祈り

 輪郭のはっきりとしない冬雲が太陽を弄ぶ一月半ば。

 飛鳥は隣で手を合わせる白い素肌の祈吏を静かに見ていた。

 艶のある黒長髪が、わずかな雲の隙間から差し込んだ陽の光で滑らかに反射する。

 祈吏は手を離さぬまま瞼を開き心を動かされたように一言。

「凄いわね」

 その言葉に前を向きうなずく飛鳥。

 宇宙のエネルギーが集まると言われる本殿前の金剛床。六芒星を中心に数多くの三角形が織り成すそれらはまさしく神秘の象徴だった。

 その日、飛鳥と祈吏の二人は京都の鞍乃山に訪れていた。

 あの一件から、彼女との距離は小さくもながら確かなものを縮めていた。今も現にこうして。少なくとも飛鳥はそう感じていた。

 どこか一緒に出掛けようと誘い出したのは飛鳥の方からであった。

 断られる覚悟でいったつもりが、「行きたいところがあるの」と返してくれた時の自分の表情はどんなものだっただろうか。

 祈吏にとって初めてのこの地は全てが新鮮だったのか、表情を緩ませて色んなところへ目をやっている。

 その表情に飛鳥は心の底から幸福を感じ、失った何かが返ってきている気さえした。

 本殿でお参りした後、二人は左側にある参道を登りはじめた。

「気のせいかもしれないどね、昔からあの六芒星に立つと足の裏があたたかくなるんだよね」と飛鳥は言った。

 祈吏は丈の長いトレンチコートの袖を捲り「気のせいではないわよ。私も電気が走ったかのように伝わってきたから」

 飛鳥はその言葉に驚きの表情を浮かべた。

「え、祈吏さんは電気なんだ。二人で違う感覚って何だかおもしろい」

 透明感あふれる肌の口元に手をやり彼女はくすっと笑うと、「確かに興味深いわよね。お互いの性質が違うからなのか、それとも何か別の理由があるからなのか」

「別の理由か……」

 飛鳥の内側で母の声と記憶が及んだ。

「あなたは十六歳になったとき、また霊が視えるようになってしまう」

 月灯りに満ちたあの神社は名も場所もわからぬ遠い存在の所にあって、ただ覚えているのは、その言葉と下から見上げた母の哀しげな顔。それだけであった。

 飛鳥は立ちどまり来た道を振り返ると「祈吏さん」

「どうしたの?」

 太陽を隠した雲を眺め飛鳥は神妙な声で言った。

「誰が授けたんだろうね」

 しばらくの沈黙の後、祈吏がその問いに答えた。

「さあね。それは私もわからない。でも……」

 飛鳥が祈吏の方へ顔を向ける。

「あなたにも、そして私にも何か意味があるんじゃないかしら」

 その答えに飛鳥はゆっくりと頷き「私もそう思う」

 木々を優しく揺らす風にそっとのらすよう飛鳥はいった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

十六夜のあなたへ  大西乃奨 @maharu-23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