第124話

 アメリカでは国旗にある星の数に喩え、力ある探索者五十人を国や企業、地区などに関係なく『星持ち』として称えている。

 その五十人は当然のごとく全員ランクSの探索者から成っており、ランクSのゲートが出現した際の攻略にも星持ちの探索者が参加することが多い。


「――あぁ、いい魔素だ。こちらの空気のほうが、なぜだか故郷みたく肺に馴染む」


 そんな星持ちの一人、ライアン・トンプソンはランクSゲートを通過してから深呼吸をした。


「そんな寂しいこと言うなよライアン。故郷なんて言われたら、これから攻略しづらくなるだろ?」


 そんな彼に、やれやれと肩を竦めてみせたのはダニエル・ハワード。彼は星持ちではなかったものの、ライアンと同じランクSの認定を受けた探索者だった。


 そして、そんな二人の後ろにはランクAが六人、ランクBが四人の計十人の探索者がいて、ダニエルの言葉に笑顔を見せていた。


「事実なんだから仕方ない。それに……お前だってそうなんじゃないのか? ダニエル」


 ライアンの問いにダニエルは笑ったものの否定はしなかった。


「俺の故郷は愛する家族がいる場所さ。それは君だって同じはずだろ? ライアン」


 代わりに彼はそう返した。そしてやはり、ライアンもまた笑いはしたものの否定することはない。


 その一団は、これからまるで楽しいことがあるみたく全員が穏やかな表情をしていた。


 しかし、実際に行われるのは――ランクSゲートの攻略。


 それは探索者にとって最高峰であり最難関の探索。

 もしかしたら、もう二度と故郷の地を踏むことができないかもしれない命がけの仕事。


「さあ、まずはコアの場所から探さなきゃならない」


 ライアンは目の前に広がる雄大な大地を見据えてそう言った。


 空は高く、雲一つ無い晴れ模様。人類の痕跡は視界のどこにもありはせず、ただし、人類が住む世界とは全く違った異形の鳥が彼らには目もくれず翼をひろげて飛んでいた。


「こっちの方に強い魔物の気配があるな。数は二十くらいか……? 群れをなしてるならボスが率いてる軍勢の可能性が高い」


 そんな途方もない景色の中において、ダニエルは目を瞑りながら一つの方向を指さした。


「相変わらず仕事がはやい。ランクSのゲート内は広大だからな。そんな中からコアの可能性を辿れる奴がいるのといないのじゃ大違いだ」

「これが俺の仕事なんだから当たり前だろ? それに……中には俺の仕事を嫌う奴もいるんだぜ。なにせ、俺が指差す方向には必ず絶望が待ち構えているんだからな。俺のことを「死神」なんて呼ぶ奴もいる」

「星持ちでもないのに異名が付けられるのは誇りだ。そして、正確無比な案内は俺たちにしてみれば神の啓示にも等しい」

「そう言ってくれるならありがたいね――破壊者ライアン」


 それにライアンはフッと笑みをこぼすと、太い腕で拳を握りダニエルが指した方向へと視線を向ける。


「まったく……破壊者なんてとんだ二つ名だ。一体誰がそんな虚言を言い出したのか気になって仕方がない。俺はアタッカーじゃなくタンクだっていうのに」


 そして、今度笑ったのはダニエルだった。


「タンクだからだろ? タンクのくせに耐えるよりも相手を壊すほうが得意なんだから、ある意味わかりやすい二つ名さ」

「俺はいつだって攻撃を止めようとしてる。ただ、相手の息の根も止めてしまうだけのこと」

「まったく……頼りになるタンクだよ。攻撃こそが最大の防御なんて言葉がかすんじまうね。君の場合、防御してたらいつの間にか攻撃になってるんだから」


 そんな言葉に彼らはひとしきり笑ったあと、ライアンの出発の声で移動をはじめる。


「……そういえば、ジェームズから参加者が増えるような連絡が来てたが集合時間には現れなかったな」


 ダニエルは思い出したように空を見上げながらそんな言葉を呟いた。


「おおかたびびったんだろう。よくある話だ。金に困って攻略を申し込むが直前になって怖くなる。ランクSゲートの攻略報酬はそれほど高額だからな? だが、金なんてものは、命がなければそもそも価値なんてないと気づいてしまうんだ」

「あぁ、知ってるぜその手の話は。それで結局ソイツは後悔しちまうんだろ? 「ゲートから逃げた命にそもそも価値なんてないんだ!」とね」

「そしてソイツは自分を鼓舞し、先行する攻略組から大きく遅れて再びゲートに挑むってわけだ」

「……おいおい、まさかそれ、ヒーローは遅れて登場するってオチじゃないよな? それだと俺たちがピンチになっちまう」

「好きな展開じゃなかったか?」

「好きな展開ではあるよ。だけど自分がピンチになるなんてのはゴメンだね。願わくば、ソイツがヘタレのままであることを祈るよ」

「安心してくれ。そんな絵に描いたような展開が起こるほどランクSゲートは甘くない。そもそも、遅れて登場してヒーローになれるような探索者なんて、世界には数えるほどしか居やしないさ」


