第3話「悔いる囮と囚われの英雄に固く扉は口を閉ざす。」

 ◆◇◇◆

  

  閉ざされた扉に男がもたれかかっている。

  焚き火の前に腰掛けた女が夜空を見上げている。

  二人の居る場所は遠く遠く離れている。

  

俺:やはり、悔いがないと言えば嘘になる。

私:それは、後悔じゃないと言えば嘘だ。

  

俺:固く閉ざされた扉の前で俺はふと思った。

私:固く閉ざされた扉を前に私は口を閉ざした。

俺:勝てる筈がなかったんだ。

私:勝てる可能性は無かったのか?

俺:運悪く勝ち目の無い強敵と遭遇した俺達は、

  みんなで死力尽くして戦って、そして散々に敗走した。

私:それがきっと運命、これまでのツケだったのだろう、

  いとも容易く敗走した私達に与えられた選択肢は二つ。

  

私:一つ。

俺:全員まとめてさようならか。

  

俺:一つ。

私:誰か一人がさようなら、だ。

  

俺:答えは簡単。

  俺は喜んでその役目を買って出た。

私:私にその役目を買って出ることは出来なかった。

俺:普段なら、憎まれ口叩いて顰蹙ひんしゅく買うばかりの俺が、

私:普段なら、憎まれ口叩いて皆を鼓舞するあの男が、

俺:なんと珍しいことに、囮になってみんなを逃がした。

私:なんということだろう、囮になって私達を逃がすと言った。


私:「お前はそんなことを言うやつでは無いだろう!」

俺:「いやぁ、たまには良い子ちゃんしてないと罰が当たるってな」

私:「鎗でも降るんじゃ無いか?」

俺:「いやぁ、俺という存在に新しい可能性が開いた気がする」


私:しかし私は軽口も返せず、彼の提案にただ口を閉ざした。

  

俺:そしてそれ以外の扉を、自らの道を閉ざしたのだ。

私:そしてそれ以外の扉も、自らの心も閉ざしたのだ。

俺:ああ、分かってる、生きて帰れるだなんて思っていない。

私:ああ、分かってたさ、生きて帰れるだなんて思っていない。

俺:命を賭けて、そしてそのまま果てゆく運命と。

私:命を賭けて、そして運命を変えるため果てる。

俺:俺の命一つで未来が繋がるなら安いものと。

私:彼の命一つで未来が繋がるなら安いものと。

  

俺:俺はそう思っていたのだ。

私:いいや、自分の命が繋がるなら安いものと。

  私はそう思ったのだ。

  我ながら自分の醜悪加減に閉口する。

俺:散々だせぇ生き方したんだ、精々最期くらいかっこよく散るさ。

私:それに比べて彼の生き方のなんと高潔なことだろう。

  私もあんな風に散れたら良かったのに。

俺:そんなことを思った。

私:そんな言葉を飲み込んだ。

  

私:その代わり、私は彼を英雄と呼んだ。

俺:ああ、今頃、俺はみんなの中で英雄になっているかもしれない。

  俺はこうして命を賭けて仲間を救ったけれど、

  やがてあいつらは、もっと大きなものを救うんだろうなぁ。

私:命を賭けて仲間を救った彼に報いるために、

  私達はもっと大きなものを救わなければならない、と。

俺:そう、例えば、

私:そう、例えば、

  

俺:世界――とか?

私:世界を――。

  

俺:ははは。

私:ふふふ。

俺:それはいいな、最高だ。

私:ああ、これは、最低だ。

俺:救うと信じたから俺は命を賭けたんだ。

私:彼が命を賭けて守った未来を、彼の思いを私はまだ利用しようというのだ。

俺:だから、きっと救ってくれる。

私:救ってくれた彼のため?

