第11話 三文役者達はかく語る

 大劇場の舞台の上に乗せた机を挟み、私達は味の薄い紅茶を飲んでいた。

 誰もいない観客席は、当然だが幕のある私達の方へ全てが向いていて、なんだか妙な気分だった。


「――そうか。 あの娘は無事に意識を取り戻したか」

「ええ、でもこれは紛れもないイトリさんのおかげですよ。 貴方が本物のエレナさんを連れてこなかったらどうなっていたことやら」

「ねえ、なんで私がここにいるのよ」


 魔女はシュガーポットから砂糖をスプーンですくうと、次々とディーカップに入れた。最早砂糖水じゃないか……


「こほん、だがアニマ。 キミを手助けするのは今回が最後だと思って欲しい」

「どうしてですか?」

「ねえ聞いてんの?」

「君の獏としての手腕を磨くためだよ。 いつまでも人に頼ってばかりじゃ成長できないからね」

「分かりました……それは残念です」

「おーい怒るぞー ほんとに怒るぞー」


 相手にされないマナは館長の髪をいじって遊びだした。


「だが、君たちが入っていく夢はこれからも見続けるよ。 おい! 18世紀のフランス貴族みたいな髪型にするな!」


 あっという間に館長の髪は高く結いあげられていた。


「ともかく、二人のやり方はとても面白い……だって本当だったら夢に深入りなんてせず、さっさと食べて放り出せば良いものを、自らの意志で覚まさせようとしているのだから!」

「……」


 それを言ってしまうのか、彼女の前で。私は思わず頭を抱えた。

 マナは目を大きく開き固まった。そしてすぐに崩れ、明らかに怒っている表情に変わった。


「ア、アニマー。 ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかなあ?」

「……どうぞ」

「夢を食べれるってどういうこと⁉ 最初からそうすればあんな時間かけなくてすむじゃない!」


 机に身を乗り出してマナは噛みつくように口にした。


「……ああ、確かにそうだ。 だがそれには理由があるんだ」

「僕も気になるな」


 人の気も知らないで……

 イトリは好奇心で一杯の視線を私に向けた。


「……マナ、勿論イトリさんも分かると思うが夢に沈む人というのは概して心に悩みを抱えている。 仮に、私がその人の夢を喰いつくし、外の世界に戻したとしよう。 これで問題が解決したと思うか?」

「うーん」

「どうだろうな」


 二人からはどちらも曖昧な返事が返ってきた。


「……私はこう思う。 これでは一切の解決にもならない。 火を一度消したとしても、ふとしたきっかけでまた燃え出すかもしれない。 要するに、火を起こしてしまうかもしれない、火種自体を取りさる必要があるんだ」

「なるほど、キミは夢に沈んだものを本当の意味で助けているんだな。だとしたらキミは文字通り夢相談所をやっているわけだ」

「ええ」

「……」


 マナはまだ腑に落ちないようでで首を傾げていた。


「まだ納得のいかないとこがある?」

「ううん、別に。 アニマ、言いたいことは分かるよ。 でもさ、そもそもさ。 夢に沈む人は現実が心の底から嫌だ―ってなるから殻に閉じこもるじゃない? だとしたら――それってお墓を掘り起こしている事と変わりないんじゃないのかな?」


 それはつまり、夢から覚ます事が覚ます側のエゴであり、当人の希望ではないのではという事だった。


「……」


 頭を強くぶたれたような気分だった。返す言葉を失ってしまった。それは違うと自身の意思は確固として分かっていたが、それを表現する言葉が浮かび上がってこなかった。


 私は反駁する事が出来なかった。


 そんな私を嘲るように紅茶の底で葉が揺れた。

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三文役者の戯曲 鳥宮奏 @eggball

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