 そんな陽気な会話のさなか、彼らが引き連れる探索者たちが各々に持つ武器を構えだした。


「まぁ、そもそもの話をするのなら――俺たちがピンチに陥るって状況もあり得ない話なんだが」


 その動きに呼応するかのように二人の雰囲気が鋭く研ぎ澄まされていく。……いや、もしかしたら彼らが武器を構えるより前からそうだったのかもしれない。


 なぜなら、一団の前に現れた一体の魔物・・・・・にライアンとダニエルは眉一つ動かしはしなかったからだ。


「武器を扱うけだもの……オークか。しかも、進化した上位種のようだ」


 筋骨隆々の人型の巨躯には、文明を彷彿とさせる装備を身に纏っていた。手に握られる分厚い剣は、丁寧に使い込まれている。体に刻まれるタトゥーの模様は個体によって違い、下顎から伸びた牙の存在感だけが獣の名残りを示していた。


 ランクCとされるオークの上位種――ハイオーク。


 そのランクはA以上とされており、ハイオークが持つ文明レベルによってはその差にかなりの開きがある。


「……妙だな? ダニエル。たしか魔物の数は二十といってなかったか? それとも、コイツは別か?」


 そんなハイオークを前にして、ライアンは軽い伸びをした。


「いや、確かにこの付近に二十はいたはずだ。もしかしなら仲間割れでもしたんじゃないか? ほら、あの装備に返り血が付いてるし」


 ダニエルの言う通り、そのハイオークの装備にはまだ固まっていない血が付いている。


「……災難な話だな。そんな直後に、俺たちと出会うなんて」

「同情でもしてるのか? そんなんで死ぬのだけはやめてくれよ」


 ライアンはそれを鼻で笑って前に出た。


「災難ってのは同情なんてしない。ある日突然現れて、理不尽な結果だけを残していくから災難と呼ばれるんだ」

「それを聞いて安心したよ。ちなみに、加勢はいるかい?」

「当たり前だろ。相手を誰だと思っているんだ? たとえ一体であったとしても、ランクSゲート内の魔物だぞ」

「まぁ、それはそうだ。……いたぶるのは趣味じゃないが、同情くらいはしてやるよ」


 ダニエルはそう言って後ろの探索者たちに合図を送ると、全員が今にも駆け出しそうな臨戦態勢をとった。


 それを確認したダニエルは緩慢に笑う。


「さぁ、ランクSゲートの攻略をはじめ――」


 そして……なぜか・・・、開戦の言葉は途切れた。


 そのことにライアンはふと疑問を覚え、ダニエルのほうを見やる。


「――え?」


 そこで見えたのは、前方にいたはずのハイオークがダニエルの体を分厚い剣で上下真っ二つにしている光景。


「え?」


 その理解不能の光景に、漏れた声はやはり疑問符。他の探索者たちもまた驚きで声を出せずにいる。


 そんなハイオークは、足下に転がるダニエルの頭部を踏み潰すと、動けずにいる探索者の一人へと視線をむけた。


 直後、ハイオークの背中から、硬い外殻に覆われた触手のようなモノが噴出する。それは狙いを定める探索者の顔面を貫き、そのまま地面へと刺さった。


 ライアンはその触手でようやく状況を理解。


「いっ、一旦距離をとれ! コイツは……コイツは深淵アビスだッッ!! ランクSはあるぞ!!」


 そんな警告のさなかにも別の触手がまた新たな犠牲者をだした。


「クソ……〝神殺しの兵器〟がなんでこんなところにッッ」


 ハイオークの体は噴き出した触手を中心に膨らみ始め、その皮膚は触手と同じ外殻によって覆われ始める。


 その姿はもはやハイオークではなく、異形のなにかだった。




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【アビス】

アメリカに本社を置く会社が開発していたゲーム。しかし、完成間近という段階で謎のウイルスによりデータが消失した。世界に発生したゲートの先は、その内容と酷似していたことから、ゲートの先もまた『アビス』と名付けられる。


ゲーム内容は神話を元にする剣と魔法のファンタジー世界であるものの、そのジャンルは神に反逆するダークファンタジーの物語。


故に、世界観の暗さを表すため、タイトルには「深淵アビス」が採用された。


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結局、世界を救うには回復よりも最強の力がいるらしい ナヤカ @nyk0

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