きっとわたしもだめになる

石衣くもん

きっとわたしもだめになる

「きっぱりと諦められるなら、苦労はしないよ」

 そう、眉間に皺を寄せて呟くこの男は、私の忠告も聞かず、また許されざる恋の道へ踏み込もうとしていた。

 別にあなたの人生はあなたのものなので、好きにしてくれればいいのだけれど、毎回聞かされる私の身になって考えてほしい。

 今好きな人が結婚している。社会通念上、彼女と恋仲になることは不適切だとわかっていて、でも止められないから苦しい、どうすればいいか? だなんて、やめておけ以外の返答は見つからない。それに対して諦められないと言われても困る。「金は欲しいが働きたくない。買ってないけど宝くじが当たってほしい」と同じく、矛盾だらけのただのわがままではないか。


 それでも私はいかにその人妻が好きなのかという話を聞いて、何度目か、もはや人間の指の数では足りないほどの回数である忠告をこの男に贈る。

 だって、私はそんなあなたが好きなのだから。悔しいけれども。


×××


 付き合いは大学の二回生からなので、この男とは、もう十年以上にわたる旧知の仲だ。

 大学生の頃から、この男はそんなに美形でもないのに雰囲気だけで異性から好まれるタイプであり、女をとっかえひっかえし、浮気、寝取り、ヒモ生活、ギャンブルと、クズのデパートという不名誉な通り名をつけられるほどであった。ちなみに命名者は私である。

 私の友達もこのクズに引っ掛かり、コイツと別れたくない友達と、面倒になって友達と別れたいコイツと、そして、こんな奴と早く別れるべきだという私の、地獄の三者面談がファーストコンタクトであった。

 紛れもないクソ野郎ではあるのだが、面談の目的だけでいうと、私とコイツ対友達という構図だったため、二人で協力して激闘の末、なんとか友達を思い詰めさせることなく別れさせることができた、最低な戦いにおける戦友であった。

 そこから、知人以上友達未満の距離で、たまに会ってクズエピソードを披露され、罵倒したり忠告したりするという関係を大学在学中から卒業後の今に至るまで続けている。

 しかしながら、この男の話を聞く限り、真面目な人ほどコイツの駄目な面にどっぷり惹かれるようで、この男のピンチにはいつも誰かが手を差し伸べるおかげで、改心することができなかったのも、ある意味不幸だったのかもしれない。そして、たぶん私も手を差し伸べてしまう一人である。まあ、それはそれ、これはこれだ。


×××


 とかく、私はこの駄目な男がお気に入りのようで、浮気の常習犯で、しかもそれを悪いことだと認識したうえで行うという性質たちの悪い、駄目人間ここに極まれりというこの男が、好きなのである。

 しかも、罪を重ねるごとにどんどん好きになっていくのだ。私の倫理感よ、仕事してくれ、頼むから。


 そんなこんなで、絶対に縁を切るべきナンバーワンであるこの男と、十年以上にわたる旧知の仲という不名誉を欲しいままにしている私は、今日も今日とて、

「職場の人妻が好みで好きになってきていて、たぶん向こうも自分を好きなので押せばいけそうだが、さすがに不倫は慰謝料請求とかリスキーだから困っている」

というクソみたいな相談を延々と聞いているのだった。

 このダメンズウォーカーめ。


×××


 私の名誉を少しでも回復するために言っておきたいのは、あくまで「ラブ」ではなく「ライク」での好きであり、間違ってもこんな泥沼に陥ること確定の男と恋愛関係になりたいわけではないのだ。この言い訳では、全然名誉回復しそうにないな。

 であれば、ダメンズウォーカーではないのか。ダメンズを渡り歩くのではなく、手元に置いておきたいという欲求なのだから、ダメンズコレクターと改めておくことにしましょう。

 閑話休題。

 腹が立つので確認はしていないが、この男は恐らく私が「ラブ」の方で自分を好いていると勘違いをしている。そんなことはあり得ないのだ、絶対に。


×××


 たかだか十五年と三ヶ月の付き合いで、確認もせず相手のことをすべてわかった気になるのは、大変烏滸がましいこととは思うが、絶対に勘違いしている。

 だって会うのはいつも二十二時以降だし、前もっての約束なんてなく、突然電話で呼び出されるし、

「俺、こんなこと相談できるの、お前だけだわ」

なんて、許可してないのにお前呼びだし、たぶん他の女にもそう言ってるし、そんな台詞吐きながらバッチリ目線を合わせてくるし。


 知人、高く見積もっても友人という認識の相手に、こんな非常識で恥ずかしいことができるのは、羞恥心を持たない人間か、自分に好意を持たれていると確信している人間しかしない。

 いや、羞恥心を持っていない可能性は普通にあるな。


×××


 仕方なく付き合ってやっているのは、私が稀にみるダメンズコレクターであるからなだけなのだ。

 見返りを求めないのは観察対象で、駄目さ加減を観察するという対価を得ているからなのだ。

 そもそも、十五年と三ヶ月もの期間があって、一度もそういう関係になっていないのだ、この男も私も、その気がないのだ。


 そう、言い聞かせてきたのだ。


 だから、困る。

「お前が付き合ってくれるなら、俺、不倫しないで済むかも」

などという戯言を吐かれると。

 絶対、私と付き合っても不倫はする。ていうか、たぶん別の恋人もいるので、私と付き合っても浮気にはなる。「YES」なんて言うわけない。わかっている。


 言うべきではない。

 言ってはいけない。


 だって、きっと私も駄目になる。

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