俺:いや、救ってくれないと困るというのが本音だ。

私:いや、彼を犬死にさせた責任をとりたいというのが本心だ。

俺:でなきゃ俺が救われないじゃないか。

私:でなきゃ私はきっと自分が許せなくなる。

俺:それを俺はここからじゃあ見届けられない。

私:きっと彼は、いつも私のことをあの場所から見ている。

俺:でもよ、信じるしかないんだなぁ、これが。

私:だから、裏切ることは許されないのだ、今度こそ。

  

私:何があろうと、私はこの世界を救わなければならない。

俺:しっかり救ってくれよ、世界ってやつをよ。

私:たとえ、代わりに何を失っても。

  

俺:俺は考えた。

私:私は考えた。

俺:考えるくらいしか、もう俺に出来ることは無いのだ、

  精々時間いっぱい考えるさ。

私:考える間もなく答えを出した彼のような最適解を私は出せる自信が無かった。

  けれど、私に出来ることはそれだけだ。

  愚直に精々時間いっぱい考えよう。

俺:ああ、やがて英雄と呼ばれるだろうあいつらだが。

私:ああそれでも、英雄となったあの男は。

  

俺:もしかして、ここに残った俺のことも英雄と、

  いや。

  世界を救った英雄を助けた真の英雄だとか、

  影の英雄だとか呼んでくれたりするのだろうか?

私:たとえ彼にもらった命で私達がどれだけ世界を救おうとも、

  大恩あるあの男、置き去りにしてしまった真の英雄は、

  それでもいつか人々に忘れられてしまうのだろうか?

  

私:そんなこと、

  許されて良いのだろうか。

俺:まぁ別に?

  呼んでくれなくても良いが、どうか、そうだな、

私:それを許せば、人々は彼を忘れ、それどころか私達でさえやがては彼を忘れる。

  あの暗闇に残った彼は、永遠に暗闇の中に囚われる

俺:どうか忘れずに、いつまでも憶えてい抜けて欲しいものだ。

私:だから忘れてはならない、いつまでも憶えていなければ。

  それが犠牲によって救われた者の責務であり、せめてものあがない。

  

俺:そして、あわよくば……。

私:けれど、真に願うべきは……。

俺:いや、よそう。

私:いや、よそう。

俺:そんなの、考えるだけ虚しくなる。

私:そんなことを考えるのは、傲慢だ。

俺:まぁ、何にしても。

私:故に、何としても。

俺:みんなには世界くらいは救っておいてもらいたい。

私:私達はせめて世界くらい救わなければならないのだ。

  

俺:しかし、悔いがないと言えば嘘になる。

私:ならば、後悔じゃないと言えば嘘だ。

  

俺:なぁ、どうしてこうなったんだろうな?

私:あぁ、どうしてこんなことになってしまったのだろう?

俺:問いかけてみても、

私:問いかけてみても、

俺:固く閉ざされた扉は何も応えちゃくれなかった。

私:固く心に閉じ込めた男は何も教えてくれなかった。

  

私:そう、彼はもう私の中にしか居ないのだ。

俺:そう、俺は勝てるはずが無かったのだ。


  ◇◇◆◆

  

私:もしもあの時、

俺:しかしあの時、

私:ただ死にゆく運命を受け入れていたら。

俺:冗談じゃねぇ、ただ負けるのもシャクだからと、

  

俺:「あばよ、みんな。」

  

私:代わりに世界を救うなどと逃避しなければ。

  

俺:「生きろよ。生きて世界を救え。」

  

私:生きたいなんて思わなければ。

私:別れを告げる背中に手を伸ばしていたら。

  

俺:「はは!」

  

私:ああ。

  

俺:「さぁて最期の大舞台だ。」

  

私:なんて、大見得切った彼を止められていれば。

  

俺:「命尽きるまで踊り明かしてやろうじゃねぇか!」

  

私:死を覚悟した彼の笑顔に秘かな安堵を覚えなければ。

  彼の隣に並び立ち最期まで、命尽きるまで共に戦っていれば。

俺:そんな啖呵たんかをきってみたのは失敗だったのだろうか。

  

