きみがいいひと
佐藤 亘
きみがいいひと
幼い頃からそうであったが、キミ――彼の愛称だ――はその特性のせいかよくモテた。
例えば、爪が欠けている女子がいたとしよう。本人よりも先に気づき、「爪が割れてるよ、大丈夫?」まで言えたら上々だ。
だが、キミはまず絆創膏を差し出す。
「どうぞ」
言うのはそれだけだ。
爪が割れている事を周知せず、気遣い寄り添う心を示すのではなく、合理的な解決策をまず提示する。要は機転が利くのだ。
はじめこそ「何のことだ」と怪訝そうにされても、やがて女子は自分の爪の惨状に気づく。そうして深く理解するのだ。彼の一連の行動の意味を。
ややこしいのはここからで、一見突拍子も無い行動に意味があったことに気が付いた女子は、「自分だけが彼を理解出来る」と思い込む。それはそれは盲目的に思い込むのだ。
キミが読んでいた本に意味を見出し、キミが発する言葉を深読みし、キミの視線の先にあるものが重要なものであるように考える。――結果、どうなるか。
「まただよ」
下駄箱の靴の中に入った芋虫を取り出しながら、私は大きく溜息を吐いた。
幼稚園の頃から、キミと私は友達だった。隣の家で親同士も仲が良く、夕飯を共にしたり旅行に行ったりと共通の思い出が多々ある程には関係が深かった。
小学生や中学生の時は通いの生徒の校区が一緒なのも相俟って周知の事実であったのだが、県を跨いだ隣の高校には伝わっていないらしい。当然か、と思いつつ、ローファーから芋虫を取り出してそっと外の花壇に逃がした。
キミは、私をよく見る。私が好む本を読み、私にだけ分かる暗号を発し、私の一挙手一投足を見つめる。
話が合うなと感じたのは、小学五年生の時からだ。同じ本を読んでいるのだから当たり前で、昔はオーバーリアクションだったのに今のキミはゆったりとした動作が堂に入っている。静かな人を私が好んだからだ。
「
西日の差し込む門前に、キミが立っている。元芋虫入りのローファーに足をつっかけ、リュックを背負い直して歩きだした私を、待ちぼうけて。
「帰りなよ、キミ」
「荷物があるから」
「水曜日は日用品の買い物があるからね。だから帰りなよと言ったんだ」
「キミは荷物持ちじゃないよ」と言う私に、キミは嬉しそうに笑う。
何故待ちぼうけて嬉しそうなのかも、キミが私を見つめる意味も、私は全部理解している。その上で私は言うのだ。
「キミはいいひとだね」、と。彼の欲しがる言葉を与えないままで。
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