2話――入学式の四肢落とし
誓暦41年4月半ば、春の話である。眩しすぎない穏やかな陽光がみずみずしい青空に
礼砲の余波で揺れる垂れ幕には『誓暦41年 狛半島第二武門用兵学校 入学式』と書かれている。新入生として奔が袖を通す慣れない制服は肋骨服で、襟元にはキラリと一つ星が白く輝いていた。士官候補生に成れたのが嬉しくって、奔は黒真珠のような瞳をらんらんとさせている。
「続きまして、機甲科140期生の操縦士による『四肢落とし』です。後ろにある演習場の方をを御覧ください」
放送の促すままに視線をグラウンドの方にくるりと向けると、そこには二人の操縦士の他に、何倍も大きな影があった。姿は甲冑武者に似てずんぐりとしている。腰には打刀のような緩やかな反りのある鉄塊を差しており、なおのこと侍のようだ。だが、何よりも異様なのはその体躯である。長さや幅は普通自動車くらいのものだが、特筆すべきはその高さで、6メートルもあるから、どんな猛獣よりも力強く見える。
「ああ、これが──。」
人肢戦闘車。車の字を名に冠しながら、車輪を持たず、代わりに人のような四肢を持つ。
「本日、『四肢落とし』に出場するのは、実技実習において優秀な成績を収めた上位二名の一四〇期生です」
『四肢落とし』は、その人肢戦闘車を一対一に模擬刀をもたせ、打ち合いをする競技である。6メートルの鋼の巨人が白兵戦をするのだから、とにかく派手で、用兵学校の入学式では花形の演目であった。もちろん、それだけが理由で恒例行事になっているわけではない。
白兵戦は足捌きと太刀筋が物を言うから、形稽古ばかりを表面的に真似ているような、操縦技術が身についていないものはふるい落とされる。だから、操縦技術の経過を伺うのに好都合なのだ。人肢戦闘車は扱いにくいことが玉に瑕であるが、裏を返せば、扱いに長ければ百人力の一騎当千。ここで名を上げることは、操縦士にとっては出世の助けになるし、教官としてもここで才能あるものを発掘すれば、箔がつく。そういう思惑が渦を巻いて、花形を形作っている。
尤も、そんな政治的な背景など、新入生の奔には知る由もなく、ただただ初めて見る兵器の迫力に圧倒されるばかりだ。
「すごいぞ」
「でっけぇなぁ」
「うぉおおぉ……」
あまりの驚きに脳が正常に回らず、表層的な感想ばかりが口をついて出る、という話はよく聞くが、倍率四〇倍の試験をくぐり抜けた粒ぞろいがみんなしてそうなると、滑稽極まる。
新入生が
(なんなの?あの目。)
自分には持ち合わせない瞳に魅了され、奔はぐっと体を乗り出したくなった。人肢戦闘車が車体を震わせ、唸りを上げる。エンジンがかかる音の拍子は
マフラーから吹き出る排ガスが多くなっていくのに伴って、鈍く赤く
「四肢落とし──────」
「───始めっ‼」
ピストルの号砲がなるやいなや、体を捻って飛び出したのは、青線の機体である。地面を蹴って繰り出される抜刀は、何トンもある車両のものとは思わせない豪速ぶりだ。高重心から生まれる初速を活かした、殴りつけるような斬撃を、横っ腹めがけて叩き込む。黄色もすかさず刀を抜いて、霞の構えでこれをおさえると、金属と金属がぶつかったときの、鼓膜をつんざく高音がグラウンド中に鳴り響いた。絵面は時代劇の決闘のそれだが、音となればチャンチャンバラバラとはわけが違う。鐘のように余音が残るが、それはキィイイインと高い音で、頭蓋を跳ね回って脳に刺さるような、不愉快な感覚がする。参列する教官連中も豆鉄砲を喰らったような顔をしているから、普通は「参る!」とか「覚悟!」とか、一言かけてから打ち込むのだろう。ルール違反とまでは言わないが、マナー違反ではあるはずだ。
黄色が流すように受けたから、青は前へつんのめってしまう。青色としては、一発で仕留められなかったのは不味い。そう思うまもなく、黄色は正眼に構えてぽんぽんぽんぽん打ち返す。青色も序盤はこれを躱していたが、段々と動きが鈍くなって、次第に刀で受けざるを得なくなっていく。観衆としてはガキンガキンと金属音がうるさくてとても鑑賞どころではない。青色が受ければ受けるほど足許がずりずり滑って、踏ん張ろうとするから、土煙も凄まじい。煙の中、火花が二つの機影の間で散らされる。素人目にもその激しさがよく分かった。
なるほど、貴族の方は悪くない腕だ。いや、何なら秀でているのかも知れない。青色の奇襲にすぐさま反応し、防御を成功させた。それにとどまらず、相手の渾身の一撃を流して隙を作り、一気に攻めに出た。身のこなしは型稽古のなぞりの域を出ないものの、その太刀筋といえば、
一方で、女の方はあと一歩足らず、というところか。確かに抜刀に限って言えば、あんな電光石火の技、なかなかできるものではない。しかし、一撃に賭けすぎているきらいがあって、構想がないと言うか、無鉄砲と言うか。現に、一方的な攻撃を許し、じりじりじりじり追い詰められて、後ろに下がるばかりだから、ついにはグラウンドの端を背負ってしまった。
……追い詰めた!
