星辰の寵児

ゼノア🐾℘

一章

一話 

 遠方に見える山脈の威容に、悠然と流れるここアスタ王国でも屈指の規模を誇る美しいルクバト川。そして、それに寄り添うように広がるルクバト平野の中でも薬草栽培が盛んな一帯。

 とても自然豊かな場所で、深呼吸を一つすると、新鮮なおいしい空気が体を満たす。

 約三年ぶりに見る故郷の景色は、俺の記憶の中にある姿と何ら変わりない。この泰然とした大自然を眺めていると、心が安らぎ、穏やかな気分になってゆくようだ。

 天気が非常に良いということもあって、ルクバト川の透明度の高い水面が日の光を受けて輝き、時折水面の近くを泳ぐ魚の鱗が鮮やかに色を変えてゆく様子がとても美しい。

 やわらかに頬を撫でる風の涼やかさもまた、帰郷の感慨を深めてくれる。


 懐かしい景色に浸りながら、ルクバト領の境に展開する入領管理所へと向かう。

 

 このあたりの地域はこの国の中で最も農業の盛んな一帯であり、様々な穀物、野菜、植物の栽培や、畜産を行っている国家にとって重要な場所だ。

 そのため、平時より警戒は厳しくなっており、この入領管理所にも多くの兵士が詰めている。

 領内を歩く際は住民証か、滞在証の携帯が義務付けられており、所持していないことを見とがめられると直ちに兵士によって身元の確認が行われ、少しでも不審な点があれば一度拘束され、より詳しい捜査が行われる。

 住民証については、出生時や、移住の際に発行され、一年おきに更新されるようになっている。

 そして、滞在証に関してはこれより検査を受ける入領管理所にて問題がなければ発行される。

 

 さて、自分の番が回ってきたので、兵士のもとへ向かう。

 

 「こんにちは。荷物と、身分証を見せてね。」

 

 壮年の男性兵士の指示に従い、鞄と身分証を渡した。


 「うん、鞄は問題ないね。身分証は…、探索士ね。」

 鞄の中身を粗方確認し終えた兵士は、続いて俺の渡した探索士証を、専用の読み取り装置にかける。

 「なっ!?これは!S階級だって!?」

 そこに示されたものを見て、驚きをあらわにする兵士だったが、すんでのところで抑えることに成功したのか、周囲に聞こえる程の声量ではなかった。

 「えぇ、まぁ一応。できればいつも通りでお願いします。」

 「あ、あぁ、失礼した。」

 「いえ、構いません。ご苦労様です。それに、どこに行ったって、このような反応になりますから。」

 「それはそうでしょう、S級の探索士とはそれだけ、稀有な存在だ。」

 「そうですね、自分の立場は理解しているので、驚かれるのも仕方ないとは思っていますが、未だにそのような反応には慣れなくて。」

 「ただでさえS級の方がみえると驚くものですが、随分お若く見えますから、余計にでしょうな。」

 「実際、まだまだ若いですからね。」

 俺は現在十八なので、十分に若いと言っても通じるはずだ。

 「頼もしいですなぁ。……ん?ライエ・ファーネ?」

 会話をしつつ、滞在証の発行のために再び探索士証に目を通した兵士が困惑した様子で、そこに記されている俺の名前を呟いた。

 「き、君は、ライエ君かい!?ルクトさんのところの!」

 「はい?そうですが…」

 突然態度を変化させた兵士に戸惑いつつも肯定すると、兵士は途端に親しみのある笑顔を向けて話しかけてきた。

 「そうかぁ、見違えたなぁライエ君。こんなに立派になってなぁ。」

 まるで親戚のような口ぶりだが、この人の顔には見覚えがない。

 「あの、失礼ですがあなたは?」

 「あぁ、仕事上親父さんと面識があってね、子供の頃から君のこともちょくちょく見かけていたし、親父さんにも話を聞いていたから、ついね。」

 そういえば国軍の任務の一環として、この領内での農業の補助をするものがあったなと思い出した。おそらくその際に父さんと交流があるのだろう。

 「そういうことでしたか、そういえば見覚えがあるような気がしますが、あまり覚えていなくて…申し訳ないです。」

 「いやいや、気にしないでいいんだ。おじさんが一方的に知っているだけだからね。さ、それより早く親父さんに会いにいきな?きっと立派になった君を見て喜ぶはずさ。はい、滞在証だよ。」

