第5話 ウワサバナシ 3
「話したいことは先生のことじゃない。あなた、千秋くんのことだからね」
「え?」
正直意味がわからなかった。保科先生と僕は特段中がいいわけではない。保健室に来るのだって数えられるくらいのほんの数回だけ。
そんな僕の話がしたい?意味がわからない。先生は僕の何かを知っているのか?
「あぁ、もう少し言い方を変えるといいかも。えーっと、最近の学生の恋バナがしたいんだよ。ほら、こんな所にいるから怪我してる人しか来ないんだよ。千秋くんなら怪我もしてないし」
「いやいやいや。恋バナしたいなら人選ミスですって。それに一応僕鼻血出してますけど?怪我してますけど?」
「で、最近どうなの彼女さんとは?」
僕と会話のキャッチボールする気ないだろ、先生。
というかなんで知ってんだよ。ツッコミどころ多すぎて間に合わないって。
「確か同じクラスの女の子でしょ?咲さんだっけ?」
「...どこまで知ってんですか。先生の情報網って生徒に繋がってるんですか?」
「そうかもね?」
当然のごとく片目を閉じて唇に指をあてて囁いた。
いつもは見ない保科先生に少し、ほんの少しドキッとした。
「いやいや何考えてんだよ」
「ところでさ、なんか飲む?今出せる物って言ったら水か雪なんだけど」
「...先生。雪は飲み物じゃないと思います」
「そうかな?あんまり変わらないと思うけど。それじゃあ、千秋くんは水でいいね?今から溶かしてくるから待ってな」
「ありがとうござい...って溶かす?」
カツカツといかにも先生が歩く音を出しながら保科先生は奥の部屋に入っていった。
体育で温まった体はもうすっかり冷えていたのに、なぜか寒さを忘れたいた。
本気で雪解け水を出されると思っていたが温かいココアを準備してくれた。他にもクッキーとか一口サイズのチョコが用意されていて、これは長話になりそうだと覚悟をきめた。
「それでさ、咲さんとはどうなのさ?」
「いや、まぁ」
「別れたんでしょ」
「......」
「知らなきゃ声なんてかけないでしょ」
「……」
「どうなのさ。なんか言ってみたらどうなんだい。それとも目を逸らしているだけなのか」
「違いま…」
「そんな曖昧な態度を続けてるから別れるんじゃないのか」
「いや、だから…」
「違う?いや、そんなことないね。千秋くんと咲さんはかなり有名なカップルなんだ。こんな先生にだって知れ渡るほどの。それが最近になって君らが別れたっていう噂が聞こえてきた」
「…噂?」
「そう、君らの噂だよ。しかも、とても悪い噂」
明らかに保科先生の顔は紅潮していた。もう保健室の先生には誰が見ても思わないだろう。
保科先生は自分で準備したコーヒーに一切手をつけず、僕を鋭く睨んでくる。もちろん僕もココアに手をつけられない。ただ形式的に存在するだけのお菓子と飲み物だ。
「まぁ、別れたからなんだっていう訳じゃない。ただ学生の恋バナをしたいって最初に言ったろ?さっき大きな声を出していたのも、テンションが高いだけだよ。そんなあからさまな態度取られるとこっちも困る」
「そんなつもりは…」
先程の口調とは一転し、先生は穏やかに語り始める。保健室には心地よくも、居心地悪さもどちらでもない、異質でねっとりとした空気が僕を取り込んだ。
「で、教えてくれる気になった?」
「この状況で教えたくなる人いると思います?もしいるなら僕とは真反対の人なはずです。」
覚悟は決めていたがどうしても語る気にはなれなかった。自分の別れ話なんて堂々と語るものではないし、どうしても君を忘れたいから。思い出すだけで喉が詰まるこんな思いは消してしまいたい。
「いくら先生でも言いにくいことってあるんですよ」
「ふーん。先生気になるけど、無理に聞いたらこのご時世何があるかわからないからねぇ。少し触っただけでセクハラで訴えられた人もいるぐらいだし...」
「それは特例中の特例な気がしますけど」
「先生もそう思ってたけど、同期が一人恫喝容疑で捕まっちゃったし。他人事に思えなくなったんだ」
「それは...なんというか、大変?でしたね...」
「いやいや別に君が気にすることじゃないよ。悪いのは結局アイツだから」
表情こそ変わらなかったが、声色に隠しきれない気持ちがあることはさすがの僕でも感じ取れた。保科先生のその見えない何かを深掘りするのは、保科先生が僕にしていることと相違ないと思う。だからこそ聞くことはできない。
それから保科先生は僕に安静にするようにとベットに促し、パソコンに体を向け本業を始めたようだった。
僕がベットで促されたこの時間はとにかく気まずかった。触れてはいけないところに触れてしまった気がするからだ。しかも同世代とかではなく先生。
色々考えることが多くてもう嫌だ。なんでも投げやりになってしまう。
あぁ、もうめんどくさい。寝ればなにか変わるだろうなんて浅はかな思いで深くベットに潜った。
ワカレバナシ @jyuno
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