安倍晴明、ロボットに興味あり

斑鳩陽菜

第1話

 朱雀大路すざくおおじを牛車に揺られながら、彼は口を覆った扇で欠伸あくびをした。これが御所の中ならば、貴族たちに叱責されるがここは牛車の中である。目の前にはニコニコと笑うどうがいたが、その頭部には人にはないきつねみみがぴんっと立っていた。

「眠そうですね? 清明さま」

「昨夜はいろいろ新しい術を試していてね……」

「今度はどのような?」

「ロボットだよ。かなう

 叶と呼ばれた狐耳の童子は、こてんと首を傾げた。

 清明こと安倍晴明は、占いや祈祷、はてはもの退治まで生業なりわいとする陰陽師である。

 いつもは柄入りの狩衣姿の清明だが、この日は白地を着用している。御所に出仕するときの彼なりの正装である。

「遠い異国の国では、自動人形ロボツトが人間の代わりに動いてくれるらしい」

「またおかしな書物をご覧になったんですか?」

「実に便利じゃないか。式神よりも使い勝手が良さそうだ。自動人形は式神と同じ人ではないが、主が大事にしまっておいた菓子を食べたりせぬゆえ」

 そう言って清明は、叶を見た。

 菓子は数日前に御所に上がった際、みかどから拝領されたものだ。みやこひろしとはいえ、滅多に買えぬ最高品を、よりによって己が使う式神に食べられた。情けないやら悔しいやらで異国の自動人形を手に入れたくなる。

 だが、清明の気分を低下させていたのは呼び出した相手だ。

 ふじわらごんだいごんみちなが――東宮の祖父にして、朝廷の実質的権力者。

 これまて無理難題を言われ、清明はどうも彼が苦手である。

「叶、今回は妙ないたずらをしてくれるなよ」

 なにせ叶は以前、道長の足を引っかけて転ばしたことがある。当然、式神は清明にしか見えないのだが、御所への出仕禁止となると清明も辛い。

 叶はわかったのかわからなかったのか、ぽんっと煙の塊になったかと思うと人型の紙となって清明の手のひらに収まった。


「――清明よ。よくぞ参った」

 御所・清涼殿――清明は御簾の前で深々と頭を下げた。御簾の奥にいるのはもちろん、帝である。

主上おかみにおかれましては御健勝の由にてなりよりにございます」

「実はあまりようない。数日前から物の怪が御所内をうろついていると噂がある。事の真相、そなたに確かめてもらいたい。安倍晴明」

 顔を上げた清明は、思わず口を開けた。

 御簾の横には清明が苦手する道長が座していて、その後ろで叶が笑っていたからだ。しかもふさふさとした尻尾を揺らしている。

(早く消えろ)

 叶に目で訴えれば、道長が

「清明、帝のお言葉である! 返答せよ」

 と声を荒らげた。

「――恐れながら、物の怪の仕業ならば少々時をいただきたく」

「権大納言、そなたはどう思うか?」

「主上、ここは安倍晴明にお任せになってはいかがかと存じます。あの賀茂忠行が信をおく男にございますゆえ――」

 賀茂忠行とは、清明の師である陰陽師である。

 道長の言葉に、清明は背筋がぞくっとした。物言いは丁寧だが、明らかに嫌みたっぷりである。嫌われている理由は次期皇位継承者の東宮が清明を気に入っていること、二つ目は清明の母が妖だとい噂を信じていることだ。

(やれやれ……)

 物の怪相手なら造作はないが、どうも人間相手は疲れる。

 帝の座す清涼殿を辞して歩を進めれば、ふわふわとしたものが漂っているのが視えた。 放っておいても害はないが、人を驚かせては困る。しかもここは御所だ。

「楽しそうなところを悪いが、お帰りいただこうか」

 印を結び呪を唱えると、かれらは静かに去って行く。

「さすが清明さま」

 清明の懐の中で、叶がいう。

「叶、あれほど出てくるなといったのに」

「あいつの頭、叩いてやりたかったな」

 叶のいうあいつとは、もちろん道長のことだ。

「やるなよ、絶対に」

 周りからみれば変人である。叶は紙の姿となって清明の懐にいる。周りからは一人で話しているようにしか見えないだろう。

「だったら、今夜はでかい油揚げをくれます?」

 狐耳をぴんっと立てた童に変化した叶が、嬉しそうな顔で清明の前に立つ。だが、そんな清明の視線は前からやってきた女官と合う。いや、正確には彼女の視線は叶にあった。

「耳……が――」

 人間の中には、清明のような術者でなくても妖が視えてしまう者もいる。

 清明は慌てて彼女に術をかけ、術をかけられた女官はすぅと通り過ぎていく。

 一条戻り橋の自邸に帰った清明は、再び異国の書を開く。

 人の代わりに動く自動人形――きかいというもので動くらしいが壊れれば直さねばならないらしい。その点、式神は壊れない。

 周りをみれば叶をはじめ、蝶の化身や池の精など様々な式神たちがいた。

 彼らは自動人形のように人ではないが、清明にとっては欠かせぬ存在である。ゆえに、自動人形を手に入れようという考えは捨てて、彼は静かに書を閉じたのであった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

安倍晴明、ロボットに興味あり 斑鳩陽菜 @ikaruga2019

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