第11話 戦場Ⅳ フィアナ・フローレシア

 ルナに「まずい」と告げられたフィアナは、内心困惑しながら問い掛ける。


「ま、まずいって、何が……」

「見ればわかる」


 見上げた空と地の間。障壁も消えて透き通った空中。

 平然とした顔で、得体の知れない程に膨大な魔力を掲げたガリアの腕の先に、雷を纏った塊が形成され始める。

 先刻のものより更に重く、強い。


 あれは――


「炎属性の神級魔術。黒雷閃光獄炎砲ブラッドレイ・インフェルノ。それに多分今度は無詠唱」

「神、級……? 無詠唱……?」

「うん。でもきっと打つまでに時間がかかるはず。無理だったら私もサポートするけど、フィアナならできる。そう信じてる。フィアナからは、私と同じ匂いがする」


 それはつまり――強者の匂い。

 フィアナは知らない、ルナの直感。経験を積んできた強者のそれ。


 ゆっくりと、けれど確実に魔力が凝縮されている。

 周囲の空気を歪ませ、雲を貫かんとするエネルギーが集まる。

 大きさは先程のものよりは小さい。随分と小さい。だからこそその小さなものの中に膨大な魔力が込められ、範囲は狭まっても威力が増す。それこそ万物を貫く弾丸をも軽く凌駕する威力に。名に〝砲〟が含まれている通り。


(……困った。私は何をすればそれを防ぐことができる……?)


 自信はない。

 でも、やるしかない。今、自分ができることを。最大限の力を込めて。


 フィアナは空を睨む。――否、その間にいるガリアを睨む。それこそ貫いてしまいそうなほどに。

 未だ使用したことがない技を、試す時が来た。背中を押してくれる人がいるからできる芸当、所謂チャンスだ。


「これ使ってみて」


 隣から声が聞こえ、フィアナは声の方向に向く。

 そこには、持っていた杖を差し出すルナがいた。


「え、でも、これ……」

「これ使うと、魔力の伝導率が上がる。多分威力が上がる。信じてるから」

「……わかりました。何とかしてみせます」

「いいね」


 フィアナは杖を受け取り、慣れない感触に緊張しながら瞑目する。

 心地が良い。

 魔力の伝導率が高いせいか、握っているだけでそう感じる。杖だけでなく、体全体に魔力が巡る。今ならば走り回れるような気がした。体力なんか気にせず、それはもう自由奔放に。


 開眼。同時に深呼吸。

 握り締める力を強め、強大な敵を前にしているということを再度認識。

 陽光が先の水晶に差し込み反射し、見上げるフィアナの瞳に入る。赤黒い炎の色と透き通った水晶の色が入り混じって反発し合う。


(一か八か……試してみるしかない)


 属性には有利不利が存在する。

 炎は水に弱い。水は風に弱い。風は地に弱い。地は炎に弱い。当然逆も然り。

 ガリアが使っているのは炎属性。水属性を使うことでこちら側が有利になる。超級であろうが神級であろうがそれ以上であろうが覆されない掟だ。

 その点を鑑みると、こちらが使う技は水属性になる。けれど、それじゃ足りない。二重にしたとしても、同等かそれ以上の階級の魔術を使わなければ打ち勝つことはできない。


 けれど、一つ案がある。低い階級であっても対抗し得る方法。

 この杖がある今だからこそ実行できる、いわば賭けギャンブル

 それはいたって単純な話。


 二重に重ねた魔術を、更に二重に重ねればいい。


 二倍の二倍――つまり四倍。それは同時に、脳や体に加わる負荷も四倍になるということ。

 血中の酸素濃度が大幅に低下し、脳に十分に行き渡らなくなる。それでいて思考は止めてはならないという非現実的なものだ。

 思考、並びに反応速度が常人程度であれば、一瞬で限界は訪れる。

 そう、常人なら。


 フィアナは違う。

 自ら『二重詠唱』というものを編み出した天才の持つ思考を以てすれば、乗り越えられるかもしれない。だから、賭けだ。

 正直言って自信という自信はない。今までこういった状況を目の当たりにしたことがないから。加えて体の弱いというペナルティがのしかかってくる。だからと言って、諦める訳にはいかない。


 さあ、かかってこい。今己が持つ最高のかけをぶつけてみせる。


 水属性の上級魔術――激流貫通銃ラッピド・アクアバレット。その魔法陣を二つ。四つではなく、二つ。

 まずはそれを重ねて水晶の先に青色の魔法陣を反映させる。


 続いて、残り二つの魔法陣をイメージする。

 今度は、。風属性を表す魔法陣。

 今まで試したことのない新たな道だ。他の誰かが実行したという話も聞かない。フィアナは再び、前代未聞で空前絶後のことをしでかそうとしている。


 今脳内に投影しているのは、風属性の上級魔術――尖鋭疾風刃グランド・エアカッター。それを二つ。

 思考が追い付かない、ということはなかった。


 重ねた緑の魔法陣を再度杖先に反映させた。

 その様子を実際に目にしたルナは、どうも困惑を隠せていないような、けれど目論見通りだったと鼻息を荒くしているような、そんな表情だった。


 二種類の魔法陣が融合し、青白く発光する。流れる魔力の色が変わった。つまり、新たな魔術が生成されたということだ。


 脳に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。


「――複合エクストラ。氷属性、神級魔術――凍氷佩帯槍・白龍アイシクル・ホワイトランス

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