 それを手渡しながら朗らかに笑う彼に対して、こちらも笑顔を返す。

 「ありがとうございます、ではまたいずれ。」

 

 別れを告げてそのまま去ろうとすると、後ろから彼が再び声をかけてきた。


 「そういえば、どうして住民証じゃなくて、探索士証を出したんだい?」

 そのことかと納得しつつ、同時に自分も一点、伝え忘れていたことに気づいたので、足を止める。

 「それはですね、一定階級以上の探索士には義務があるんですが、知っていますか?」

 「あぁ、把握しているつもりだよ。」

 「では、話は簡単です。僕はしばらくここにいるつもりで帰ってきたので、それを把握してもらうためですよ。」


 この義務というのは、自らの所在を明らかにしておかねばならないというB級以上の探索士を対象に義務付けられるものだ。

 そもそも、探索士というのは、国際的な影響力を持つ組織である探索士協会に所属する人員である。ここに所属する人間は階級に応じて協会と後援国により、国際的な身分を保証される。主な活動は、元素獣げんそじゅうと呼ばれる生物への対処、未知の探求、民衆の保護に分けられる。

 そのうちの民衆の保護において、緊急時の対応のために一定以上の実力者の所在を把握しておく必要があるわけだ。特にS級ともなれば、探索士の最高位と位置づけられている上、その数は少ない。それ故、一人一人の価値は計り知れない。そのため、俺たちの動向は国家、各領主、協会など、あらゆる方面から注目されているわけだ。

 事前にここに向かうということは協会に伝えているので、ここで提示するだけで多くの人間に伝わるだろう。

 

 「おぉ、なるほど!それは心強いなぁ。」

 「いえいえ、そもそもここでは僕の力は必要ないでしょう?頼もしい兵士の方々がいらっしゃるんですから。」

 「そうだね、その評価はうれしいよ。でも、何かあればS級探索士がいると思うだけで我々としては頼もしいのさ。」

 「なら、僕は後ろでのんびりと過ごさせていただきますね。」

 「あぁ、それが一番だね。」

 

 まだ話していたいところだが、きりもよいし、検査の列も支えている。あまりとどまるのも悪いだろう。

 

 「では、そろそろ。」

 「あぁ、すまないね、引き留めてしまって。親父さんによろしく。」

 「えぇ、ありがとうございました。またどこかで。あっ、それと、僕の立場に関しては、守秘を要求します。緊急時以外は僕のことはB級と扱ってください。また、有事の際も僕の存在はできるだけ内密にお願いしたいとおもっています。軍内部での周知のこと、よろしくお願いします。もちろん、知る権利のある方々だけですよ?」

 「承知したよ。情報は徹底して管理しよう。」

 「感謝します。では、またお会いましょう。」

 

 今度こそ踵を返し、両親の待つ家への道を進む。

 今までいた管理所は領の西側の境にあり、俺の実家までは、そこから歩いて約三十分程の距離がある。些か歩くには遠く、馬車を使うほどでもない微妙な距離だ。

 風の術で飛んで行ってもいいが、久々の故郷なので、このままのんびり歩いこう。ちょうどこの時期はルクバト西部の作物に収穫を迎えるものが多いので、新鮮な空気や植物の香りを楽しむことができるだろう。



 それから四十分程歩いて、俺は実家の前にたどり着いていた。

 道中いろいろと見て回っていたところ、十分程予測を超えてしまったらしい。


 見たところ家の中に人の気配はないようだ。

 手元の時計では、現在午後の三時を過ぎたところ。この時間ならば、両親は外で作業をしているんだろう。邪魔をしても悪いので、このまま家に入って帰りを待とうかと思うが、どうやって暇をつぶそうか。

