きミがいイひト

 相田瀬奈あいだせなは、美しい女性だ。

 幼い頃からそうであったが、瀬奈はその美貌のせいかよくモテた。

 肩下まで伸びた癖の無い黒髪をさらりとなびかせ、潤みを帯びた茶色がかった大きな瞳で覗き込まれれば、どんな堅物な男でもいちころだった。何の気なしに起こした彼女の行動が意味のある物であると、思い込む人も少なくなかった。

 それでも生来の優しい性格から友人の多かった瀬奈は、大きな問題も起こさず日々を過ごしていた。


 だが、そんな瀬奈がある頃から独りでいる事を選んだ。

 たくさんいた友人と遊ぶことはなくなり、他人との接触は必要最低限に留め、日がな一日を本を読んで過ごした。瀬奈の親も俺の親も瀬奈がいつも独りでいる事を心配していたから、俺は頼まれずとも瀬奈と一緒にいる事を決めた。

 瀬奈が独りでいる理由に気が付いたのは、小学五年生の時だ。昔仲の良かった女子友達が廊下でとある男子生徒と仲良さげに笑いあっていたのを、瀬奈が遠くから見つめていた。

 男子生徒は、四年生の時に瀬奈に告白をしてきた奴だった。困ったことに、瀬奈の友達が好意を寄せていた男だった。だから瀬奈は丁重に断ったのに、それから瀬奈と女子友達はなんとなく疎遠になり、二人でいる所を見ることはなくなった。


 そんな彼らが笑いあっている姿を見た瀬奈はふっと目を細め、嬉しそうに唇に微笑を浮かべると声をかけることなく立ち去った。

 ――俺はその時、瀬奈が独りになることを選んだ理由を知った。




 西日の差し込む門前で待っていると、校舎の方から瀬奈が歩いてきた。


「帰りなよ、キミ」

「荷物があるから」

「水曜日は日用品の買い物があるからね。だから帰りなよと言ったんだ」


「キミは荷物持ちじゃないよ」と言う瀬奈に、俺は笑う。

 そう、ただの荷物持ちじゃない。人の心の機微に敏く、友の最善を想い、美しく気高い君に惚れ込んだ馬鹿な男だ。

 どうすれば君の心が惹けるかと悩み研究し、理想を追い求めて会得してもなお隣に立つことが出来ない。

 年を重ねるごとに美貌に磨きがかかり、誰もが君を振り返る。君に相応しい男になる前に、君に相応しい男が現れてしまうんじゃないかと思うと気が気じゃない。

 だから俺は、一層の研鑽を重ねて自分を高みに上らせる。文字通りのものだけでなく、己の評判をも利用し、汚い手を使ってでも。


「キミはいいひとだね」、と瀬奈がくれる賛辞に嬉しそうに微笑む。


 ツン、と据えた臭いのする橙色の汁が滲む指先を、無意識に擦った。

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きみがいいひと 佐藤 亘 @yukinozyou_satou

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