第12話 戦場Ⅴ 本領発揮

「氷属性……神級……それにあれは、噂の二重詠唱。私のに勝るかもしれない技……それを、フィアナが……? なるほど。私の思った通りだね」


 ルナのドヤ顔とその言葉もかき消されるほどに膨大なエネルギーが形成され、やがて発射される。周囲の空気をも凍らせるほどの氷を纏った槍に形を変えて。

 太陽と重なるガリアに向かって一直線に進んでいく。


 ガリアは誰にも聞こえない程度に驚愕して舌打ちし、掌をフィアナの方向に向けた後にエネルギーが凝縮された魔力の塊を発射する。

 一筋の細長い線のようになってこれもまた一直線に進んでいく。

 互いに生み出した衝撃波が数機を切り裂き、木々を揺らす。


 そして、衝突した。


 同時に先刻のものとは比にならないほどの爆風が発生し、閃光が目を焼き、誰もが耳を塞ぐような爆音が轟く。遠方に存在する王都にもその音は届き、外出していた人は例外なく音源の方向を見る。

 木々の上で発生した閃光も王都にいた人々の目に入り、それによって期待する者がいたり、不安を抱く者がいたり。あるいは応援するようなキラキラとした目で見る者もいたり。


 フィアナは奥歯をギリと噛み締め、隣ではルナが目を丸くしている。

 ――当然だ。

 氷属性という有り得ない属性の魔術を目の前の人物が使ったのだから。


 氷属性自体は遥か昔から存在していたようだ。それは魔術書を読めばわかる。ただ、その発動方法が不明だった。

 つまり、現代で誰も成し得ることができなかった偉業を成し遂げたということだ。


 威力的にはほぼ互角。互いに一歩も退く気配がない。


「う……げほっ……!」


 フィアナが咳き込み、空いていた左手で口元を覆う。

 その掌を見てみると、血が付いていた。同時に呼吸が荒くなる。


 ルナに魔術で強化を施されていたとしても、フィアナは病み上がりだ。体も弱い。それに加えて魔力も体力も大量に消費している。それらを鑑みれば既に限界は突破しているはず。

 過去のフィアナであれば、ここまで頑張ることは不可能だっただろう。

 逆にここまで頑張れたことを賞賛すべきものだ。果たして何が彼女をここまで強くしたのやら。


 頭がぼーっとする。

 瞼も鉛のように重くなる。


 でも――。


「でも、こんなところで諦めたくはない……!」


 母にも言われた「楽しんできなさい」という言葉。

 こんなところで挫けていたら、それを実現できるようになるのに一体どれほどの時間がかかるだろうか。――いや、それ以前に実現できないかもしれない。

 今のこの状況は、誰かを守って初めて楽しいと感じるのだ。


 フィアナは湧き上がる決意を喉の奥で留め、全身に力を込める。すると、競り合っていた二つの魔術が僅かに上空へと動いた。

 それは流石のガリアでも目を見開くものだった。


 ――行ける。


 フィアナとルナは同時に思った。

 瞬間。

 文字通り弾けた。


 若干の音は発生したものの、特に爆発を起こすこともなく、綺麗に相殺されたように消える。

 二つの魔術は同じ神級。氷属性という多少のハンデがあったとしても、体の弱さ故に威力が等しくなったのだ。


 困惑。一言で言い表すのならこれだった。フィアナもルナも、ガリアでさえも唖然としている。

 この状況を一番に破ったのは――ガリアだった。ガリアは強張った顔から一気に緩み、口の端を吊り上げる。


「……ほんのちょっと、ちょーっとだけ驚いたが、もう限界が来たようだな。ふんっ、あれだけ威勢があったのに、それはただ虚勢を張ってたってだけかぁ? これだから人間は……ま、今から本気を出してやる。せいぜい苦しまない程度に殺してやるよッ!」


 ビリビリと空気が揺れ、息が詰まる。

 先程までの威圧とは比べ物にならないほどの圧力がのしかかって身動きが取れない。魔力が制限されているような感覚に陥る。

 これ以上吐血をする気配はないが、喉の奥に焼けるような痛みを感じて目を瞑る。


 まだこれだけの実力を隠し持っていたとは……あれは前菜でしかなかったということか。

 だとすれば、まだメインにあたるものが残されているだろう。本気を出すと言っているところから、本当にそうなのだろう。


 トン。


 絶望と不安が心で渦巻いている中、肩に何かが置かれる。それは随分と温かかった。温もりを感じた。

 ルナだ。


「思い出したよ。アイツは魔人ガリア。帝国の四天王だ」

「え……」


 聞いたことがある。帝国には最強の魔人達で構成された四天王が存在するということを。本気を出せば一国を亡ぼせる実力を持っている正真正銘の化け物。

 その中の一人。《獄炎》の称号を持った。四天王第三位。


「心配しないで、私も協力するから」

「で、でも……」

「大丈夫。君は弱くなんかない。自分を信じて。私達二人が揃えばきっと勝てる。それに、私も本気を出していない。魔術を防いだだけで、攻撃した訳じゃない」


 ハッとする。

 確かに一度も攻撃していない。変な詠唱をして「超魔力反射アクティビティ・リバンスという魔術を使っただけで、他は何もしていない。


 一度だけ信じてみよう。

 希望というものを。

 このルナという未知なる希望の塊を。


「私は《月光の魔女》ルナ・セリアライト。さあ《獄炎》よ、果たしてどちらが真の強者なのか、確かめてみようか」

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