第2話 悪魔との邂逅

「イテェ……」


怪我のない箇所が見つからないほどにボロボロな身体でも、カーナの意識はしっかりとしていた。


どれだけの日数が経過したかはわからない。しかし、地面を見れば転がっているパンが腐敗し、それに虫が寄ってきていた。それなりの時間が経過したことはわかる。


「それにしても、アイツ。本気で俺を殴りやがったな」


そうするように挑発したのは紛れもなくカーナではあった。だが、あの時の精神状態は間違いなく普通ではなく、気が狂っていた言動であるのも違いなかった。


それからしばらくして整理もついてきたことで、少しは冷静に考えられるようになっていたのだ。



「これからどうすっかな……って、クソまずいな」 


まだなんとか食べられそうなパンを貪りながら考える。今は死ぬことよりも生きることを優先していた。


一度死の淵を経験したことで、カーナ自身は気づいていないが、死を避けるようになっていたのだ。


「とにかく父さんを探して、問い詰めることが一番の目標だな」


 どうして俺を捨てたのか。それを聞くまでは死ぬに死ねない。そして、その答え次第では……


今や生温い天使のカーナはそこにいなかった。


「そのためには……」


カーナは頑丈な鉄格子を見上げてそう言った。何をするにもここを脱出しないことには始まらない。


「律儀にガキも締めてやがる」


あれだけ殴っておけば、普通の子供なら死ぬことには間違いない。しかし、それでも鍵をきっちりかけているのは、乱暴なだけに見えて、あの男が慎重さを兼ね備えていたからだろう。


 あれ、もしかして今結構ヤバいか?飯もほとんどないし、牢屋からも出られない。助けも、期待できそうにない。


ようやくカーナは自分の陥っている状況に危機感を抱いた。今までと状況事態は変わりないのだが、自暴自棄でいたあの頃とは違う。


「おい! 誰か、誰かいないのか!? 開け、開けよッ!」


微かな体力を振り絞り、鉄格子を目一杯揺らして音を鳴らし助けを求めるが、求めていない静寂だけがカーナを襲った。


それも長く続くわけもなく、すぐにその場に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……。ははっ、結局死ぬ運命に変わりないのか?」

「それはどうだろうな」

「ッ!?」

「そう驚くことはないだろう。お前が求めた人間だぞ」


 なんだこの男はッッ。何もなかったところに突然現れたぞッ!? それになんだこの嫌悪感は!?


カーナが睨みつけるのは黒い衣装に身を包む怪しげな男。禍々しいオーラが滲み出ていた。


「まぁ、お前ら"天使"からしたら嫌悪の対象だろうがな」


ニヤリと気持ち悪く笑って見せる"悪魔"


「クソッ、悪魔に殺されるくらいなら……」

「おい待て待て!」

「……?」


舌を噛み切ろうとするカーナを必死に止める悪魔。その立場は完全に逆転していた。


「落ち着け。何もお前をとって食おうってわけじゃない」

「目的はなんだ」

「条件付きで、お前をこの檻から出してやる」

「条件を言え」

「その状態で強気だな。まぁ、あれだけ極限状態にいたんだから気が大きくなっても仕方ないか」


 つまり俺があれだけ追い込まれているのを黙って見てたってわけか。


「さっさと言え」

「わかったわかった。そうだな。……俺を"下界"にまで連れて行くこと。下界へ続く道は天使たちに封じられた。それを解くにはお前の力が必要だ」


 下界……? 悪魔たちが住む魔境に連れて行け、だと?


それはひどく無理な話で、屈辱的な話だった。天使である身のカーナにとって、地獄に足を踏み入れることは堕天を意味するからだった。


「俺に、堕天使になれと言うのか?」

「なら死ぬか?」

「……」


カーナは黙るほかなかった。


「あと十秒で決断しろ。決断力の無さは自分を死に追い込むぞ?」

「黙ってろッ」

「おぉ、怖い怖い」


 くそっ。背に腹はかえられない……だが、下界に足を踏み入れるのはそれ以上に嫌だ。それに、一度堕天使になれば二度と"天界"に入れなくなってしまう。


カーナはこの一瞬で全てを天秤にかけた。自分の命と自分のプライドや、将来を。


「……わかった。お前を下界へと連れて行く」

「よし、契約成立だ。手を出せ」


カーナは無言で手を差し出すと、怪しく、醜く、黒色に光る男の親指で手の腹を押された。


「もし契約を果たす意思がお前からなくなれば即座に呪いによって死亡する」

「なッ!?」


 契約の結びは天界でも日常的にあることではあるが、そこまで重い契約は聞いたことがない。


「お前らが俺たち悪魔を信じられないように、俺たちだってお前らを信頼できないんだよ」


カーナは何の反論も出すことができなかった。いくらでも言いたい文句はあるのに、その全てを説明されたからだった。


「それじゃあ、よろしく頼むぞ。相棒?」

「黙れ。そして早くここから俺を出せ。そして飯を食わせろ」

「お前、本当に人が……いや天使が変わったな……」


少し呆れるようにして悪魔は首を振るのだった。

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捨てられ天使の復讐録 @screamblood

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