終幕 エピローグ

 その水の弾は空を覆いつくさん勢いで膨張を続ける。

 あまりの規模と計り知れない威圧感がガリアを襲って硬直させる。


「く……インフェルノ・キャノンッ! ……は、発動できないだと!?」


 いつしかガリアの周囲から赤黒いオーラは消え去り、魔術を発動させようとしても爆散して消滅する。


「インフェルノ・キャノン! インフェルノ・キャノン! ……う、嘘だろ……?」

「あなたの魔力を吸収するよう魔法陣を書き換えたんだよ。この子の――フィアナの魔力は繊細で緻密だから、こんなことも容易にできる」


 ガリアは黙り込んでしまった。瞼を痙攣させながら肩の力が抜ける。

 杖の先の透き通った青の水晶は神々しく光輝いている。ルナの瞳は遥か遠方を望んでいる。それは天を貫き、未来に到達しうるものだ。


 一瞬、水晶の光が増した。

 それを合図にするように上空の弾が下降し始める。


「お、おい、やめてくれ……頼む、殺さないでくれ……!」

「今更みっともないね。わかってるよ。殺しはしない」

「じゃ、じゃあ……」

「代わりに、魔力を制限してどこかに転送するね」

「……はぁ?」


 ぱん、と水の塊が爆発し、青いベールとなってガリアを覆うように広がる。

 ガリアは抵抗しようとするも、魔力を吸収されたせいか身動き一つ取れなかった。

 声にならない声を発しながら水に包まれ外からは聞こえなくなる。そして徐々に小さくなっていき、中盤の辺りから一気に収縮の勢いを早めて元の『ウォーターボール』の姿に戻る。完全に消える直前、次元の狭間に落ちるように閃光を輝かせ、一瞬大きく広がった後に散った。


「ふぅ……」


 一段落したところで落ち着きを取り戻し、ため息を吐く。

 先程までに蓄積された疲労を一気に感じ、眠っているフィアナを横目にへなへなと座り込んだ。


「勝てた。勝てたよ、お母さん。四天王を、倒したよ」

「《月光の魔女》さんも案外可愛いところもあるんですね」


 ルナがうっかり呟いた途端、フィアナの目が覚めて耳に入った。

 フィアナはゆっくりと体を起こして座り込み、恥ずかしそうに頬を紅潮させているルナを見る。


「な……お、おはようフィアナ。……まさか、聞いてたの?」

「聞いちゃいました」

「ふ、ふーん」


 誤魔化すようにそっぽを向き、唇を尖らせる。口笛を吹こうとしても吹くことができず、ひゅーひゅーと空気が漏れ出す音がする。


「えっと、あの魔人はどこに?」

「今頃奈落の底で踊ってると思う。マグマの上で滑稽にね」

「え?」

「ちょっと二度手間だったけど、君が最後に放ったウォーターボールをちょーっといじって吹っ飛ばした」

「ざ、残虐だ……」


 可憐な顔をしているくせに、口からはとんでもなく物騒な言葉が発せられる。笑顔だからそれが余計に恐ろしい。


「でも、勝てて良かったぁ」

「ほんとにお疲れさまだね。じゃあ、帰ったら贅沢しようか?」

「……いいの? あ……いや、いいや」


 勝利したことによって気が緩んだのか、つい敬語を使わずに話してしまう。訂正しようとしたが、共に戦った戦友相手に堅苦しい話し方では迷惑だと思いとどまった。

 そろそろタメ口を解禁しようと思う。これも一つの成長だ。


「いらないの?」

「い、いや、そういう意味じゃなくて……よ、よろしくお願いします!」

「わかった。帰ったらバーンに行って今日は外に食べに行こう」


 心を固めるのに少し時間を要した。

 けれど、次の瞬間には最高の顔で微笑んでいた。


「ありがと、ルナ!」

「きゅんっ……じゃなくて、敬語じゃなくなったんだね。こっちの方が私も接しやすいよ。じゃあフィアナ、これからもよろしくね」

「うんっ!」


 清々しいほどの涼風が二人の間を吹き抜けた。


 ◇


「さあ、今日は私の奢りだよ。沢山お食べ」

「おごりって……ここ、私達が来ていい場所なのですか? ……じゃない、なの? 周りの大人達はみんなお酒飲んでるから、ちょっと怖いよ……」

「あは。大丈夫。みんな優しいよ」


 ここまで棒読みの「あは」は初めて聞いた。

 こういった経験が皆無のフィアナにとって、何が起こるのかがわからない以上、戦場よりも恐怖心を抱いた。辺りを見渡しても屈強な男共ばかりだから余計にそう感じているのかもしれない。


「ここには、今日あの戦場にいた人しかいない。だからみんないい人だよ」

「な、なんだ、そうだったんですね。……じゃない、だね。うぅ……」


 家族以外に敬語を使わないという経験はしてこなかったから、慣れるのには少し時間がかかるかもしれない。

 ただ、この少女とは長い付き合いになりそうだから、その時間はたっぷりあるのだろう。


「それはさておき、本当にお疲れ様。君がいなかったら勝てなかった。だから一つお願いがある。これからも私と、一緒に戦ってくれないか?」


 このお願いを待っていた。

 満面の笑みを浮かべながらフィアナは返す。


「もちろんです!」

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病み上がり天才少女の二度手魔術 ―二重詠唱使いの魔術師と拡張詠唱使いの魔女― はねる @harune_nanamiya

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