降り注ぐ電波の地獄

七倉イルカ

第1話 降り注ぐ電波の地獄



 N県の電波望遠鏡が、宇宙から届く不思議な電波を受信した。


 この電波は、小惑星や恒星から届く、規則性のある電波ではなく、何者かが手が加えたと思われる不自然さがあった。

 

 地球外生命体からのメッセージだ!!


 そう確信した政府は、電波望遠鏡を増設、届きつづける電波の解読に、多額の予算をつぎ込んだ。

 そして、五年後。

 研究者たちは、電波の一部解読に成功した。


 一部分が解読できれば、あとはスーパーコンピューターによる解析が進み、半年後には、電波を映像として、モニターに映し出すことまでもが可能になった。


 巨大モニターの前に集まった政府関係者や学者は、宇宙からどのようなメッセージが映像として届くのか、期待に胸を膨らませた。

 おそらく、現在の科学を飛躍的に発展させるような情報が得られるはずであった。

 

 彼らの見守る中、映像が再生された。

 モニターに映し出されたのは、地球人によく似ているが、あきらかに骨格の異なる人間だった。さらに髪が青い。

 宇宙の彼方から、電波を発信し続けていた宇宙人なのであろう。


 宇宙人が甲高い声で何かをしゃべり始め、コンピューターがそれを翻訳していく。

 集まった人々は、翻訳された内容を見るうちに、表情を曇らせていった。


 宇宙人は、なんとかと言う星の聞いたことも無いアイドル・グループが、大規模なコンサートを開催したと話していたのだ。

 

 「はあ? これは電波に乗せる内容ではないだろう」

 「翻訳機が故障しているのではないか?」

 集まった人々が騒ぎ出したとき、モニターに映る男の後ろに、新たな映像が映し出された。


 細身の宇宙人五人が、くねくねと踊る映像である。

 これが、アイドル・グループなのであろう。


 人々が呆然としていると、次に燃えあがる建物が映された。

 宇宙人の言葉が翻訳され、公共施設で起こった火災が映し出されていることが分かった。


 「……これは、もしかしてニュース番組じゃないのか?」

 誰かがつぶやくと、再び映像が切り替わった。

 多くの宇宙人が集まり、何かを話し合っている。

 翻訳によれば、新しい法案を巡り、為政者たちが議論をしているようであった。


 「間違い無い。

 これはニュース番組だ」

 「しかし、トップ・ニュースに芸能、次に社会、最後に政治を持ってくるとは、科学力はあっても教育程度の低い宇宙人のようですな」

 誰かが呆れたように言い、人々は笑い声をあげた。


 映像は続いたが、地球でいうところのホームドラマや料理番組、観光地巡りなどばかりで、集まった人々が期待していた、科学や技術に関する番組は流れなかった。

 

 薄っぺらい内容の番組を受信し続けて三ヶ月が経った頃、一機の飛行物体が、無許可のまま領空に侵入した。

 スクランブル発進した戦闘機をかわし、その飛行物体は官邸前へと、強引に着陸をした。


 その飛行物体は、いわゆる空飛ぶ円盤と言われる形をしていた。


 あらゆるマスコミ関係者が集まった。

 無数のカメラが向けられる中、円盤のハッチが開き、青い髪をした宇宙人が現れた。

 あの番組のアナウンサーとは別人であったが、同種族であることは間違いない。


 「よ、ようこそ」

 政府の代表者が翻訳機を使い、宇宙人に話しかけた。

 宇宙人は小さく頭をさげると、代表者にこう言った。


 「こんにちは、宇宙放送協会です。

 受信料の徴収にうかがいました」


 「受信……料?」

 呆然とする代表者に向かい、宇宙人は、この先、受信料として、月々、相当量の資源を支払い続けるようにと告げた。


 「ま、待ちなさい。

 そのような支払いは出来ない」

 代表者が慌てて言う。

 「そもそも受信料と言ったが、こちらが電波を飛ばしてくれと頼んだわけでもないのに、あまりにも横暴ではないのか?」


 「そう言われましても、電波望遠鏡などの受信機を持つ惑星からは、受信料を徴収する決まりになっているんですよね~~」

 宇宙人は、細長い顎をかきながら困ったように言う。


 「この惑星には『契約』という社会的システムがある」

 別の政府関係者が前に出た。

 「双方の意思が合致して、初めて成立するのが契約だ。

 そちらの一方的な意見を飲むことはできない」


 「はいはい。分かります。

 えっと、私たちもですね、上の方から、各惑星の決まり事は、最大限考慮するようにと言われているのです」

 宇宙人は、空中に幾つかの書類らしき画像を投影し、それを確認しながら言う。


 「……ああ、大丈夫です」

 目当ての画像を確認したのか、宇宙人は大きく頷いた。

 政府関係者は、一方的な契約を結ばされることは無いと思い、ホッとした。

 しかし、返ってきた宇宙人の言葉は、全然「大丈夫」では無かった。


 「この国には受信機を所持しているだけで、強引に受信料を支払わせる放送局があるじゃないですか。

 えっと、N(日本)H(放送)……」

 

 「待った、待った!」

 政府関係者が焦って手を振り、宇宙人の発言を止めた。

 そして「少し時間を」と宇宙人に断ると、後ろに下がって事務方たちと話を始めた。


 しばらくして、別の政府関係者が出てきた。

 「では、資源を受信料として支払おう。

 しかし、受信料支払いという義務を果たせば、こちらには、番組内容に意見する権利が生まれるはずだ」

 「……はい」

 と宇宙人が頷いた。


 「どこぞの星のアイドルがどーしたなどと、そんなことはどうでもいいんだ。

 支払う資源に見合うような、我々の益になるような番組を制作し、放送してくれ」

 「それは、どうかなあ」

 宇宙人は、自信なさそうな顔になった。


 「えー-っとですね。

 あちこちの惑星から受信料を徴収しているんですが、徴収した資源は、すべて換金され、ほとんどが、宇宙放送協会の職員たちの給与に消えていくんですよ。

 特に上層部は高給取りですからねえ。

 番組制作に、どれぐらい回るのかなあ……。

 スズメの涙で外注してるって話も聞くし……」


 「ならば、我々はあなたたちの作る番組は、一切見ない!

 よって、受信料を支払うことも無い!」

 「あのですね、さっきも言いましたが、受信機を持っていれば、見ようが見まいが、支払いの義務が生じるんですよ」

 声を荒げる政府関係者に対し、宇宙人は、根気よく説明する。


 「そうだ。あのパラボラアンテナ式の電波望遠鏡をすべて破棄すれば、支払い義務は無くなりますが……」

 「馬鹿を言うなッ!

 あれを作るのに、どれだけの金が使われたと思っているんだ!

 それに、あのアンテナ群は、お前たちじゃない、今後、他の星からの電波を受信する役目も持つことになるんだ!」


 「支払っていただけないとなると、強引な手を使うことになりますが」

 「……ぐッ」

 政府関係者は言葉に詰まった。

 数段進んだ科学を持つ宇宙人である。

 軍事的な手段に出られてはとんでもないことになる。


 「……そ、そうだ!

 お前たちは、発信する電波を暗号化し、解読装置の無い受信機は、電波を拾っても役立てることができないようにすればいいだろ。

 受信料を支払う惑星にだけ、解読装置を届ければ問題ないはずだ。

 スクランブル化だ! スクランブル化!」


 政府関係者は、この案がベストだと自信を持って宇宙人に言った。

 「お前たちが、スクランブル化をすればいいだろ!」


 すると宇宙人は、不思議そうに問い返した。

 「あなたたちは、スクランブル化はしないのですか?」

 

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