第15話 待っていたよ、蝶々さん

「急に二人でいなくなったかと思ったら、サブ・ノートの記述が一瞬で増えてるし、ロサンゼルス支部からも緊急連絡が来るし、そんでもって唐突に帰ってくるし……。随分とやらかしたみたいだね。理玖りくらしくもない」


 新巻玲子あらまきれいこは支部長室で椅子に座って、とんとんと指先で机を叩いていた。


「ごめん、支部長代理。でも逆井都姫さかいときの件はまるっと解決したから、許して欲しい」


 理玖の主張に、はあーっと玲子は長々と溜息をつく。


「結果オーライとは言え、危険な作戦を実行したことについては反省しなさい」

「はい。以後気をつけます」

「よろしい。……それじゃあ、事務室に客人がいるから、挨拶するように」

「客人」

「そう。直弘なおひろも連れて行って」

「分かった」


 理玖は控え室に寄って直弘を連れ出し、事務室に入った。ソファには玲子の言葉通り客人がいて、コーヒーを飲んでいたが、理玖が顔を出すとカップを置いて立ち上がり、大きく手を広げた。


「待っていたよ、蝶々さんマドモワゼル・バタフライ! 久しぶりだね!」


 スラスラの英語で話しかけられ、理玖は若干顔をしかめた。


「久しぶり、ロバート。そのニックネーム、やめてって言ったよね?」


 ロバート・リーは歴史修復師協会ロサンゼルス支部の所属である。ヒスパニック系の出身だが、英語も難なく操る。癪なことではあるが、理玖が英語を習得できたのは、この男との会話によるところが大きい。


「何でだい? ゴージャスでナイスな呼び名じゃないか!」

「不吉だっつってんだよ」

「そんなことより、後ろに立ってる君は誰かな? 初めましてだよね?」

「あっ、あの、俺の名前は、福元直弘です。初めまして、ロバート・リーさん」

 直弘は緊張した様子で挨拶した。英語はだいぶぎこちなかったが、ロバートはうんうんと聞き取ってくれた。


「真面目そうな子じゃないか。良い新入りに来てもらえて良かったね!」

「まあ、それは……そうだな。毎度、活躍してくれているよ」

「へえ! 凄いね!」

「……というか、来るの早くないか、ボブ。私たちが修復リペアしてから、さほど時間は経っていないけれど」

「そりゃあ、うちのサブ・ノートの変化を見てから、すぐに飛んできたからね。旅行時計で!」

「何しに来たんだ」

「嫌だなあ、今回の改変チェンジはアメリカ史にも大いに関係があることだったじゃないか! だから日本支部の人と事実確認をして情報を整理しに来たんだよ」

「……ふうん。それじゃあ、支部長代理と話してくれ。私たちは今回何をしたのか一つも覚えていないからね」

「分かってる、分かってる。ちょっと君の顔を見たかっただけだよ」


 ロバートはコーヒーをぐっと一息に流し込むと、さっさと事務室を出て行った。


「Good bye, 理玖、直弘!」

「はいはい。またな」

「ぐっばい」


 やれやれ、と理玖は息をついた。


「支部長代理からきつい説教をもらうと覚悟していたが、忙しくなりそうだし大丈夫だったな」

「あの、俺たち、一応は仕事をちゃんとしたんですよね? 覚えてないですけど……。なのに、どうして説教を?」


 ふふっと理玖は笑う。


「恐らく今回私たちは、既に歴史改変が行われた後になって、歴史改変を無かったことにする、という荒技をやったんだ。詳細は不明だが、この手段はタイムパラドックスの発生を招き易い、危険なものなんだよ」

「そ、そうなんですね」

「何らかの失敗で、私たちはその手段を取らざるを得なかったらしい。今後はもう少し慎重に仕事をやるべきだな」

「へえ……」


 直弘はどこか不服そうだった。理玖がどうしたのかと尋ねると、彼はこんなことを言った。


「でも、結果的に今回は俺たち、逆井都姫に打ち勝ったんですよね」

「ああ、そうだな」

「世界の平和が守られたんですよ。叱られるというよりは、褒められても良いんじゃないかと思うんですけど……」

「そうか? そしたら私が褒めてやろう。よーしよしよし」

「わっ、ちょっと、撫でないで下さいよ! って言うか俺は、理玖さんのお手柄だって言いたかったんです! 俺じゃなくて!」

「ふふん。逆井都姫一人を片付けた程度じゃ、平和はまだ程遠いよ」

「え……」


 理玖は腕を上に上げて伸びをした。


「世の中には厄介なチェンジャーがまだまだいるからね。いつ危険が訪れるかも分からない。仕事は依然として山積みってこと」

「そ……そうですか……」

「でも、ありがとう、直弘。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 理玖がニッと笑顔を向けると、直弘は照れたように手を頭に当てた。


「……さて、そろそろ交代の人員が来る頃だ。早く着替えて、帰って休もう」

「はい」

「また一緒に仕事をしような、直弘」

「はい!」


 理玖はガラガラとパーテーションを引っ張り出して事務室を分断すると、「じゃ、お疲れ」と直弘に声をかけて、着替えを始めた。


 未だ、この世のあちこちに、チェンジャーはいる。だが直弘の言う通り、その内の一人を無力化できたのは、確かに良いことだ。都姫には気の毒なことをしたが、これで煩わしい仕事が減ったと思えば気分も悪くない。


 今日くらいは、自分を褒めてやるか。


 理玖は鼻歌混じりに、帰り支度を続けた。



 おわり

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歴史修復師は躊躇わない 白里りこ @Tomaten

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