俺:勝てる筈がなかった。

私:勝てる筈などなかったよ。

私:分かっている。

俺:けれどどうしてなのだろう。

私:けれどどうしてなのだろうな。

  奇跡的に生き残ることもできたのでは。

俺:そう、俺は奇跡的に生き残った。

私:そう、思ってしまうのだ。

俺:生き残ってしまったのだ。

  

私:何をのたまう。

  彼に救われた分際で何をいけしゃあしゃあと宣うか私は。

俺:何を隠そう隠しようも無いほどに、俺は今ぴんぴんしてるのだ。

私:恥知らずにも程がある。

俺:恥ずかしいくらい元気だとも。

  

俺:自分でも驚いてしまうのだが、傍から見れば俺とあの化物、どちらの方が化物なのか分からない。

俺:逃れざる死を覚悟して、

私:逃れざる死を覚悟して、自ら死地に赴いた彼への侮辱に外ならない。

  そんなものは、

  恩を当たり前のように享受して思って良いことでは決して無い。

  感覚が麻痺しているのか。

俺:却って感覚が鋭くなったのか、

  或いは半ばやけくその賜物なのか、

  掠れば軽く死ぬような化物じみた、

  というよりかは、化物そのもの。

私:あの窮地を生き残らせてもらっておいて、

  かも知れなかったと思うくらいなら、いっそあの場で死ぬべきだった。

俺:必殺の一撃が雨やあられと飛び交う嵐の中を、

  俺は病葉わくらばのように舞いながら、

  しかし全て紙一重で回避しきった。

私:自分でも恐れ入る、未だにそんな馬鹿げたことを考えているのだから。

  彼の決意を、彼の選択を穢すくらいならば、

  いっそ私があそこに残るべきだった。

俺:鬼神もくやの奮闘ぶりだ。

私:神にさえ分からずとも私には分かる。

俺:なんて言ったなら、それはいくら何でも自信過剰だろうと言われるかも知れないが、それ程までに俺は頑張った。

私:真に生き残るべきなのは私とあの男、いったいどちらが良かったのか。

  などと言えば、不遜もここに極まれりと言った具合だが、そんな物は明白。

俺:一撃で与えられる死を回避し、相手の命をほんの僅かに削る戦い。

私:けれど、天秤にかけるのも烏滸がましい。

  命を賭した彼は英雄で、私など足下にも及ばない。

俺:蟻が熊に噛みついて殺すような永遠にも感じられる無謀な奪い合いの果てに、

  いつしか強敵はその動きを永久に止めていた。

私:彼だ。あの場の私に生きる価値などあるだろうか。

  私が残ったところで、皆を生きて逃がすことは出来なかった。

  或いは皆で彼を逃がそうとしても同じことだろう。そして、

  

俺:そう、俺は生き残ったのだ。

私:私達は彼の犠牲を飲み込んだ。

  

俺:なのに、

私:なのに、

私:あの時私は彼との別れ際にこう言った。

俺:あの時あいつが別れ際に言った。

  

私:「死なないで」

  

私:尊い犠牲を許容したばかりの心で恥ずかしげも無く涙を流し、

  懇願するようにそう願った。

俺:涙を浮かべて告げられた願いに応えたというのに、

  ちっとも晴れやかなんかじゃなかった。

  

私:私達の未来を守り抜こうとあの場に残った彼は、

  その言葉に何を思ったのだろう。

俺:たとえ残された俺がどうなろうと、

  みんなの未来だけは守れるようにと行動した筈なのに。

私:こんな私には分かるはずも無い。

  その答えを私が知ることも叶わない。

  みんなを守るという役目を果たした唯一の功労者は、

  固く閉ざした扉の向こうで、今や物言わぬ骸となっているのだから。

俺:勝てるはずの無い追っ手は今やもう骸となって、

  物言わぬ扉はみんなを守る役目を果たすことなく、

  結果として功労者の俺を閉じ込めるに終わった。

私:彼の命を奪ったのはあの化物では無い、私だ。

俺:いいや、結果として閉じ込められるべき化物の椅子を奪い取っただけ。


俺:何なんだよ、一体。

私:何なのだろう、私は。

私:全てが失策で失態でその果てに大切な者を失った。

俺:全てが裏目に出ているようにさえ思う。

  

俺:はっきり言おう、悔いがない訳がない。

私:紛れもない、後悔でしかありはしない。


俺:俺は馬鹿じゃないのか。

私:私はなんと愚鈍だろう。

  何故もっと念入りに調べ上げ、慎重に行動しなかったのか?

