第13話 戦場Ⅵ 月光の魔女

「何だって、《月光の魔女》? おいおい、まさかこんなところで会えるとはなぁ。殺し甲斐があるってもんだぜ!」


 再度空気中の威圧の濃度が上昇し、ガリアの周囲に赤黒いオーラが発生する。


 ――《月光の魔女》。

 こちらも聞いたことがある。

 圧倒的な魔力コントロール能力とその正確さ。それを活用し、魔法陣を書き換えて拡張する〝拡張詠唱〟を使う。先程使っていたのはこれだろう。

 噂によれば、一度も敗れたことがないらしい。


 そんなとんでもない人が今目の前にいる――ましてや味方として共に戦っているとなれば、どれほど心強いことか。

 現にこの魔女のおかげで威圧に負けないでいる。

 確かにその瞳は、魔女と言っても過言ではないほどに立派だった。


「ごめん、杖を返してほしい。今からフィアナに要求するのは水属性の初級魔術であるウォーターボールだけだから。二重詠唱もしなくていい」

「……わかりました。……で、ですが、その程度で倒せる相手じゃないですよね?」

「大丈夫。言う通りにしてくれれば勝てる。《月光の魔女》の名を知ってるのなら、私の魔力コントロール能力も知ってるよね? それを活用する」


 ウォーターボール程度で勝てるとは思わないが、真剣な眼差しで見つめてくるものだから、信じざるを得なかった。


「まだ魔力は残ってる?」

「ええ、まぁ……ある程度は」


 魔力量には多少の自信があったものの、神級魔術を一発放ったからその大半が削がれている。

 発動できてせいぜい十発だろうか。


「わかった。十発でいいから」


 ――あれ? 思考読まれた?


「取り敢えず、一発ずつ上空に放って。それと、わざと外してほしい。絶対に当てないで」

「は、はい」


 無茶苦茶な要望だったが、何か考えがあるだろうから特に問い質すことはしなかった。

 今はただ、信じることしかできない。

 足を引っ張らないように、自分にできることをやり抜くことこそが己、の使命。


「じゃあ、いきます。……ウォーターボール」


 小さく瞑目し、深呼吸してから腕を天に掲げ、魔力を一点に集中させる。

 重ねることなく質素な魔法陣を顕現させ、同時に小さな水の弾が発生する。それはゆらゆらと空気中を漂い、太陽光が屈折して輝く。

 威力は最低に等しいから、弾かれて消されてしまうということも考慮してガリアから少し離れた位置に発射する。

 弱々しく進んでいき、やがて素通りする。

 二発目。三発目。四発目――と繰り返して。


「あ? こんな雑魚魔術をちまちま撃ってねぇで、本気でかかって来いよ! ……まさか、もう限界か? そうだよな。お前らは人間だもんな。さっきみたいなでけぇの撃ったら限界が来るのも当たり前だよなぁ!」


 十発目が通り過ぎた。

 ルナは一体何を企んでいるのか。フィアナには全くわからなかったが、もう限界が来たようだ。視界が歪み、ふらりと倒れかける。

 倒れかかってきたフィアナのことをルナが受け止め、微笑んだ。


「お疲れ様。あとは私が引き受けるから、ゆっくり寝て元気な顔をみせてね」


 そう言ってフィアナにかけていた魔術を解除し、おもむろに地面に寝かせた後に立ち上がる。

 瞬間、上空からのしかかる威圧に対抗するように睨んだ。


「あなたは勘違いしているようだけど、この子は強いよ。多分、私よりもずっと」

「はぁ? 何抜かしてんだこのアマが。たった一回まぐれで神級を使っただけでくたばっちまうような雑魚が強いわけないだろ」

「どうだか」


 この様子を窺うに、完全に油断しているようだ。舐めているというか、全く気にしていないというか。


 目論見通りだ。


 ルナは左頬をほんの少し緩めた。ガリアより上空に十個の水の弾があることを確認しながら。


「『結合ユナイト』コマンド:ウォーターボール」


 誰にも聞こえないような小声で呟いた。

 同時に掲げた杖の前に十個の青い魔法陣が出現し、それぞれが書き換えられ変形して結合する。それによって一つの巨大な魔法陣が形成された。

 けれど、何か魔法が発動されるということはなかった。


「……なんだ? 見せかけの魔法陣で驚かそうって魂胆か? その程度、で……俺が……」

「やっと気付いたか。私が――私達が今しようとしていることを」


 拡張詠唱によって魔法陣が書き換えられて結合され、大きくなった。それによって碧空の下で消えることなく残っていた全十個のウォーターボールも結合し、更に大きな水の弾になった。


 フィアナが発動させた魔術。それに含まれる小さな魔力をルナがコントロールして空中に停滞させていたのである。魔力が普通より小さく濃縮されているため、ガリアに気付かれることもなかった。

 ウォーターボールという下位中の下位の魔術を使うことによって、相手の注意をそこから背けて油断させるという目的も含まれている。だからウォーターボールでなければ駄目なのだ。フィアナの小さな魔力と、ルナの魔力コントロール能力があってこそできる芸当だ。

 ただ、相手が慎重であれば油断などしない。むしろ警戒するだろう。つまり、ガリアが大胆で軽率で大雑把な性格であると一目で見極め、実行したということだ。


 今になってようやくガリアが気付いた理由。

 それは書き換えられた魔法陣を通してルナの魔力を流し込み、より膨大なものになったからだ。

 書き換えられたことによって魔力の伝導率が最高にまで上昇し、流れ込む魔力が通常の三倍程度にまで増加したのだ。だからほんの少し流し込むだけで一気に膨れ上がり、遂には神級に到達しうる規模になる。


 これらをルナは予測し、相手を誘導した。

 相手の性格を完全に理解するという洞察力と相手を自らの思惑通りに動かす戦略と判断力、加えてそれを実行できるような実力。全ての条件が揃ってこそできる技だ。


 天才とは、こういった人のことを指す言葉なのだ。


「さあ、勝利への狼煙を上げようかな」

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