神様の初恋。

あきとん

第1話 神様の初恋。①

ここは、母なる大地より天つ空。

数多あまたの世界を管理する神々が住まう天上の都―――エデン。

雲海には色鮮やかな天花が咲き誇る。

十二神の一人、クロノス。

時空と時を操る。神の一柱である。

長い艶やかな黒髪をだらしなく雲の上に垂らし

穏やかな風が吹き抜ける雲の上で惰眠を貪っていた。

彼は、退屈していた。

神々は、数多の世界を創造した。

だが、生まれ出た生命には無関心だ。

やる事も特になく、只々虚しく時が流れる。

それもこれも、定められたルールがあるからだ。


神は、過剰に生命に干渉してはならない。

神は、いかなることがあっても事象に関わってはならない。


「つまらぬ。退屈……つまらぬ……暇。」

天に咲いた天花の花びらを一枚、また一枚。

指で摘まんでは投げ、摘まんでは投げを繰り返す。

「最後の花弁がなくなったら……」

彼は思案する。

神々の暮らしは、暇だ。つまらない。退屈。

その暮らしは、怠惰だ。

「何もしないか……暇つぶしをする。」

天花の花弁が、綺麗に二つに重なっていた。

何もしないと言いながら一つを摘まみ捨て。

暇つぶしをすると言いながら最後の花弁を摘まむ。

「ほぉ、暇つぶしをしよう。」

彼は寝腐れ髪のまま、むくりと立ち上がった。


遥か天つ空の上―――。

見下ろした大地には無数の生命の魂を感じる。

どれほどの時が経ったのだろうか―――。

彼は、退屈しのぎに地へと降り立つ事にする。


ひょいと、雲を蹴り。

勢いよく大空へ飛び出す。

全身を吹き抜ける風は心地が良い。

雲海を抜け、色彩豊かな大地が見える。

冷たい風が、だんだんと温かい風へと変化する。

遥か遠くに見えていた大地がどんどんと大きくなる。

地面すれすれで風はピタリと止み。

ゆっくりと地に降り立つ。


久方振りの大地には、新緑が生い茂り、微かなせせらぎの音。

小鳥の囀りが、せせらぎの音と重なり音楽を奏でている。


「ほぉ、心地よい。」

ぽつりと声を発する。

地を踏む感触は心地よく、その場で足踏みをする。

柔らかい土と苔の感触が面白い。

彼は、ついつい周りを気にせず土遊びに興じる。


「誰かいるの?」


土遊びに熱中しすぎて、彼は生命の存在に遅れて気づく。

声を発した生命に目をやる。

そこには、怯えた表情を向ける少女が一人。

木の棒をこちらに構え、震えている。


「うむ、しまった。これは、しまった。」

、過剰に生命と干渉してはならない。

彼は、思考する。そして、ひらめく。

「すまない、道に迷ってしまった。」

彼は、その生命に偽装することにした。


「そうなの?そんな薄着で履物も履いてないし遭難したの?」

少女は、ほっと胸を撫で下す。


彼の出で立ちは、確かに遭難していると言われたらそうだ。

衣服は身体に白い布を纏わせたモノ。

服というよりは、布を巻きつけてるだけである。

半裸といった格好だ。

天上では、履物など存在しない。

なので、裸足が当たり前だ。


「そうだ、してしまったのだ。」

彼は、当たり前のように堂々とした立ち振る舞いで言う。


「ふふっ、おかしな人ね。」

微笑みながら彼女は言う。


「うむ、そうだ。我はおかしな人である。」

鼻高々に、彼はそう言い放つ。

彼にとって生命の言葉は理解し難かった。

褒め言葉だと思っていた。


「あははっ、自分でおかしな人って言うなんて……。」

少女は、お腹を抱えて笑い出した。


「ほう、あははははっ!」

彼は、少女の真似をするように腹を抱えて笑う。

笑うと不思議と身体がポカポカと温かくなる。

面白い。彼は心の中でそう感じていた。

一頻り笑いあった後、少女は言う。

「あなた、名前は何て言うの?」

名を問われた彼は、真名を言うのを躊躇った。

「うーむ、そうだな。困った……。」

彼は首を傾げながら言う。

「うーん、そうである。名付けてくれまいか?」

彼は、少女に提案する。

「えっ!?何で?」

驚きの声を発する少女。

「うむ、そうであるな。訳は言えぬ察してくれ。何でもよい。」

彼女は思案する。

指を口元に当てながら、ぐるぐると彼の周りを回る。


長い艶やかな黒髪。

切れ長の目。

神々しささえ感じさせる、眉目秀麗な美男子。

少女の目にはそう見えていた。

