第11話 噂の敏腕弁護人
ハルシア、いや、弁護人ハル=マグノリーは鬼の形相でペンを走らせていた。
忙しい。とにかく忙しい。
先日の裁判でセレナの潔白が証明されたことで、社交界に激震が走った――らしい。
弁護人とやらに頼めば、これまで耐え忍ぶしかなかった問題を解決してくれるらしい。
という噂が広まったのか、高貴な女性たちから続々と依頼が舞い込むようになった。
「ハルさん、ノアール夫人の離婚相談の件、今どうなっていましたっけ?」
法に関する文献の山から、金髪の青年がひょいと顔を覗かせる。
「調べはついていて、今資料をまとめているところです。夫人に面会の依頼をしてもらえますか?」
「分かりました。頼りないかもしれないですけど、雑用でも何でも、どんどん仕事を振ってくださいね。あと、丁寧な言葉は不要です。僕の方が歳下ですし」
(優秀だし、本当に良い子。姉のことになると、ちょっと過激だけど……)
猫の手も借りたい! というハル=マグノリーに手伝いを申し出てくれたのはセレナの弟、アレス=トルマリアだった。
丁度この春、学院を出たアレスは法学者の父に弟子入りしたいと考えていたようだ。
しかし、姉の裁判を経て、弁護人を目指すことに決めたらしい。
父、ウィスティー伯爵は大層喜んで彼を迎えたが、ハルシアに婚約を勧めることはしなかった。
レイモンとの婚約破棄の件で慎重になっているのだろう。
「アレス様……アレスさんは公爵家のご令息ですから、雑に扱うことはできません」
「今の僕は公爵家のご令息ではなく、ただの助手です。それに、ハルさんのことを本当に尊敬しています! 貴方のようなかっこいい弁護人になりたいのです」
「かっこいい?」
ハルシアは瞬きを繰り返す。初めて貰った言葉だ。
「はい。ハルさんはこのところ負けなしで、巷では敏腕弁護人と呼ばれているんですよ。同じ男として憧れます」
「勝てたのは運が良かったからですが……ありがとうございます」
新米弁護人は素直に嬉しく思った。同時に、上手く男装ができていることにも安堵した。
「そういえば、結婚お披露目式にハルさんが参加できないと聞いて、二人とも残念そうでした」
「え、あ、ああ……色々事情がありまして……」
イザクとセレナの結婚お披露目式は半年後になるらしい。
片や王族、片や公爵家のご令嬢と格式高い結婚なので、最短でも準備にそれだけの時間がかかるとのことだ。
僭越ながらハル=マグノリーも招待状を受け取ったが、辞退せざるを得なかった。
(シノ王子にパートナー役として同行して欲しいと言われて、面倒なことになっているなんて言えない)
体裁を保つために隣を歩いてくれる女性が必要ということだったが、それがハルシアである必要はない。
柔らかくお断りを入れたが、シノ王子はなんとウィスティー伯爵を説き伏せてしまった。よって、ハルシアは断る術を失ったのである。
「ハルさんが来ないのに、あの肥満男が来るなんて僕は未だに納得がいきません。和解したのだって不本意だ」
二回目の召集後、テッセルは和解を申し出た。
原告側が承諾しなければ、彼には刑法に則った処罰が下されることになったが、イザクとセレナは汚名を晴らすという目的を十分に果たすことができたと考えたようだ。
テッセルの申し出と謝罪を受け入れ、一件落着となった。
「両者納得の和解が一番ですよ。勝ち負けに気を取られるのはよくないと思います」
「そうですかね……」
アレスは不服そうだ。むーっ、と子どものように唇を尖らせている。
ハルシアは勝敗に拘るよりも、依頼人に寄り添う弁護人になりたいと思う。
元婚約者はハルシアにとって良い反面教師だ。
ハル=マグノリーを敵対視するレイモンが、「次は負けない」と絡んでくる度に、こうはなりたくないと感じる。
「そうだ、ここだけの話、シノ王子がついに婚約を発表されるようですよ」
ウィスティー伯爵は不在で部屋には誰もいないというのに、アレスは前屈みになり、小さな声でハルシアに語りかける。
「え?」
「姉様たちの結婚お披露目式の場を借り、発表を行いたいと相談があったらしいんです。極秘事項なので、誰にも言わないでくださいね」
(なんだ、それなら私はお役御免だ!)
シノ王子はこの短期間で婚約者を見つけたに違いない。おめでたいことだ。
ご令嬢の誰もが彼と結婚したいと思っているはずなので、王子の意思が固まればあっという間に婚約が決まるだろう。
きっともう少ししたら、同行不要の連絡が来る。
ハルシアはハル=マグノリーとしてお披露目式に参加できるかもしれないと、希望を見出した。
「ハルさん、新たな依頼人が来たようです」
「わーっ、机の上! 片付けてください。朝、ウィスティー伯爵が使ったままなんです」
ハルシアは椅子から転がり落ちるようにして玄関に向かう。
落ちていた紙切れを踏んで転びそうになるが、今日は踏み止まることに成功した。
「まぁ〜、随分狭いところねぇ」
護衛に囲まれた上品な女性が、物珍しそうに書物だらけの弁護人事務所を見回している。
「散らかっていて済みません。本日はどのようなご用件でしょうか」
(んん? どこかでお見かけしたことがあるような……)
ハルシアは目を凝らし、ベールの下から薄っすら覗く顔を見る。
失礼な行為にも拘らず、彼女は微笑むと顔を隠していた薄布を外した。
「本日は夫の不倫の相談に参りました」
ハルシアとアレスは顔を見合わせる。
((な、な、ナタリー=ロスティランゼ王妃ぃ???))
何が起きているのかよく分からないが、新米弁護人は今後益々忙しくなりそうだ。
私と貴女の婚約破棄 〈了〉
男装の弁護人は王子の溺愛に気づかない 藤乃 早雪 @re_hoa_sen
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