そう言うかのように、黄色が一歩一歩近づいてくる。正眼に構え直し、すり足でゆっくりゆっくり間を詰める。女の乗る青色と言えば、気が立った犬のするように前かがみになって、「近づくな」と言う感じで下ろした刀を片手で振り回して、威嚇することしかしない。鋒が地面を掠めるから、砂を掛けているように見え、結果的に情けなく見えてくる。それでも尚、黄色の佇まいはきれいなものだ。どんどんにじり寄ってくる。
青色、万事休す。ええい、儘よ。
もはや女に打つ手はない。青色は一気に距離を詰めて八相に振り上げた剣を、力一杯振り下ろした。先手必勝、二の太刀要らず。そう言わんばかりの鋭い斬撃だ。しかしこれほどの大振り、名人の乗る黄色が見落とすはずがない。半身に構えて、
(見当違いだったな。)
土煙の中から車体がへしゃげる音がして、奔は肩を落とした。あんなに野心的な瞳で私を魅了しておいて、なんだあの女は。すごかったのは最初の一瞬だけで、この有様じゃないか。いや、その一撃すら
識別帯を見て驚いた。だるまの機体の隣でもたげる腕に施されているのは黄線。剣の名人が乗って、一方的に刀を打ち込んでいた黄色のが斃れている。一方で、両足で立って勝ち誇り、首をはねようと刀を持ち替える腕には青の識別帯が引かれている。あそこまで一方的に叩き込まれて、ついには演習場の端まで追い詰められていた、女の乗る青色の機体が悠然と立っている。
「どんな手品だ……⁉」
そう思っていたのは奔だけではなく、他の新入生も、当の黄色の操縦士までもだ。ハッチから這い出て、きょろきょろと周囲を見回している。目が泳いでいるから、なにが起こったかわからないといった風だ。それを見て、奔はハッとして思わず手を打った。
「そうか。何が起きたのか、判らなかったのか!」
人肢戦闘車は全高六メートルというその車高から、死角が多い。足許などは身を乗り出しても見えないから、その視界の多くをサブカメラを通してモニターディスプレイで把握する。こう言うと、とんでもない欠陥を持った兵器のように感じられるかも知れないが、実戦で死角を把握する必要があるときはは登山や渡河、後は白兵戦くらいのもので、そう多くはないからそれで事足りる。砂煙が立ち込めて、視界が塞がるような環境での使用はこの兵器の運用上ありえない。それを考慮するのは杞憂というものだ。
ゆえに、狙い目でもある。視覚的な意味だけでなく、思考的にも死角なのた。大上段から振り下ろす渾身の一撃を本命と思わせておいて、あえて体を差し出して相手に打たせる。相手が剣に全体重を預けた時、砂埃でよく見えない足許に蹴りでも入れれば、相手は一気に体を崩す。間髪入れて装甲を叩き割り、車体の骨格ごとひん曲げて動けなくし、腱を切ってしまえば、文字通り「四肢落とし」の完成だ。
「この高さで体幹を崩された気分はどう?目が良く回ったかしら。もっと脳を回転させるべきだったわね。」
女はそう吐き捨てると、体を操縦席に戻して、剣を振り下ろした。黄色の八つ目兜がドサリと地面に落ちると、生徒たちの間で一気に歓声が広がった。ここで一番目を回したのはこのどんでん返しを見せられた新入生たちで、冷めぬ興奮が場を満たしていた。万網奔も、胸に興奮と期待を抱く新入生の一人に数えられる。人肢戦闘車の立ち会いを見て、戦場での獅子奮迅の活躍を想像すれば、脳裏によぎるのは英雄とあだ名された父の顔だ。
「お父さん、あなたの娘として、名前に恥じない活躍をしてみせます。」
奔が確固たる意志を呟いた時、涼しげな春風が吹き抜けて、花びらと砂をさらっていった。
時代の奔流、煙草の死神 @HeirMuffin
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