 そう思いながらとりあえず家に入ろうとしたところで、自分の格好に気づいた。

 分厚い青色のローブに、ゆったりとした黒色のズボン、中には無地の白い長袖の服を着ている。目立った汚れはないが、丸一日空を飛んで帰ってきたので見えない汚れはたまっているだろうし、この暑い時期にこんな服を着ていれば、それは汗をかく。

 意識すると途端に汗ばんでいる自分の身体に気付き、少し気分が悪くなってきてしまった。

 こうなってくると、風呂に入らないと落ち着かないし、そもそも一度服を着がえる必要もある。

 「はぁ、まずは風呂だな。」


■■■■■■


 風呂からあがり、自分の部屋から適当に引っ張ってきた楽な格好に着替えた俺は、居間で人一人が横になれる程度の大きさの柔らかい椅子でくつろいでいた。

 手には自室に置いてあった小説。旅に出る前に好きだったシリーズを見かけて再び読んでみようと思い、本棚から持ってきた。

 しばらくの間読みふけっていると、玄関のほうから人の気配が近づいてくるのに気づいた。馴染みのある気配なので姿勢を変えることはせず、再び本に目を落とす。

 そこから少し後、俺のいる居間の入口に、黒髪の男性の姿が見えた。名前はルクト・ファーネ。俺の父親だ。

 俺は寝ころんだ姿勢のまま声をかける。

 「お帰り父さん、お疲れさまー。」

 父さんは俺の姿を気にした様子もなく、近くの椅子に腰を下ろした。

 「おー、ただいまー。あぁー、今日も疲れた。」

 「ご苦労さんー。」

 「おー、お?ん?…ライエじゃねぇか!?いつの間に帰ってきたんだ!?馴染みすぎだろ!?」

 一度は近くの椅子に腰を下ろした父さんだが、言葉を交わすうちに違和感を感じたのか、すぐに飛び起きる勢いでこちらに叫んでくる。

 「えー、仕方ないじゃん、ここは家の中なんだし。」

 「それはそうだがもっとこう、なんか、玄関まで来てただいまーとか、仕事場まで顔見せに着たりとか、…とにかく!日常感を出すのが早すぎる!」

 「そんなこと言われたってさぁ、めんどくさくない?」

 「何がめんどくさいんだよほんと、変わらんなぁ。」

 ため息をつきながら再び腰掛ける父さんの様子はまさにあきれたと言わんばかりだ。

 「流石に外ではちゃんとしてるつもりだけど、家の中までちゃんとしてたら疲れるし煩わしいと思わない?」

 「そりゃ思うが、お前の場合は差が激しすぎるんだよなぁ。」

 

 それは自覚しているが、仮にもS階級の探索士という一面を持っている以上、外では常に気を張らないといけないしな。とはいえ、誰もが俺の顔を認識しているわけではないが。一般人はもちろんのこと、各国の最高権力者に関しても、認識している者は少ないだろう。誰もが世間に名の知れた存在であるS階級探索士だが、多くの場合は二つ名が独り歩きしているのだ。

 当たり前だが、俺たちが行動している場面を目撃している人間などたかが知れているし、そもそも一般の人間の近くで活動するようなことなどほとんどないと言っていい。

 ただ、見られていないからと言って疲れないわけもないし、元々怠け者の類の人間だ。

 反動からか、家の中などの自分だけの空間では、己を律する機能が働かないし、働かせたくもない。

 なのでこればかりは、仕方のないことだ。

 

 「まぁそんなことより、母さんは?」

 「あー、カリーナなら、洗濯物を片付けてから来るって言ってたから、もうちょっとで帰るんじゃないか?」

 「じゃあ、このまま待ってようかな。」

 「そうだな、久々に帰ってきたんだし、のんびりしたらいい。」

 そんな会話の後、再び本の世界へと戻った。

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