  私には努力が足りなかった。

俺:頑張っても頑張らなくても結果が同じなら、

  頑張るだけ損じゃないか。

  それを身を以て味わった気分だ。

私:私はそのツケを彼で支払ったのだ。

俺:何ということだろう、輝かしい勝利はどこへ行った?

私:尊い犠牲?

俺:勝利の美酒は苦かった。

私:違う、それはただの怠慢の代償だ。

俺:死合いに勝って勝負にも勝ったというのに、

私:当然の帰結に何を今更後悔する。

  英雄を死地に追いやり奪い取った椅子に腰掛けて、

俺:俺はここで死を待つばかり。

私:ああ、飲み下す悲劇のなんと甘美なことだろう。

俺:不退転の覚悟が無ければ勝てなかったのかもしれない。

私:それは許されざる悪徳だ。

俺:が、運命というのはなんとまぁ悪戯だ。

私:運命という言葉で体よく片付けた彼も今となっては思い出で、

  己を、皆を騙して鼓舞するための便利な道具に過ぎない。

  そして得意げに、

俺:徒に散りゆく羽目になるなんて。

私:彼に報いるためなどと宣うことの何と醜悪なことか。

  

私:彼の犠牲に報いるなんて謳いながら、

俺:今思うのはそう、

私:結局のところこの思いは、

俺:自己犠牲なんて結局はライブ感なんだなってことだ。

私:我が身かわいさで生き残ったバツの悪さを、

  誤魔化す為の演出でしかありはしない。

  

俺:一瞬に命を賭けて、俺は

私:あの男が命懸けで救ってくれたこの命は、ただ無為に、

俺:ただただ無価値に、死に至るだけの時間を勝ち取った。

私:虚ろな後悔を繰り返す。

俺:そんなもの今すぐ投げ捨ててやりたい。

私:そんなもの捨て置けば良かったのに。

俺:しかし捨てる気力も湧いてこない。

私:無論、それを自ら捨てる勇気は湧いてこない。

俺:いっそ戦いの中で潔く散ったなら、

私:いっそあの戦いの中に身を投じられたなら、

俺:こんなことを思わなくて済んだんだとすれば……、

私:こんなことを思わなくて済んだのだ。などと考える私を救った彼は、

俺:やはり俺は賭けに負けたのだろうな。

私:きっと盛大に掛け違えていた。

俺:保険を賭けすぎたのだろう。

私:私に、私達にそんな価値はない。

俺:或いは張りすぎた。

私:勘違いだったのだ。

俺:頑張り、張り切り過ぎた。

私:ならば結局彼も愚かだった。

  

俺:いや。

私:いや。

  

私:もしかすると、逆に、

俺:もしかすると、逆に?

私:あれだけ強く聡明だった彼が、何故生きることを諦めたのか。

俺:あれだけ強かった敵を何故倒すことができたのかを論理的に考えると、

私:それを改めて考えると、

俺:俺が鬼神になったのでは無く、

私:私達を生かすという選択は過ちだったのでは無く、彼の選択こそ、

俺:俺の選択が敵のモチベーションを削ることに成功し、

私:やはり唯一の答えだったのかも知れないと思える。

俺:敵を木偶の坊に変えていたと見ることもできるのかもしれない。

私:私達はどうしようも無い屑に過ぎなかったが、

俺:そう、これはきっとまやかしの勝利。

私:こうして彼を失った今、もしかしたら……。


私:いや、これは所詮私にとって最も良心の呵責の無い都合の良い考え方だ。

俺:それによって、勝つ意味の無い戦いに勝った俺はやはり馬鹿なのだろう。

私:その選択で、救う価値の無い者達を、

  やがて世界を救える何かに昇華するための犠牲、

俺:いや――。

私:儀式だ。

  