彼女は、その姿を見てパッと名を思いついた。

「じゃあ!―――クロなんてどうかな?」

少女は、彼の見た目でそう名付ける。

「クロか……うむ、そうだ我はクロだ。良い名である。」

彼は、名づけを気に入った。

自身の真名はクロノスであり、当たらずといえども遠からず。

いい線であった。彼は非常に満足した。

「気に入ってくれて嬉しい。」

少女は微笑む。


クロと名付けた彼は、どこか浮世離れしている。

だがとても、悪人にも見えない。

純粋無垢な世間知らずの青年。

とても遭難者には見えない。

足元の土汚れ以外は、まったく汚れていないからだ。

しかし、少女は不思議な安心感を感じていた。


「ふふっ、じゃあクロさん。一緒にここから出ましょう。」

少女は、彼の手をとる。

柔らかく小さな手だ。

温かさを感じる。

これが、人族という生き物か。

彼はそう思った。


彼にとって初めての人との接触。

神としてではなく、人として触れ合っている。

初めての経験。

繋がれた手から感じる温もり。

不思議と悪くないと彼は感じた。


彼は、少女に手を引かれ森の中を歩く


裸足の彼は歩く度に、黒土の感触が変わるのが面白かった。

「良いな、これが地上の土か……やはり良い……。」

彼は、足元に伝わる感触が変化するのが楽しくて仕方がなかった。

再び、その場で足踏みをしながら遊び始める。


「ふふっ、本当におかしな人ねクロさん。」

少女には、土で感嘆の声をあげる不思議な青年。

そういう風に見えていた。

「ほう、これは何だ?」

一本の青々とした緑樹。

その根本に生えている茸に手を伸ばす。

「あっ、駄目!」

少女は、彼を制止する。

ピタリと動きが止まる―――。

「その茸……襞の部分に毒があるの。触ると手がかぶれるよ。」

「ほぉ、そうか。ありがとう。助かった。」

彼はそう言って伸ばした手を引く

「しかし、お主……詳しいな。我は無知だ。」

彼は、神だ。

この世界を管理する側の神。

だが、過度な干渉を許されていない―――。

彼にとっては知らない事ばかり。


少女は、頬を膨らませながら言う。

「クロさん、私の名前!お主じゃないよ!」

彼は、首を傾げながら言う。

「ほぅ、そうかそれはすまない。名を教えてくれ」

「私の名前は―――。」

そう言いかけた時、彼は別な生命の気配に気づいた。


「何かいる―――。」


彼は、名を言いかけた少女の口を塞ぎ言葉を遮る。


新たな生命は、人族とは別な進化を遂げたモノ。

この世界に溢れるマナという神の神秘。

それは、大地から溢れ二つの進化を生命に与えた。

マナを包容する器官コアを備えた生命。

この世界ではそれを魔物モンスターと呼称している。


「ほぅ、これはこれは初めまして……。」

うねうねとした軟体な身体。

粘着質な粘液を持つ、奇怪な生命。

身体からは、強い毒素を放っている。

こちらに、強い敵意を向けていることが分かる。


神は過剰に生命に干渉してはならない―――。


神の力を持ってすれば、対処など造作もない。

だが、彼はそのルールに縛られており

向けられた敵意をどうするか対処方法を考えていた。


「ポイズンスライム!こんな村の近くにッ!」

少女は驚きの声を上げた。

「ほぅ、これがスライムという生命か……。」

彼は、初めて見るスライムに興味津々だ。

「早く!逃げましょう!クロさんこっち!」

少女は、強い力で彼を引っ張る。

「どれ、まだゆっくり見ていたいのだが?」

「そんな悠長なこと言わないで!死んじゃうよ!」

ぐいぐいと引っ張られる。

彼は、少女に大人しく従うことにした。


走り出した少女に引っ張られる。

少女の手は汗ばみ、恐怖の感情が伝わる。


村へと続く道をポイズンスライムに塞がれたため。

少女は元いた場所へと引き返す。

木々の根に足をとられそうになりながら

それでも、少女は足を止める事無く走り続ける。

だんだんと川のせせらぎが聞こえてくる。

彼と出会った場所だ。


「酷く怯えているが……何かあるのか?」

彼は、少女に訳を尋ねる。

ポイズンスライムからは大分距離をとる事ができた。

少女もそれを分かっているのか足を止めた。

「うん、そうだよ……。」

俯く少女。唇を噛みしめ酷く怯えている。

続けて語り始めた。

