第14話 カフェの主人の魔法
疲れた時や逃げたくなった時に、行ける所はどのくらいあるのだろうか。そんな事なんて考えたこともなかったのに、大人になるとそんな事ばかり考えていた。
僕には好きな喫茶店がある。
昔ながらのレンガ造りの外観で、入口には黒板で出来たスタンド看板があり、ずっと変わらないモーニングセットが本日のお勧めと書かれている。
お客さんは殆どおらず、常連が数人だけいるような喫茶店には、静かなBGMと珈琲の良い香りでゆっくりとした時が流れている。
僕は仕事に行き詰まると、この喫茶店に来て主人に愚痴を聞いてもらっている。
人間関係に息詰まると、やはりこの喫茶店に来て主人に愚痴を聞いてもらっている。
カフェコートを身に付け、凛とした佇まいでいる主人は注文以外の返事をする事はあまりない。だからこそ、僕は一方的に悩みを打ち明けられる、この喫茶店が好きなのだ。
そしてもう一つ、僕がこの喫茶店と主人を好きなのには理由がある。それはあまり返事をしない主人が、この店の事を僕が喫茶店と呼ぶと必ず否定する。その時の言葉が好きなのだ。
店の雰囲気や主人の格好と佇まいも、店を紹介しているサイトにも昔ながらの喫茶店と書かれているのに、主人は「この店は誰が何と言おうとカフェだよ。いくら見た目や店の中が喫茶店だとしても、私自身がカフェとして育て上げ、振る舞っているのだ。他の人から違うと言われる筋合いはない」とやはり静かに言うのだ。
否定的って悪い意味のように聞こえるが、主人のそれは筋が通っていて、僕の悩んでいる事に答えてくれているような気がした。
だから今日も僕は、仕事に疲れた身体で喫茶店に行き、返事の無い主人に話しかけるのだ。
仕事でこんな事があった。
理不尽だ。
誰も分かってくれない。
自分には向いてない。
腹が立つ。
仕事なんて辞めてしまいたい。
そして最後に主人に「主人はどうしてこの喫茶店を開いたのか」と問いかける。
主人は珈琲をいれながら、また静かにこの店は喫茶店ではなく、カフェだと言う話をしてくれる。
僕には好きな喫茶店がある。
昔ながらのレンガ造りの外観で、入口には黒板で出来たスタンド看板があり、ずっと変わらないモーニングセットが本日のお勧めと書かれている。
お客さんは殆どおらず、常連が数人だけいるような喫茶店は、静かなBGMと珈琲の良い香りでゆっくりとした時が流れている。
誰が何と言おうと構わない。
形がどうであれ関係ない。
この喫茶店には自分の信念を曲げず、格好良く自分で居場所を作る姿を見せてくれる。そんな主人がいる素敵なカフェなのだ。
了
言葉の魔法 ろくろわ @sakiyomiroku
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