俺:は、ははははは。

私:ふ、ふふふふふ。

  

俺:ああ、なんだ、そういうことか。

私:ああ、なんだ、そういうことか。

俺:命尽きることもなく踊り明かした俺は。

私:死を覚悟した彼の笑顔に秘められていたのは、

俺:蓋を開けてみりゃ鬼神だなどと大見得切った、

私:先を見据えた彼の手のひらの上で躍る私達、

俺:呆れるほどの道化だったというわけだ。

私:呆れるほどの道化だったというわけだ。

俺:そうかそうか、得心いった。

私:そうかそうか、得心いった。

俺:ああ、それでも、

私:ああ、それでも、

  

俺:それでも、悔いがないと言えば嘘になる。

私:それでも、後悔じゃないと言えば嘘だ。

  

俺:「ざまぁないぜ」


俺:ふと溢した言葉に応えてくれる者は、誰もいない。

私:きっと彼ならそう零すだろう。

俺:ここには誰も居ない。

私:隣に居なくたって聞こえる。

俺:或いは俺すらもう居ない。

私:或いは聞こえなくてももう分かる。

俺:世界から弾き出された、いや自分で自分を弾き出した俺は居ないに等しく、

私:彼の弾き出した答え


俺:「生きろよ。生きて世界を救え。」


私:それがきっと全てだったのだ。

俺:だから、そんな俺にできるのは、

私:そんな私にできるのは信じること、

俺:信じることただそれだけだ。

私:彼の計算は正しくて、私達が世界を無事、

  救えるように成長するということをだろうか?

俺:今頃世界が無事、救われていることを?

私:それとも、私のことを嫌っていた筈のあの男が最後に

俺:「あばよ」

私:と言ったそのとき、

俺:それとも、俺のことを嫌っていた筈のあいつが最後に

私:「生きろ」

俺:と言ったそのとき、

私:あの男の背中が

俺:あいつの目が

俺:「また会おう」

私:「助けに来る」

俺:と言っていたように見えたなんて、馬鹿げた俺の願望をだろうか?

私:と言っていたように見えたなんて、馬鹿げた私の願望をだろうか?

俺:だが、そんな答えはもう分からない。

私:そう、そんな答えはもう分かっている。

俺:分かる必要も無い。

私:考える必要も無い。

俺:信じる訳でも無い。

私:迷っている暇も無い。

  

私:それなら、私達はただ世界を救おう。

  あの化物に敗北した恐怖を糧に克己し、

  身体を鍛え、

  技を磨き、

  この助けられた命で彼が救えただろう命よりも多くの命を救い、

  いかなる逆境にも抗い、

  どんな絶望にも立ち向かおう。

  生きるのだ。

  たとえ希望の見えない戦場でも彼が見た未来を信じて、

  ただ生きて生きて生き抜いて、

  限界さえも彼を理由に越えてやろう。

  それだって、

  あの死地に赴く彼の勇気に比べたら、

  大した物ではないと笑い飛ばしてやろう。

  どうしても駄目なときは、あの時彼が助けてくれたように、

  私達の心はきっと彼が助けてくれる。

  なんてひどい、言い種だろうか。それでも

  「生きるべきは彼だった」なんて言い訳してるよりずっと良い。

  それに、

俺:それでも、

  あのクソマズい化物の肉を焼いて食って、

  干して食って、

  腐っても食って、

  吐いても食って、

  残った骨までなんとかしゃぶり尽くして、

  食らいつくして、

  限界ギリギリ、

  そう丁度あの戦いのような望みの無い、

  無限に続く無為で無辺の時間を過ごしたように、

  生きて生きて、

  生き続けてみたとしたら、

  その時には、

私:もしかしたら――

俺:もしかしたら――

私:なんて、結局、

俺:なんて、結局、

  

