一生忘れないだろう。
王太子に恋をした姉の結末 秋保千代子 @chiyoko_aki
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