「私の両親がいないんだ……。お兄ちゃんと二人で暮らしてる。」

少女は、疲れたのか太い木の根に腰を降ろす。

「あのスライムは強い毒を持っているの……。」

「うむ、見れば分かる。」

「ははっ、そうだよね。」

無理に笑う、少女。

「だが、わからん。あれのどこが怖いのだ?」

彼には、理解できなかった。

「うん、クロさん。私の右腕を見てくれる?」

少女はそう言うと、服の袖を捲し立て右腕を見せる。

右腕の肌は黒々と斑点模様を描いている。

「これは……。」

彼は、少女の右腕を触る。

感じるのは強い毒素。

どうやら、少女の身体を蝕んでいるようだ。

微かに、あのスライムのマナを感じる。

「あの魔物の毒であるな……しかも大分前に感じる。」

少女は驚いた表情を浮かべる。

「すっすごいね。そうだよ。幼い時に襲われたの。」

「なるほど……。そういう事か……。」

彼は、触れていた肌から手を離す。

「うん、両親が助けてくれなかったら私は死んでた……。」

少女は、寂しい目をしながら捲った袖を元に戻す。

「両親は毒にやられてしまったのか?」

「うん、そう。私たちの家系は代々毒に弱いの……。」

「そうか……それは、何だ……さぞ大変だっただろう。」

こういう時に、どう慰めればいいのか彼には分からなかった。

だが、彼の手は自然と少女の頭に手を乗せていた。

不思議と、こうした方が良いと思えた。

優しく髪を撫でる。

少女は、俯き顔を紅潮させる。

「クロさん……!?あわわわっ」

少女はいきなり髪を優しく撫でられ慌てふためく。

彼は、慈愛に満ちた表情を浮かべる。

全てを包み込んでくれる優しい手。

少女の目からはポロポロと涙が溢れていた。

「無理はよくない……泣きたい時には泣いてよいのだ。」

「うぇ……えぇん、何で何で我慢できないの……。」

少女は、両親を亡くし兄を悲しませまいと必死に強がって生きてきた。

誰にも、その気持ちを吐露する事は出来ず。

溜め込んだ感情が涙となって溢れ出す。

「良いのだ……。お主は頑張っている。」

「ふぇ、お主じゃない……シュンカぁ。私の名前……」

嗚咽交じりに、少女は自身の名を言う。

「そうか、シュンカぁ。良い名ではないか。」

彼は、涙を拭いながら言う。

「シュンカぁじゃない……シュンカだよ……。」

「ほぅ、それはすまない。シュンカ。」


川のせせらぎと少女のすすり泣く声だけが森に響く

ゆっくりとした時が、流れる。

彼は、少女を助けてやりたくなった。


神は、生命に過剰に干渉してはならない―――


ルールが頭に響く―――。


彼は煩わしく思った。

少女の状態は、深刻であるのは明白。

黒々とした斑点模様は、彼の目から見たら全身に広がるのも

時間の問題だと分かる。


彼は、助けたいと思った。少女を救いたいと思った。


何故―――?それは彼にもよくわからない感情。


今にも、消えてしまうかもしれない少女の命。

何故救ってはいけなのだ?

彼は、頭に響くルールに逆らう。

今まで痛みを感じたことなどない。

それは、神だからだ。

だが、彼は初めて痛みを知る。

頭を貫くような鈍い痛みが走る。

「ッ―――!何なのだ!」

彼は、頭を抱え蹲る。

「クロさん!どうしたの!大丈夫!」

少女は駆け寄り、彼の身体を支える。

「なるほど……これは罰なのか……。」

少女を救いたい、何故救いたいのか―――。


彼は、気づいてしまった。


それは、決して哀れみではない。


それは、決して同情でもない。


そう、彼は少女に恋心を抱いたのだ。


「なるほど……そうか…そうであるか。これが恋か―――。」

彼は、苦しみ悶えながらポツリと言う。

「こっ恋!?あふぇッ」

少女は、耳まで赤く染まり頭から湯気が出ている。

「どうやらそのようだ。我はシュンカが好きなようだ。」

火の玉ストレートな告白に、少女は口をパクパクさせる。

「頭は痛いが、胸が締め付けられる……不思議だ、心地よい。」

彼は、初めて感じる感情に嬉々としていた。

「会ったばかりだよ!なっなな何で!?」

彼は、慌てふためく少女を横目に言う。


「ふむ、神らしく言うなれば運命というものだろう……きっと」























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