俺:何をどうしたところで悔いることになるのが真実だろう。

私:何をどうしたところで後悔するのは目に見えているのだから。

  

俺:そんなもっともらしい呟きは、

私:そんな言い訳じみたささやきは、

俺:淡く静かに閉ざされた空間に響いて消えた。

私:響くともなく夜空のどこかに消えていった。


  

俺:けれどああ、どうしてだろうか。

私:けれどそう、どうしてだろうな。

俺:今この時に、

私:どこか遠いところで、

俺:同じように、

私:違う形で、

俺:悩み、

私:苦しみ

俺:後悔して、

私:悔いている、

俺:あいつが、

私:あの男が、

俺:いるような、

私:もういない筈なのに、

俺:助けになんて来ないだろうに、

私:とっくに死んでしまった筈なのに、

俺:その呟きが、

私:その囁きが、

俺:聞こえたような、

私:届いたような、

俺:……なんて、

私:……なんて、

俺:馬鹿馬鹿しい。

私:下らない。

俺:そんなわけ無い。

私:あるはずが無い。

俺:考える必要も無い。

私:分かる必要も無い。

俺:ただ、

私:ただ、

俺:それは予感だ。

私:そんな気がする。

俺:いつか、

私:いつか、

  

俺:「いつか、また会おう。」

私:「いつか、助けに来る。」


俺:それは言えなかった言葉で、

私:それは飲み込んだ言葉で、

俺:どうしようも無くすがってしまう。

私:どうしようも無く願ってしまう。

俺:囮になった馬鹿な男を、

私:囚われの真の英雄を、

俺:助けになんて来てくれるだろうか。

私:救いに行くだなんて烏滸がましいか。

俺:まぁ、

私:何にしても、

俺:その頃には死んでいるかも知れないが、

私:もう既に骸となっているのだろうが、

俺:関係ない。

私:関係ない。

俺:生きていようが、

私:死んでいようが、

俺:あの目と交わした、

私:あの背中と交わした、

俺:約束は、

私:約束は、

俺:守ろう。

私:守り抜こう。

俺:なぁ英雄さん。

私:なぁ真の英雄さん。

俺:俺は生き抜くぜ。

私:私は生き残るよ。

俺:まぁそれでも、

私:まぁそれでも、

俺:駄目だったときはあの世で笑い合おう。

私:志半ばで倒れたら怒ってくれよ。

俺:なんて言ったら怒られそうだな。

私:なんて言っても笑ってくれるか?

俺:やめだやめだ。

私:縁起でも無い。

俺:なんて、

私:なんて、

俺:何やってんだろうな、

私:何やってるんだろう、

俺:馬鹿じゃないのか。

私:愚かにも程がある。

俺:けど、こんな時くらいは良いじゃ無いか。

私:けれど、こんな日くらいは良いだろう。

俺:さて、

私:さて、

俺:生きるぜ。

私:生きるよ。

俺:扉の前で。

私:扉の向こうで。

俺:約束だ。

私:約束だ。

俺:それと、

私:それと、

俺:救ってこいよ。

私:救ってくるよ。

俺:世界ってやつを。

私:世界ってやつを。

俺:それで全部終わったら、

私:それが全部終わったら、

俺:固く閉じた扉を開けて、

私:固く閉ざした扉を抜けて、

俺:また会おう。

私:また会おう。

俺:約束だぞ?

私:ああ、約束だ。

俺:信じてるぜ、シャノン

私:見てろよ、ニコラス。

俺:この選択だけは、

私:この選択だけは、

俺:後悔しないように。

私:悔いの残らないように。

  

  ◇◆◆◇

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悔いる囮と囚われの英雄に固く扉は口を閉ざす。 音佐りんご。 @ringo_otosa

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